世の中の少年や少女たちが、喜々として小学校に通い始めた頃だったでしょうか。
もちろん黒吉には、そんな恵まれた生活など、想像の遥か外側のことでした。
しかし、この頃から黒吉は、同じ一座の幼い仲間たちの中でも、男の子と女の子を少し違った目で見つめるようになってきました。
「何」というはっきりした違いがあるわけではないのですが、女の子に馬鹿にされた時には、不思議と男の子に罵られた時のような憤りは感じなかったのです。
それどころか、
(いっそ、あの手で打たれたら……)
と思うと、何かゾクゾクとするような、喜びに似た気持ちを感じるのです。
これが何なのか、黒吉は次第にその姿をはっきりと見つめるようになっていきました。
一ノ四
安物の白粉の匂いと、汗ばんだ体臭、そしてペラペラで安っぽい色の衣装が、雑巾のように投げ散らかされたこの退廃的な曲馬団の楽屋で、蔑みの中に育てられた陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への不思議な執着が、ジクジクと燃え始めていたのです。
――そして、それをなお一層かき立てるような出来事が起こりました。
それは、ようやく敷地に小屋の設営も済み、いよいよ明日から公開という前日のことでした。
団長はいつも通り、小難しい顔をして小屋掛けの監督をしていましたが、それが終わってしまうと、さも「大仕事をした」というような顔をして、お気に入りの幹部たちと一緒にどこかへ遊びに出かけていきました。
団長が出かけるのを見送ると、他の年上の座員や楽隊の係の者たちもようやくのびのびとして、思い思いに雑談をして高笑いを立てていましたが、ひょうきん者の仙次が、自分の役であるピエロの衣装を調べながら、
「おい、親父が行ったぜ。俺の方も行こうか」
と言いました。
まるでそれが合図だったかのように、急に話し声が高くなりました。
「うん、たまには一杯やらなくちゃな……」
「ちぇっ、『たまには』とはよくも言ったもんだ。明日があるんだぞ、大丈夫か?」
「なーに、少しはやらないとやってられないよ。嫌ならやめろよ」
「嫌じゃねえよ」
「ハハハ、うるさいな」
と、いかにも嬉しそうにがやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中へと繰り出していきました。
こうして、いつの間にかこのガランとした小屋の中には、布団係りの源二郎じいさんと、子供の座員たちだけがぽつんと取り残されていました。
子供の座員は外出を禁じられていたのです。
それはもちろん「脱走」に備えたものでした。
その見張り役が、今は老いぼれてしまいましたが、昔はこの一座を背負って立った源二郎じいさんなのです。
結局、幼い彼らは小屋の中で思い思いに遊ぶより仕方がありませんでした。
男の子は男同士で舞台を駆け回り、女の子は女の子らしく集まって縄跳びをしていました。
――そして、黒吉は相変わらず小屋の隅に、ぽつんと一人きりでした。
しかし、いつになく黒吉の目は、何かを一心に見つめているようです。
(この憂鬱でオドオドした少年が、一生懸命に見ているものは何なのだろう)
誰でも彼の普段の様子を知っている人がこの光景に気づいたなら、少し首をかしげたに違いありません。
そして、何気なくこの少年の視線を追ってみたならば、おそらくハッと目を伏せたことでしょう。
黒吉のちょうど目の前では、少女の座員たちが簡単な服を着て縄跳びをしていました――。
しかし、彼が見ているのは、それではありませんでした。
この少女たちが勢いよく自分の背丈ほどもある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単な服のスカートは風を受けて乱れ、そこから覗くのはふっくらとした白い腿でした――。
(十やそこらの少年が、こんなものを息を殺して見つめているのだろうか――)
そう考えると、極めて不快な感じの前に、何か寒々とした恐ろしさを覚えます。
しかし、なおそればかりではありませんでした。
二
この憂鬱な少年の心を根底からグスグスと揺り動かした、あの「ふっくらとした白い腿」が絶え間なく、彼の頭の中に大きく渦を巻いて押し流れていました。
やがて、その心の渦がようやく鎮まってくると、その渦の中から浮かび上がってきたのは、この一座の花形少女「貴志田葉子(きしだ ようこ)」の顔でした。だけど、それと同時に、黒吉はまるで行く手をふさがれたような、激しくて嫌な気持ちになりました。
(ちぇっ、僕がいくら葉ちゃんと遊びたいと思ったって、無理に決まっているや。僕は芸が下手くそなんだ。それに、あんなにきれいな葉ちゃんが、僕みたいな汚い男の子と遊んでくれるわけがない……)
けれど、黒吉の心の奥深くにしっかりと焼きついてしまった、葉ちゃんへの不思議な強い気持ちは、そんなことくらいではびくともしませんでした。
むしろ、「ダメだ」と思えば思うほど、かえって大声で叫び出したくなるようなイライラした気持ちが、ますます激しく燃え上がるのでした。
――この頃から、黒吉の様子は少しずつ変わっていったようでした。
もしも誰かがよく注意して見ていたなら、いつもと変わらず小屋の隅っこにぽつんと一人でいる黒吉の目が、怪しい光を帯びてきていることに気づいたことでしょう。
そしてその時、彼の視線の先には、いつも一座の幼いアイドルである葉子が、かわいらしい姿で元気に動き回っていたのでした。
葉子は、黒吉と同じくらいの十歳前後でしたが、顔立ちもきれいで芸も上手でした。まるでお空を自由に飛ぶ小鳥のように明るく、あの気難しい団長からさえ、この上なく可愛がられていました。だから、この暗くてじめじめしたサーカス小屋の中でも、彼女だけはとても幸せそうに見えたのです。
もちろん、この暗くてみすぼらしい黒吉が、自分の動きを一つひとつ、食い入るように見つめているなんて、葉子は気づくはずもありませんでした。
黒吉自身も、彼女が自分のことなんてこれっぽっちも気にしていないことが、なんだか悔しくもあり、寂しくもありました。
もちろん、もしも彼女から、
「こっちへおいでよ!」
なんて声をかけられたら、どんなに嬉しいことでしょう。
――けれどその一方で、
「だらしがないわね、あんたなんて大嫌いよ」
と言われてしまうのではないかと不安でたまりません。彼女に話しかけるどころか、葉子が何気なくこちらを向いただけで、
(僕をバカにして笑っているんじゃないか)
という恐怖が、体中の血の中を火のように駆けめぐるのでした。
だから、黒吉はすぐにパッと目をそらしてしまうのででした。
黒吉は、自分でもこのひねくれた気持ちがよく分かっていましたが、それでも葉子への憧れの気持ちを、どうしても捨てることはできなかったのです。
×
思い出したかのように、にぎやかな楽隊の音楽が「敷島マーチ」を演奏し終えると、続いて「カチューシャ」のメロディを奏で始めました。
フルートの音がひょろひょろと青空へと消えていくと、その合間に、しわがれた声の呼び込み係の「さあさあ、入って入って!」という声が、団員たちの心までそわそわさせるように響いてきました。
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