初級翻訳・古事記物語 第3話

古事記物語

お父さまが、私の泣いているのをご覧になって『なぜ泣くのか』とおとがめになったので、『亡くなったお母さまのいらっしゃるところへ行きたいのです』と申し上げると、大変お怒りになって『どこへなりと出て行け』とおっしゃるので、あなたにお別れを言いに来たのです」と言い訳をなさいました。
しかし天照大神はすぐには信用なさらず、
「それでは、あなたに悪い心がないという証拠を見せてください」とおっしゃいました。
須佐之男命は、
「では、お互いに誓いを立てて子を生みましょう。
生まれた子供によって、二人の心のよしあしをはっきりさせましょう」とおっしゃいました。
そこで二人の神さまは、天安河(あめのやすかわ)という川の両岸に分かれてお立ちになりました。
そしてまず天照大神が、先に須佐之男命の持っている十拳(とつか)の剣をお受け取りになり、それを三つに折って、天真名井(あめのまない)という井戸で洗い、がりがりと噛み砕いてふっと霧を吹き出されると、その息の中から三人の女神がお生まれになりました。
その次には須佐之男命が、天照大神の左の髪におかけになっている八尺(やさか)の曲玉(まがたま)の飾りをいただいて、玉をからからと鳴らしながら、天真名井で洗いすすぎ、それをがりがりと噛んで霧を吹き出されますと、それと一緒に一人の男の神さまがお生まれになりました。
その神さまが、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)です。
それから次には、女神の右の髪の玉飾りをお取りになって、先と同じようにして息を吹き出されると、その中からまた男の神が一人お生まれになりました。
続いて今度は、髪飾りの玉飾りを受け取って、やはり真名井で洗って噛み砕き、息を吹き出されると、その中からまた男の神が一人お生まれになり、一番最後に女神の右と左の腕の玉飾りを噛んで息を吹き出されると、そのたびに同じ男神が一人ずつ……こうして全部で五人の男神がお生まれになりました。
天照大神は、
「はじめに生まれた三人の女神は、あなたの剣からできたのだから、あなたの子です。
あとの五人の男神は私の玉飾りからできたのだから、私の子です」とおっしゃいました。
須佐之男命は、
「ほら、私の勝ちだ。
私に悪心がない証拠に、私の子はみんなおとなしい女神ではありませんか。
どうです、それでも私は悪人ですか」と、それはそれは大いばりになさいました。
そして、その勢いに乗ってお暴れになり、天照大神が作らせていた田のあぜを壊したり、溝を埋めたり、しまいには女神が収穫したお米を召し上がる御殿へ、ひどい汚物をまき散らすような乱暴をなさいました。
ほかの神々はそれを見てあきれ果て、天照大神に言いつけにまいりました。
しかし天照大神はちっともお怒りにならず、
「何、放っておきなさい。
決して悪い心でするのではないのでしょう。
汚いものは、酔ったまぎれに吐いてしまったのでしょう。
あぜや溝を壊したのは、せっかくの地面をそんな溝などにしておくのが惜しいと思ったからでしょう」
こうおっしゃって、かえって須佐之男命をかばってあげました。
すると須佐之男命はますます図に乗って、しまいには、女たちが天照大神のお召し物を織っている機織場(はたおりば)の屋根を破り、その穴から、ぶちの馬の皮をはいで血まぶれにしたものをドスンと投げ込みました。
機織りの女たちは、びっくりして逃げ惑うはずみに、織り機のおさで下腹を突いて亡くなってしまいました。
天照大神は、須佐之男命のあまりの乱暴さにとうとういたたまれなくなり、天の岩屋(あまのいわや)という石の部屋の中へお隠れになりました。
そして入口の岩の扉をぴっしりと閉めてしまったきり、そのまま引きこもっていらっしゃいました。
すると天照大神は太陽の神さまでいらっしゃるので、そのお方が姿をお隠しになると同時に、高天原も地上の世界も、一度にみんな真っ暗闇になってしまい、昼と夜の区別もない、長くて暗い世界になってしまいました。
そうすると、悪い神々がその暗闇につけこんで、わいわいと騒ぎ出しました。
そのために、世界中にはありとあらゆる災いが一度にわき起こってきました。
そんなわけで、大空の神々は大変お困りになり、みんなで安河原(やすかわら)という空の上の河原に集まって、どうにかして天照大神に岩屋から出てきていただく方法はないかと、一生懸命に相談をなさいました。
すると、思金神(おもいかねのかみ)という一番賢い神さまが、いいことを思いつきました。
みんなはその神の指示通り、さっそく鶏をたくさん集めてきて、岩屋の前でひっきりなしに鳴かせました。それから一方では、安河の河上から固い岩を運んできて、それを鉄床(かなとこ)にして、八咫の鏡(やたのかがみ)という立派な鏡を作らせ、八尺の曲玉(やさかのまがたま)という立派な玉で胸飾りを作らせました。
そして、天香具山(あめのかぐやま)という山から榊(さかき)を根っこごと抜いてきて、その上の方の枝には八尺の曲玉をつけ、中ほどの枝には八咫の鏡をかけ、下の枝には白や青の布を吊り下げました。
そしてある一人の神さまが、その榊を持って天の岩屋(あまのいわや)の前に立ち、ほかの一人の神さまが、そのそばで祝詞(のりと)を上げました。
それから同じく岩屋の前へ、空の樽(からだる)を伏せて置き、天宇受女命(あめのうずめのみこと)という女神に、天香具山のかつらのつるをたすきにかけさせ、かつらの葉を髪飾りにさせて、その樽の上へ上がって踊りを踊らせました。
宇受女命は、お乳もお腹も、ももも丸出しにして、足をとんとんと踏み鳴らしながら、まるで何かに取り憑かれたように、くるくるくるくると踊り狂いました。
するとその様子があまりにおかしいので、何千人という神たちが、一度にどっと吹き出して、みんなで転がり回って笑いました。
そこへ鶏も声を揃えて、コッケコー、コッケコーと鳴き立てるので、その騒ぎといったら、まったく耳もつぶれるほどでした。
天照大神は、その大変な騒ぎの声をお聞きになると、何ごとが起こったのかとお思いになり、岩屋の戸を細めに開けて、そっと覗いてご覧になりました。
そして宇受女命に向かって、
「これこれ、私がここに隠れていれば、空の上も真っ暗なはずなのに、お前は何をおもしろがって踊っているのか。ほかの神々たちも、何でそんなに笑い崩れているのか」とお尋ねになりました。
すると宇受女命は、
「それは、あなたよりも、もっと貴い神さまが出ていらっしゃいましたので、みんなが喜んで騒いでいるのでございます」と申し上げました。
それと同時に一人の神さまは、例の、八咫の鏡をつけた榊を、ふいにお大神の目の前へ突き出しました。
鏡には、さっと、お大神のお顔が映りました。
お大神はその映った顔をご覧になると、
「おや、これはだれであろう」とおっしゃりながら、もっとよく見ようとお思いになり、少しばかり戸の外へお出ましになりました。
すると、さっきから岩屋のそばに隠れて待ち構えていた、手力男命(たぢからおのみこと)という大力の神さまが、いきなり女神のお手を取って、すっかり外へお引き出し申し上げました。

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