初級翻訳・塩原多助一代記 第9話

塩原多助一代記

とんでもない間違いが起きて、まるで災難に巻き込まれたようなことがあってさ。だいぶ日数もかかってしまったから、案じているだろうと思っていたが、手紙も出せなくて……どうもすまなかった」
妻は言いました。
「そうでしたか。多助も『父さんが帰らない』って心配して、五八も案じていますし、村の方々も心配して見舞いに来てくださっていましたよ。『追いはぎにでも遭ったはずはないから、久しぶりの遠出だし、木崎の親類に引き止められているんだろう』なんて話していたんです。五八、お前、そこを片付けて盥(たらい)を上げなさい。……ところで、戸口に立っているのはどなたです?」

妻が目を向けると、二十四、五歳くらいの、器量が良く愛嬌のある婦人が立っていました。妻は「あなた、こちらへお上がりなさい。お連れの方ですか?」と尋ねました。
角右衛門が「ああ、これは伊勢崎で知り合ったおかみさんだよ」と答えると、妻は「へぇ……」と返事をしました。
おかめは深々と頭を下げました。
「誠に不思議なご縁でして。この度は、こちらの旦那様に助けていただきました。行く当てもない身の上なのですが、角右衛門様が『かわいそうに』と仰って連れてきてくださいました。どうか末永く、よろしくお願いいたします」

女房は「はい」とは答えましたが、見慣れない女である上、その姿や言葉遣いからして近所の者ではないと分かり、嫉妬心が湧いてきました。
「旦那さん、一体どこからこの方を連れてきたんですか?」
「俺が保泉村を通りかかったとき、この内儀さんが難儀しているのを助けたんだ。それからというもの、この内儀さんの件にかかりきりでね。五日間も銭屋という宿に逗留していたのさ」
すると妻は怒り出しました。
「へぇ、この内儀さんと一緒に銭屋に泊まっていたんですか! そうとも知らずにこちらは心配していたのに、銭屋でこんなに美しい内儀さんと五日間も楽しく過ごしていたなんて。あなた、いい歳をして何を考えているんですか!」
「馬鹿を言うな! この内儀さんに災難があったから、伊勢崎の名主に相談して、八州役人様に願い出ていたんだよ」
「八州様だろうが遊郭だろうが知りませんよ。五日も銭屋に泊まっていれば誰だって疑います。家では心配しているというのに、五日も家を空けて、よくもまあ平気な顔で帰ってこられたものですね!」

角右衛門は「そんなことを言うな。おかみさん、心配しなくていいよ。仕様のない婆さんだ。四十にもなって見苦しいことを言って……まあ、気にしないでくれ」と言いましたが、おかめには事情を詳しく説明せず、かといって妻にも本当のことを言わないため、おかめはいたたまれない気持ちで過ごすことになりました。

四、五日経つうちに雪が降り、道が閉ざされてしまいました。角右衛門は、おかめを小川村へ連れて行って、塩原角右衛門に会わせてやりたいと思いましたが、雪でどうしても行くことができません。そうこうしているうちにその年も暮れ、翌年の寛延二年三月になりました。雪解けを待って角右衛門がおかめを連れ、小川村の塩原の家を訪ねると、村人は「塩原は昨年の九月三日にこの村を出立しました」と言います。
「ああ、それではすぐに準備をして旅立ったということか」
角右衛門は仕方がないと思い、岸田右内の墓場へ向かいました。すると、まだ新しい卒塔婆が立っており、村の者が供えてくれたのか、香花が絶やさず上げられていました。その石塔の前へまいりまして、角右衛門は言いました。
「もしお内儀さん、ここへ来なせえ。お前の御亭主に逢わせてやるから、ここへおいでなんしよ」
おかめは不思議そうに言いました。
「誠に不思議な御縁で、あなたがお助けくださって、今年まで御厄介になっておりましたが、兄も江戸表へ出立しましたとのことですが、私の夫・岸田屋宇之助はこの村に居りますか」
角右衛門は答えました。
「はい、これがお前の御亭主でがんす」
「はい、どこに居ります?」
「そこに『徹巖忠操信士』と書いてある。これがお前の亭主さ」
おかめは驚いて言いました。
「ええっ、それでは私の亭主は、あの亡くなってしまったのですか」
角右衛門は語り出しました。
「訳をいうのも気の毒だから、今までは言わなかったが、言わなけりゃ分からねえから言わせてもらうべえ。去年の九月の二日、私が用があって金を持って千鳥村まで行くと、あんたの御亭主が後から来て『もし旅人さん』と言うから、『はい』と言って振り返ると、『私が主人のために五十両必要なんです。貸してくだされば主人が江戸へ帰れる。損は掛けねえから貸してくれろ』と手をついての頼みだった。見ず知らずの者にそんなことを言うのだから、盗賊だと思って打ち倒してやろうと思ったら、お前の御亭主が脇差を抜いて追いかけてきた。その時に私が打ち倒した上へ跨がって殺そうとしたから、一生懸命に『人殺し!』と叫ぶと、その時、向山を通りかかったのは貴方の兄さんだった。鹿を撃ち損じて帰る道で、私らを見て『盗賊が旅人に襲いかかったのだ』と思って鉄砲を撃ち、その弾が宇之助さんの胸へ当たったのだ。相手が自分の家来だとも知らずに、兄さんが鉄砲で打ったと言っておいおい泣くから、私も気の毒になって、死骸を小川村へ運んで身の上話をすると、あんたの兄さんも、私も元は先祖が一つで、一人は沼田へ出て百姓になり、一人は阿部様の家来になって、またここで巡り逢おうとは、はあ、実に驚いた訳で。不思議な縁でがんすから、私が五十両をやるべえと言ったところが、受けねえと言うから、どうしたらいいものかと思ってね。岸田が犬死になってかわいそうだから、その独り息子を無理無体に貰ってきたのが、家にいる多助さ。あんたのためには甥でがんす。そこへまた貴方を私が助けて、家に連れて来て見れば、伯母と甥がこうやって一つ所に来て……委しい話をすると言うのは、前世からの約束と諦めて、あんたも御亭主さんの死んだことは、いつまでも鬱々と思っていて身体にでも障るといけねえから、諦めておくんし」

おかめは泣き崩れました。
「誠にそう言うこととは知らず、連れの者が先へ帰ってきても良人は帰ってきませんから、どうした訳かと案じておりました。田舎ではその地に長らく居りますと、養子にするということを聞きましたから、良人も外へ養子にでも行ったのではないか、女房子を捨てて他へ養子に入るとはあまり情けない不実な人だと怨んでいたのは私の過ちでした。良人が左様いう訳になりまして、ただ一人の娘を誘拐されては生き甲斐のない身の上。いっそ一思いに死んでしまいたいから、先刻来る道にありました谷川へ身を投げて死にますから、貴方はお先へお帰りくださいまし」
と泣き倒れますから、角右衛門は言いました。
「そんな馬鹿なことを言うもんじゃねえ。あなたの娘は誘拐されても、死んだか生きているか知んねえのだから、それよりも私が家へ帰って多助と両人で娘の行方を捜し、私もまた捜してやるから。手分けをして尋ねたらおえいさんとやらにも逢えねえという訳もねえから、今早まって命を捨てるよりも、生きていて、死んだ宇之助さんの菩提を弔うのは貴方と多助ばかりだ。

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