初級翻訳・大宇宙遠征隊 第2話

大宇宙遠征隊

それから急ぎ足で階段をのぼり、小食堂へと向かったのです。
小食堂には、三郎より先におきていた船員たちや、仕事が休みの船員たちがテーブルを囲み、勢いよくご飯をパクリパクリと食べたり、お茶をガブガブ飲んだり、タバコをプカプカとふかしたりしていました。まるで街の片隅にある小さな食堂と何一つ変わらない、賑やかな風景でした。
三郎が入っていくと、船員たちはニッコリと目元で笑いかけ、そのまま楽しそうなおしゃべりを続けました。
三郎はテーブルに並べられた朝ご飯に手を伸ばしながら、彼らが話している内容に、なんとなく耳を傾けました。
「……というわけなんだよ。なにかイイ名前を考えてくれないか?」
「そうだなぁ。そんなの簡単さ。『チュウイチ』ってのはどうだい?」
「チュウイチ? どんな漢字を書くんだい?」
「『宇宙』の『宙(チュウ)』に、数字の『一(イチ)』だよ。つまり『宙一(ちゅういち)』だ! お前は今回、初めて噴行艇に乗って宇宙へ飛び出したんだろ? だから、留守の間に生まれた赤ちゃんに『宙一』と名付けるのは、ピッタリじゃないか!」
「なるほど、『宙一』か! いいぞ、すばらしい名前だ! 昨日の夜からずっとソワソワして落ち着かなかったが、これでやっと安心できたぞ!」
そう言うと、その船員は立ち上がりました。
「おい、どこへ行くんだい?」
「決まってるだろ! これから無線室へ行って、今すぐ奥さんを無線通信で呼び出してもらうんだ。そして『宙一』って名前を教えてやるのさ。ちゃんと説明してやらないと、うちの嫁さんはちょっと抜けているところがあるから、分かってくれないんだよ」
「まあ、好きにするがいいさ。ついでに、うちの嫁さんにもメッセージを伝えてくれよ。『お祝いの品を持って、あいつの奥さんのところへ届けてやってくれ』ってね」
「馬鹿なことを言うなよ! こっちからお祝いを催促するなんて、そんなの変だろ!」
「何を遠慮することがあるんだよ、あははは!」
「あははは! まぁとにかく、行ってくるよ!」
船員のひとりは、部屋を出ていきました。
残された仲間の船員たちは、顔を見合わせながら囁きあいました。
「あんな風に威勢よく出ていったけれど、本当は少しホームシックになっているんじゃないかな。なにしろ、この噴行艇が次に地球へ戻るのは15年後だからね。昨日の夜に生まれたあいつの子どもが、15・6歳にならないと、我が子の手を握ってやることもできないんだから……」
「うむ、まあ、そうだな……。だが、そんな寂しい話はやめようぜ! こっちまでホームシックにかかっちまうからな」
15年後……と船員たちが話しているところを見ると、この噴行艇は、これからとてつもなく長い道のりを飛び続ける予定のようです。

 ふしぎな味噌汁

「どうだい三郎。噴行艇に乗って1か月が経ったけれど、少しは落ち着いてきたか?」
ひとりの船員が、タバコをくわえながら三郎のとなりに腰を下ろしました。
それは、三郎と同じ故郷である神戸生まれの船員で、「鳥原彦吉(とりはら・ひこきち)」という男性でした。
彼はとても優しい男で、荒くれ者の船員には似合わないほど、たくさんの知識を持った物知りでした。
三郎は彼のことを、まるで本当のお兄さんのように慕っていました。
「ええ、だいぶ慣れましたよ!」
三郎は缶詰の中から、緑色の青豆をお箸ではさみながら、ニッコリと笑いました。
「俺はこれで3回目の宇宙旅行だが、お前は初めてだから、勝手が分からなくて困ることも多いだろう?」
「困ることもありますねぇ。第一、『朝になった』とか『昼になった』とか言われても、窓の外はこんな風に真っ暗ですからね。地球とは全然勝手が違いますよ」
「そうだろうなぁ。長いあいだ太陽の光の下で暮らしてきた身からすれば、真っ暗な夜ばかりがずっと続くんだから、気分が滅入ってしまうのも無理はないよ」
「太陽の光って、今となっては、本当に恋しいものですね……」
三郎は、しみじみと呟きました。
地上を明るく照らしていた、太陽の眩しい光が思い出されます。
地球から空高く舞い上がったときも、成層圏(地球を包む空気の層)の近くまでは、まだうっすらと夕方のような太陽の微かな光が残っていました。けれど、成層圏の中をグングン突き進んでいくうちに、いつの間にか周りは、漆黒の暗闇の世界へと変わってしまったのでした。しかも、遠く離れた空のすみっこを見上げると、ダイヤモンドをパッとはらりとばらまいたみたいに、キラキラと美しく輝くたくさんの星の中に混ざって、ぼくたちの太陽が青白く光っていたのです。

太陽はちゃんと光っているのに、空は真っ暗闇のままでした。
まるで、真夜中にまんまるなお月さまを見上げているのと、ほとんど変わらない不思議な感じでした。

今から思い返してみると、どうやらあの頃から、地球の上で暮らしていたときとは違う不思議な出来事が、色々と増えてきていたみたいでした。

あの日からしばらくすると、自分の体がなんだかフワフワと軽くなったように感じ始めました。
机の上からポロリと物が落ちる様子を見ていても、なんだかスローモーション撮影の映画を見ているみたいに、ゆっくりゆっくり落ちていく気がしたのです。

その不思議な現象について、となりに座っている鳥原彦吉さんに話してみると、
「ああ、それは重力がガクンと減ったからだよ。つまり、地球からすごく遠くへ離れてしまったから、地球が物をひっぱる力(引力)が弱くなったんだね。だから物もゆっくり落ちるし、体も軽くなったように感じるのさ。これからもっと先へ進むと、重力が減りすぎて、もっと妙ちきりんでおかしなことが起こると思うよ。気をつけときなさい」
と、鳥原さんは親切に教えてくれたことがありました。

三郎はその話を思い出して、
「ねえ、鳥原さん。あの後から、あんまり重力が減ったような感じがしないんですけど、どうしてなんですか?」
と尋ねてみました。

すると鳥原さんは、吸い口のギリギリまで燃えたタバコを、灰皿の中でジジッと押し消しながら言いました。
「ああ、重力のことかい。重力はもう、すっかりなくなってしまったよ。だけどね、重力が減りすぎると、ぼくたちの仕事や生活にすごく差し支えて、困ったことになるんだ。だから今は、特別な機械を動かして、この船の中に『人工重力(人間の手で作った重力)』を作り出しているのさ」

「じんこうじゅうりょくって、何ですか?」

「人工重力っていうのはね、人間の力で作り出した『にせものの重力』のことさ。そうやって重力を作ってあげないと、大変なことが起きるんだよ。たとえば、このテーブルの上に、温かいお味噌汁が入ったお椀が置いてあるだろ? そのお椀をひょいと手に持って、口もとへ運ぼうとするじゃないか。そうするとね、手に持ったお椀だけが口もとにやって来て、中身のお味噌汁の方は、テーブルの上にそのまま残ってしまう……なんてことが起きるんだよ」

「えっ、何ですって!?」
三郎には、鳥原さんの言っていることがすぐには信じられませんでした。あまりにも予想外でおかしな話だったからです。

「あんまり変な話だから、パッと理解できないのも無理はないよ。

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