初級翻訳・塩原多助一代記 第23話

塩原多助一代記

圓次どんは先へ帰ったはずですよ」
老婆「圓次はまだ帰ってこないよ。どこかで寄り道でもしているのかねえ」
多助「俺より随分と先に出たはずなんだけど……」
老婆「後から帰ってくるのかもしれないね。まあ、お茶でも一杯飲みなさい。多助さん、村の者たちが皆噂しているよ。母様が意地悪で、お前のような温厚な人を打ち叩いて折檻するとは情けない母様だとね。それでも恨みもせず、母様を大切にする、あんな優しい人はいないと皆が言っているよ。どうか短気を起こさないようにと心配しているから、体を大事にして時を待つのがいいよ」
多助「はい、ありがとうございます。伯母さん、俺の母親はわがままなところがあるけれど、俺の方も遠慮なしに言い返してしまうから、それで打ち叩かれるのであって、一概に母親ばかりが悪いわけじゃありません。俺が至らないから小言を言われるんです。どうか心配しないでください」
老婆「その心根が素晴らしいね。いいんだよ、まあ大事にしなさい」
多助「伯父さんにもよろしくお伝えください。それでは」

そう言って圓次郎の家を出て、我が家の門まで来ると、生垣の榎木のところに青がニョキリと立っていました。
多助「青、どうした? お前一人でここに来てどうしたんだ。圓次はどうした? 家へ帰ったのか?」
馬は言葉を返しませんが、まるで家来のように主人の帰りを待っている様子でした。多助は馬を引き連れて小屋へ繋ぐと、台所の戸を開けてこう言いました。
「ただいま帰りました」
その声におかめは驚き、まるで幽霊でも見たかのように声を震わせながら尋ねました。
「どうしたんだい?」
多助は答えました。「本当に遅くなってしまいました。どうしたわけか、うちの青が庚申塚のあたりに来ると後ろへ下がってしまって、どうしても動かずに困っていたんです。そこへ圓次が通りかかり、圓次が引くと青が歩くものだから、圓次の荷物を私が代わりに担いで、その荷を圓次の家へ届けて帰ってきたら、青が表に立っていたので馬小屋へ入れました。随分と遅くなってしまい、申し訳ありません」
おかめは「そうかい、道理で帰りが遅いと思ったよ」と口では言いつつも、心の中では「さては丹治殿は、多助と間違えて圓次郎を殺したに違いない。忌々しいことをしてくれたものだ」と、恐ろしい考えに沈んでいました。本当に、心の底まで腐った女でございます。

幸右衛門の家では、圓次郎が帰ってこないために大騒ぎとなっていました。そこへ「圓次郎が庚申塚の前で無残な死体になっている」という知らせが入り、急いで検使が行われました。親たちは泣く泣く村のお寺へ葬儀を出しましたが、多助はあまりに気の毒なことだと、一緒に連れて来ればよかったと幸右衛門夫婦に詫びを入れました。しかし、夫婦は諦めも早く、「これも運命というものだろうから、多助さんは心配しないでください」と言ってくれたので、事なきを得ました。それでも多助は、小さい頃からの親友だったこともあり、暇さえあれば圓次の墓所へ通い、墓を掃除しては毎日香花を手向けていたのでした。ちょうど十日目のことでした。多助が墓参りを終えて帰ってくると、おかめがこう言いました。
「多助、どこへ行っていたんだい」
「へえ、圓次の墓参りに行ってきました」
「そうかい。墓参りくらいしてやらなきゃあ、成仏できないからね。度々行ってやりなよ、圓次も浮かばれないからさ」
「本当に気の毒なことでございます。私もいろいろと訳を話して、幸右衛門さんの母上に謝ったのですが、『皆、決まっていたことだよ。因果というものがあるんだから心配しなくていい』と言われるだけで……私はもう、気の毒でたまりません」
すると、おかめは急に冷たい声で言いました。
「誰もいないから言うけれど、圓次郎はお前が殺したんだろう? 荷物を盗んで城下へでも売ろうという考えでやったんだろ」
「へえっ、ふうっ……何をおっしゃるんですか! お母さん、他の事とは訳が違います。私、圓次を殺したなんて……誰がそんなことを言ったんですか!」
「誰も言わないよ。でも『天知る地知る』の道理、すべてはお前の罰さ。お前の言うことは皆間違っているんだから、よく考えてみな。この前帰ってきた時、何と言った? 自分が引けば動かない馬が、圓次郎が引けば動くと言ったじゃないか。引き慣れている馬を飼い主が引いて動かず、他人が引いて動くなんてそんな馬鹿な話があるかい。大方、お前が圓次を殺して、御膳籠(ごぜんかご)いっぱいの荷を盗み、人知れず売って小遣いにでもしようとしたんだろう。それがバレるのを恐れて、うまく作り話をして圓次の家へ荷を届けたんだね。それを『馬が動かない』なんて……図々しいにもほどがある。お前ほど恐ろしい人間はいないよ。人には言えないけれど、しまいには親の寝首をかきかねない。今日という今日は本当に呆れたから、今すぐここから出ていっておくれ!」
「どうかご勘弁ください! 他のことならどんなに叱られても、お母さんの言うことには背かないと誓ってきました。ですが、圓次を殺したなんて……そんな情けないこと。幼い頃から同じ村で育ち、とりわけ仲の良かった圓次を殺して物を売るなんて、何を証拠にそんなことをおっしゃるんですか。情けない……たとえ何があろうとも、神に誓って身に覚えはありません!」
多助が泣き声を振り絞って訴えると、おかめはさらに冷酷に言い放ちました。
「とぼけんじゃないよ。分家のお作と付き合っているから、養子に行く約束のある圓次を邪魔にしたんだろう。圓次さえいなければ、末永くお作と楽しめるという魂胆に違いない。それほど気に入らないおえいを女房に持たせておくのも気の毒だから、今すぐ離縁状を書いて出ていきな!」
「どうか勘弁してください。この家を出ては、亡くなった父上のお位牌に申し訳が立ちません。おえいが気に入らないなら、私を夫と思わなくてもいい。お母様も私を子と思わず、奉公人だと思って台所の隅に置いてくださればそれでありがたいのです。私は八歳の時にこの家に引き取られて、亡き父上の丹誠で育てていただきました。これから恩返しをしなければならない身です。今追い出されては恩返しができません。どうか、どうか堪忍してください」
「ダメだよ、できないよ! 離縁状を書いて出ていきな。お前が出ていかないなら、私が出ていくからね」
「ああ、お母様! 親を追い出して子が残るなんて道理がありません。どうか、どうかご勘弁を!」
多助が必死に頼んでいると、横からおえいが口を挟みました。
「今お母様が言った通りだよ! 去年、お父様の遺言であなたと夫婦になりましたけれど、ちっとも女房らしくしてくれないじゃない。それほど嫌なものを無理に一緒にいるのはお互いにお気の毒よ。お作さんも圓次さんが死んで自由になったんだから、好きなそのお作さんと夫婦になりなさいよ。あなたのような人は怖くて嫌なの。お願いだから離縁状を書いて。一緒にいるのはもう嫌よ。今すぐ三行半(みくだりはん)を書いてちょうだい! 黙っていても分からないんだから、さあ、早く書いて!」
母と娘が揃って責め立てるのを聞き、さすがの温厚な多助もあまりの仕打ちに顔色を変えました。立ち上がり、声を荒らげました。

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