初級翻訳・塩原多助一代記 第8話

塩原多助一代記

お前は私とお駕籠に乗りなさい」
おえい「いいえ、私はおばさんと一緒じゃなきゃ嫌だ!」
おかめ「あらまあ、聞き分けのないことばかり言って」
女「それでは仕方がないから、少しの間、怖くても乗ってごらんなさいな。『馬には乗って見ろ、人には添って見ろ』という言葉もありますから」
おかめ「はい、はい、乗ってみましょう」
おかめは怖々(こわごわ)と馬に乗りました。慣れていない上に、旅の馬は危ないので、油汗を流しながら必死にしがみついていました。
シャン、シャン、シャンと馬方が馬を引いていきます。

そこから百々村へ出て、与久村から保泉村へかかると、駕籠よりも馬の方がかなり遅れてしまいました。おかめは焦りますが、馬はゆっくりと歩き、後ろから来るはずの男たちの姿も見えません。
そのうちに雑木林があり、道の左右から木々が生い茂って薄暗い場所へ差し掛かると、馬方が突然立ち止まりました。

馬方「あんた、ここから下りてください」
おかめ「ここから下りちゃあ仕様がないでしょう。伊勢崎の銭屋まで行くのじゃないの?」
馬方「私は与久村の者だから、ここまで来るのが仕事なんだ。ここで下りてくれ」
おかめ「私は初めての道で困るから、後から来る兄さんたちが来るまで待っておいてください」
馬方「いけねえから、早く下りてくれよ!」
馬方はそう言いながら、無理やりおかめの腰を押さえ、馬から引きずり下ろしてしまいました。おかめは旅慣れていないので、
「ちょっと、何をするんですか!」
と叫んでも、どうすることもできません。その間に馬方は「シャン、シャン」と馬を引いて、どこかへ行ってしまいました。
「ああ、旅先の馬方というのは本当にひどいものだわ。……それにして、あの親子連れの兄さんはどうしてしまったのかしら」
とおどおどしていると、雑木林の草をかき分けて悪者たちが飛び出してきました。彼らは何も言わずにいきなりおかめを捕まえると、「アレー!」と悲鳴を上げる間もなく、一人が足を、もう一人が手を縛り上げ、そのまま担いでどこかへ連れ去ろうとしました。

そこへちょうど通りかかったのが、沼田下新田の角右衛門(かくえもん)でした。木崎からの帰り道で、あたりは暗く、よく見えないまま歩いていると、偶然にもおかめを担いでいた悪者たちにぶつかってしまいました。悪者たちは、おかめを担いだまま地面に倒れ込みました。
角右衛門が見ると、男たちが女を担いでいるではありませんか。「こいつは盗賊だな!」と、百姓らしい力任せの拳骨(げんこつ)をお見舞いすると、悪者たちはその痛さに驚き、慌てて逃げ出していきました。

角右衛門は声をかけました。
「おかみさん、怪我はありませんか?」
おかめは涙ながらに答えました。
「はい、本当にありがとうございます。女一人旅でしたので、ひどい目に遭うところでした。おかげさまで助かりました」
角右衛門は尋ねました。
「一体、あんたはどこへ行くつもりだったんだい?」
「伊勢崎の銭屋という宿へ向かっておりました」
「それなら私も銭屋へ行くところだから、一緒に参りましょう。あんた、一人旅だったのかい?」
「いいえ、娘が先にそちらへ向かっております」
「それならなおさら、一緒に銭屋へ行きましょう」

二人が伊勢崎の銭屋に着いて宿の人に尋ねてみると、「そんな娘さんは連れて来ていませんよ」と言われてしまいました。宿の名前を間違えたのかと思い、他の宿も探しましたが、どこにも見当たりません。角右衛門は「これはひょっとして、おかみさんは悪者たちのために、娘をさらわれてしまったのではないか」と心配になりました。

角右衛門は尋ねました。
「おかみさん、娘さんは器量がいいかい? いや、親だから良く見えるのは当然だろうが、七歳とはいえ、人さらいというものがいるからね。見ず知らずの子供をあんなに可愛がるなんて、何か企みがあって誘拐したのかもしれないよ」
おかめは青ざめて言いました。
「はい……主人が帰ってこないので、探しに参ったのです。たとえ夫に再会できたとしても、たった一人の娘をさらわれてしまっては、夫に合わせる顔がありません。どこのどなたかは存じませんが、娘を取り返すことはできないでしょうか」
「取り返すといっても、相手が誰かもわからない状態じゃあねえ。……ところで、あんたはどこの人だい?」
「私は江戸の本郷春木町に住む、旅商人の岸田宇之助という者の妻でございます」
「えっ、それじゃあ、お前さんは塩原角右衛門というお侍の妹で、その家来である岸田右内さんの奥様、おかめさんなのかい?」
「どうしてそれを御存じなのですか?」
「どうしてって、驚いたなあ。実に不思議な縁だよ。だが、あぁ、気の毒なことだが、あんたのお兄さんの角右衛門様という方は、今、小川村で浪人暮らしをしているんだ」

それを聞いておかめは驚き、問いかけました。
「あなた、どうしてそのことをご存じなのですか?」
「お兄さんにも、ご主人にも私が会わせてあげよう。お兄さんはまだ準備もできていないだろうが、会えるようにしてあげるよ。心配しなくていい」
角右衛門はそう言いましたが、心の中では「夫が非業の死を遂げたことも知らず、子供を連れて旅をしている最中に娘をさらわれるとは、なんと気の毒なことか」とおかめを深く哀れみました。
その夜、角右衛門は娘をさらわれた件をその土地の名主(なぬし)に相談し、八州役人(やしゅうやくにん・当時の警察のようなもの)へ願い出て捜索の手配をしました。おかめは思いがけず、下新田の角右衛門という頼もしい人に助けられることになったのです。この続きはまた後でお話ししましょう。

三

沼田下新田の百姓、角右衛門は、私用で木崎まで行っての帰り道、保泉村という場所で偶然にも岸田右内の妻・おかめの災難を救いました。親切におかめの身の上話を聞くと、「なんと悲惨なことか。小川村で非業の死を遂げた岸田右内の妻だったとは。しかも夫を探しに来る途中で、娘までさらわれるなんて……」と、その不遇な運命を深く同情しました。

すぐに伊勢崎の名主へ連絡し、八州役人へ願い出て悪者たちを徹底的に捜索しました。その結果、三日ほどして三人の悪者が捕まりました。百々村の倉八、太田の金山の松五郎、そして江田村の源蔵という男たちです。
取り調べの結果、彼らはこう供述しました。「旅の親子連れの者から金を三両ずつもらって頼まれたのです。その者たちの名前は知りません」
しかし、結局その親子連れの旅人はどこへ行ったのか行方が分からず、三人の悪者たちは江戸の奉行所へと送られることになったのです。おかめと角右衛門は、伊勢崎にいつまでも留まっているわけにもいきません。角右衛門が「私は沼田の下新田の者だ。お前の兄さんにも会わせてやるから、私の家へ来なさい」と言ったので、一緒に下新田へ連れ帰ることになりました。五日ほどかかって家にたどり着くと、角右衛門の家では主人があまりに帰ってこないので、家族は心配でたまらない様子でした。

角右衛門が「今、帰ったよ」と声をかけると、妻が飛び出してきました。
「おや、あなた! こんなに遅くなるなんて、一体どこへ行っていたんですか」
角右衛門は答えました。
「少しわけがあってね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました