親が知れないからとずうずうしく娘にして居座る了見も悪い。ほかの子を一晩でも泊めれば瑕(きず)がついたと思われるでしょう。私はもう連れては帰れませんよ」
角右衛門「それなら、私の方へお譲りいただけますか」
お角「譲るなら譲るで、きちんとお話をつけて、納得の上で譲るようにしなさいな。ただでは上げられませんよ」
角右衛門「なるほど、それはごもっとも。ですが、あなたが愛想を尽かして私にくれるというのなら、あなたから確かに娘を譲るという書付を一本いただきたいものだ。ただでは上げられないとは、どういう意味で?」
お角「旦那、お金を三百両お出しなさい」
角右衛門「なに、三百両? そんな相談はできません。なぜ三百両も要求するのですか」
お角「なぜって、二月から五月までほかの娘をさらって、こんな山の中へ連れ込んで。私は引手茶屋だから娘がいなくては商売もできず長休みです。路銀を使って山の中まで探しに来て、はいそうですかと江戸へ帰れますか。どうしてもというなら上げないこともないが、それだけの費用はお出しなさい。私も十九まで育てた埋草(うめくさ)をしなければなりませんよ。金ができないならすぐに返しなさい。連れて帰って女郎にでも何にでも売り飛ばして元をとりますから」
角右衛門「誠にお気の毒ですが、三百両はとても出せません」
お角「旦那、ただで済むと思っているんですか。それならなぜほかの娘を勝手に連れてきたんです」
角右衛門「親に無沙汰で連れてきたことは重々済まないが、親の行方が知れなかったから、やむを得ず連れてきたのです」
お角「親の行方が知れないから連れてきた、で済む話ですか」
角右衛門「誠に申し訳ないが、一体、あの娘は本当にあなたの娘に間違いありませんか」
お角「私の娘だから、路銀を払ってわざわざ追いかけてきたのさ」
角右衛門「それがですね、あのお梅という娘は、七歳の時に保泉村(ほずみむら)の原中でさらわれたお栄という娘ですが、どうしてそれをあなたが娘にしたのですか」
そう言われて、お角はドキリとしました。
お角「はい、あなたは何をおっしゃるのです」
角右衛門「何も言いません。あれは岸田屋宇之助という旅商人の娘です。母親が亭主の帰りが遅いのを案じて娘を連れ、小川村まで探しに来る途中で、親子連れの胡麻の灰(悪党)にさらわれた娘ですが、それをどうしてお前さんが娘にしたのか、その次第を聞きたいものです」
お角「どうも思いがけないことをおっしゃる。さらわれたか何だか、そんなことは知りません」
角右衛門「惚けても無駄ですよ。おかめ、ここへ来て少しお目にかかれ」
そう言われて、おどおどしながら出てきたおかめとおえいは、角右衛門がそばにいるので少し気が強くなりました。おかめは一歩進み出て言いました。
おかめ「おい、お角さんとやら。お前、忘れはしまい。十三年あと、鴻の巣の田本で昼食をした時、お前と道連れになり、あれこれ話しておえいを可愛がり、それから駕籠に乗せると、保泉の原中でこのおえいをさらった。よくもこの年月、娘にしておいたものだね」
そう言われて、お角は「おや、おかみさん、どうもまあ」と口走りましたが、実母のおかめがこの家にいるとは思いもよらないこと。さすがのお角も仰天して、言うことが支離滅裂になり、おどおどしながら言いました。
お角「誠にどうも、おかみさん。思いがけないところで目にかかりました。あなたはどういうわけでこちらにいらっしゃるのですか」
角右衛門「これにはいろいろとわけがあって、今は私の妻として迎えているのです。火事場で母親とはぐれて死のうとしていた娘を助けて連れてくると、私が本当の娘だというわけです」
おかめ「まあ、よくも他人の娘をさらっておいて、強気なことを言ったものだ。誰に話を通して人の子を自分の娘にしたんだい」
お角「まあ、おかみさん、そうおっしゃるのも分かりますが、私も旅慣れないゆえ、あの時はあなたとはぐれてしまった。どうか探してあなたに渡そうとあちこち探したのですが、どうしても行方が知れず、あの子に聞いても七、八歳の子供ゆえ何も分からず、親類も知れず。仕方がないから江戸へ連れて行って私の娘として育てるのは当然ではありませんか」
角右衛門「あなたの言い分ももっともだ。親を尋ねても知れず、子供も幼くて分からないから娘にした、と言ったね」
お角「さようでございますよ。それをさらったなんて言われちゃあ、たまりません」
角右衛門「ごもっとも。私も火事場で探して、あなたに渡してあげようと思ったが、どうしても知れず、ほかに親類もないというし、仕方がないから連れて帰って娘にした。お互いの事情というものじゃないですか」
お角「お互いといったって、江戸から四五十里もある沼田まで連れてくるのは酷いじゃありませんか」
角右衛門「あなたも保泉村で誘拐でもしたのではないでしょうが、親の行方が知れないからといって江戸まで連れて行って娘にすれば、道理は同じことだ」
おかめ「本当にまあ、お角さん、なぜほかの娘を……」
角右衛門「騒がなくてもいい。私に言うことがあるから黙っていろ。さて、お角さん、これは実の母親です。あなたも実の親が知れないから自分の娘にしていたのでしょう。実の親が知れたら返すでしょうね」
お角「返すったって、ただでは返せません。私も路銀を使ってわざわざ探しに来たんですもの」
そう言っているそばから、道連れの小平がしゃしゃり出てきました。
小平「お母、黙っていな。お母は耄碌(もうろく)しているからくだらないことばかり言っている。旦那、お前さんは火事場でお母の行方が知れないから娘にしたとおっしゃるが、こちらでは七歳の時からお母が丹精して、着物から何から、その上にいろいろな芸事まで仕込んで、これから楽をしようと思っている。その恩義を忘れて、ぬくぬくとこちらの家にいる娘も娘だ。それをただこちらの家へ取り上げて、帰れと言うのか。旦那、それじゃあ話ができやせん。私も出る所へ出て話をつけましょう」
角右衛門「出る所へ出るなら勝手に出なさい。だが、あの時娘をさらわれ、母親が悪者に慰みものにされようとするのを、私が通りかかって助け、伊勢崎の銭屋へ頼んで捜索をさせた。その結果、八州(やしゅう)の役人に頼んで詮議すると、馬方の倉八という奴と松五郎、源蔵という三人を捕らえて名主の庭で調べると、親子連れの胡麻の灰(お角と小平)に三両ずつもらって頼まれたと白状した。三人は送られてしまったが、親子連れの胡麻の灰の行方が知れず、仕方がないからおかめを私の所へ連れてきて、縁あって今では女房にしている。これを表沙汰にするなら、どうぞおしなさい。伊勢崎の銭屋へ連絡して調べ直せば、お気の毒だがお前たちの腰に縄がかかるはずだ。それでもいいなら遠慮はいらないから好きにしなさい。本当ならこちらから訴えたいところだが、そんな荒っぽいこともしたくないので、五両の金をやる。草鞋銭(わらじぜに)だと思ってこれで帰るなら、もう紛争はなしに娘を返したという書付を一本置いていきなさい」
小平「お前さん、そんな理屈の通らないことを言っちゃ困るぜ。
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