沼田の城下町に宿を取って三ヶ月の間探したが見つからなかったのも道理だ、こんな山の中にいたんだからね。あんたも罪なことをするもんだ。さっき城下町でお前と一緒に歩いているのを見かけたから尋ねてきたのさ。ここの家の若旦那が悪さをして連れ込んだのか何だか知らないが、どういうわけで、誰の許可を得てお前のところの娘にしたのか、それをはっきりさせてもらいたい」
多「はい、どういう事情かと言われましても、私から詳しく説明したところで納得はいただけないでしょう。父が留守ですので、父が帰ってくるまで待っていただけませんか。高平まで行っていますから、明日は確実に帰ってくるはずです。待っていただけるなら明日まで待ってください」
婆「待てませんよ! お帰りまで宿を取って金を使い続けるなんてできるか。今までどれだけ旅費を使ったと思っているんだい」
多「沼田のどこに宿を取っているか教えてくだされば、父が帰ったらお迎えに行かせますから」
婆「そんなことはできないよ! お腹が空いたから食事をご馳走になり、旦那のお帰りまで泊めておくれ。お前さん、たらいに水を汲んできておくれよ」
五八「大旦那が留守なのに、若旦那がいろいろ話しているのに分からないことを言うなあ」
婆「何でもいいからさ! 私の娘をここに連れてきて、我が物顔に『うちの娘だ』なんて言われて、はいそうですかと帰るような人間じゃないよ。田舎じゃあ小さい時から木綿の着物で育てて、教えることといえば糸繰りから機織りくらいで済むだろうけど、江戸育ちの娘というものは小さい時から絹の着物を着せて、その上、金を惜しまずに芸事を仕込んできたんだ。これから親が楽をしようと思っていたのに、その恩を忘れて親を見捨てて家出をするなんて、そんな阿魔女(あまじょ)はただじゃ置かないよ。さあ、お邪魔しますよ」
そう言って家に上がり込もうとするので、
五八「上がっちゃダメだ! 名主さんにそう言うからな!」
婆「どこへでも行ってそう言いな! こっちから名主へ訴えてやる。ぐずぐずしていると、誘拐の罪で突き出すぞ!」
五八「なんだと、誘拐(かどわかし)とは何のことだ!」
五八がそう言ってきつく詰め寄ると、連れの男が叫びました。
小平「おいおい、何をするんだ! 手前、俺のおっかあを打つのか? おい百姓、この大間抜け! 俺のおっかあに指一本でも触れてみろ。ぐずぐずしているとこの家に火を付けてやるから、そのつもりでいろ!」
五八「ひえっ、たまげた! 火を付けられちゃあたまんねえ!」
五八は江戸の大火事でひどい目に遭ったばかりなので、すっかり震え上がってしまいました。この権幕(ごんまく)に、奥ではおかめとおえいがどうしたらよいものかと途方に暮れておりましたところへ、角右衛門が帰ってまいりました。この人は名主から数えて三番目の席に座るという家柄で、とりわけ分別のある人でしたので、少しも騒がず落ち着き払って、あの親子連れの大悪人・お角婆さんと道連れの小平を向こうへあしらいました。この掛け合いのお話は、また次に申し上げます。
五
さて、百姓の塩原角右衛門という人は、田畑を三百石も持っております。村方で田畑を三百石も持っているというのは、大した財産でございます。
とりわけ家柄も良いので、座席も名主から三番目という扱いを受けていました。当時はそれほどまでに家柄を尊んだものでございます。百姓の家だからうまく丸め込めば二三百両はゆすり取れるだろう、という勢いでした。相手は「又旅のお角」として名高い女です。旅に出ては戻り、戻ってはまたすぐ旅に出ることから、そんなあだ名がついたのです。連れの小平は、その息子で、これまた悪党の仲間。座り込んだらてこでも動かないという強情者で、親子そろって名の知れた悪党です。
その恐ろしい剣幕に五八(ごはち)もひるんで後ろへ下がってしまい、名主へ訴えようとしていたところへ、主人の角右衛門が帰ってきました。奥へ行って事情を聞くと、角右衛門は実に落ち着き払った様子で、すぐに出ていきました。
角右衛門「はい、お初にお目にかかります。私は塩原角右衛門と申します。あいにく先ほどまで高平まで出向いておりまして。わけは存じませんが、息子や若い衆がやけに心配しております。どういったご用件で私のところへお出でになり、人の娘をさらうとは何事だと名主へ届けるなどとおっしゃるのか。事情を一通りうかがった上でご挨拶いたしますが、そもそもあなた方はどこのどなたでいらっしゃいますか」
お角「はい、あなたが角右衛門さんですか。お初にお目にかかります。私は江戸三田の『三角』という引手茶屋の主人、お角という婆でございます。この間の深川の火事で娘とはぐれ、行方が知れなくなりました。今も申し上げた通り、ようやく突き止めて、恐ろしい峠を越えてこの沼田までやってきて宿をとって探しましたが、見つかりませんでした。ところが今日、ふと城下で見かけた娘が私の娘にそっくりなので、跡をつけてみるとこちらの家へ入った。奉公人に尋ねると『うちの娘だ』と言う。どういうわけか他人の娘を誰に沙汰をして自分の娘にしたのかと聞けば、奉公人が名主へ訴えるとか何とか言うので、売り言葉に買い言葉、つい大声を出してしまいました。息子も腹を立てて大声を上げましたが、そんなことをしなくても話は通じるはず。一体どういうわけで、私の娘だと言い張るのか聞かせていただきたいねえ」
角右衛門「なるほど。それはもっともな言い分です。実は話さないわけにはいきませんな。少々用があって、この度初めて江戸へ参り、馬喰町に宿をとっておりました。ご案内の通りの大火事で、私も初めて火事に遭い、ひどく驚いてあちこち逃げ惑いました。本所のお竹蔵(たけぐら)にかかると、美しい娘さんが溝へ身を投げて死のうとしていたので、私がお助けして事情を聞いてみると、母親とはぐれ、悪者のために包みをさらわれ、中には大事な櫛や笄(こうがい)もお金も入っている。あれを取られてはお母さんに申し訳が立たないから死ぬしかないと泣くので、『まあ待ちなさい』と、余計なことですが見かねて宿屋へ連れて行きました。それから三日間、焼跡を歩き回ってあなたの行方を探しましたが、どうしても見つからない。困ったことだと思いましたが、預ける先もなく、親類もいないという。仕方がないので私の家へ連れて帰り、話を聞けば親も兄弟もいないというので、私の娘にするよりほかに仕様がないじゃありませんか」
お角「惚けないでくださいよ。親の行方が知れないから自分の娘にした? それが立派なお百姓さんのセリフですか。聞けばこの村でも名主から三番目に座るような立派なお家柄で、田地も三百石もお持ちだそうじゃないですか。たとえ親の行方が知れなくても、町内に自身番も名主もあるのだから、そこへ預けて帰るのが本当の親切というものでしょう。私はこれからあの娘で一息つこうと思っていたのに、大事な娘をさらわれたおかげで店も開けない。岡引を雇って金を使い、娘の行方を探したが見つからず、ようやく山の宿で沼田の二人連れの百姓が娘を連れて帰ったと聞き、跡をつけてきたのです。沼田から三里も引き込んだ場所とは知らず、長い間探してようやく見つけて詰め寄れば、そんな言い逃れ。
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