まがりくねったつえをついて、背中をまるくして、エッチラ、オッチラおりていくようすは、この気味の悪い場面によく似あって、殿村自身が、人間ではなくて、どこかよその世界からやってきた、魔物のように感じられるのでした。
中村係長は、万が一のときに備えて用意していたピストルを取りだし、相川さんをうしろにかばうようにして、油断なくあたりに目をくばりながら、殿村のあとに続きます。
階段をおりて鉄のとびらをひらけば、そこは、泰二少年が妖怪のようなおばあさんに苦しめられ、大野くんをはじめとする三人の少年がヘビ責めにあった、あのおそろしい地下室です。
しかし、今はそこに人の影もなく、ただジメジメした地下室特有のにおいが鼻をうつばかりでした。
殿村は、ろうそくをふりてらして、その地下室のすみからすみまでしらべまわりましたが、怪しいものはなに一つありません。
人が隠れるような道具すらないのです。
「おかしいぞ。ここはまるでからっぽじゃ。」
殿村は、いかにもいぶかしげにつぶやきました。
いぶかしく思うのは、殿村ばかりではありません。
読者のみなさんも、きっと首をかしげていることでしょう。
泰二くんと三人の少年たちは、いったいどこへ姿を消してしまったのでしょうか。
そして、あのおびただしい数の青大将は、どこへ行ったのでしょう。
ヘビが入っていたあのたるさえも、今は影も形もないのです。
その後、外に待たせてあった刑事たちの手を借りて、建物の二階から地下の部屋部屋にいたるまで、くまなく捜索しましたが、どこにも人の気配すらなく、この洋館はまったくの空き家であることが確かめられただけでした。
さがしあぐねて、殿村と相川さん、中村係長の三人は、もとの書斎へと引きかえしました。
そして、大きな机の前に立って、だまりこんだまま、たがいにじっと顔を見あわせます。
「殿村さん、結局のところ、われわれは犯人が引っ越したあとへ、大げさに踏み込んだというわけですかね。」
捜査係長が、今夜相川さんから紹介されたばかりの、不気味なせむし探偵を疑わしげにジロジロとながめながら、責めるように言いました。
「いや、そんなわけはない。
犯人はたしかに、この建物の中にいるはずだ。
犯人だけではない。
例の書類も、子どもたちも、ちゃんとここにいるはずなのじゃ。」
殿村は、気がふくれたような目でキョロキョロとまわりを見まわしながらつぶやきます。
「しかし、だれもいないじゃありませんか。
きみはまだ、さがし方がたりないと言いたいのですか。」
「待ってください。これには秘密がある。
わしは、四人の子どもたちがすぐ目の前にいるような気がするのだ。
それなのに、それを見つけだすことができない……。」
殿村は、例のステッキをコトコトならしながら、部屋の中を行ったり来たり、いそがしく歩きはじめました。
毛虫のように太いまゆの下に、不気味にするどい目がらんらんとかがやいています。
飛び出した出っ歯のすきまからプチプチと泡をふいて、何やら休むことなくつぶやいています。
心を一点に集中して、何かを考えだそうとしているようすです。
しばらくそうしているうちに、殿村の足がピタリと止まりました。
そして、
「そうじゃ、そうにちがいない。わしはなんてばか者なんだ。そんなことがわからないなんて!」
と変なひとりごとをつぶやいたかと思うと、部屋の四すみに立ててある石膏像の一つ、読者のみなさんもご存じのソフォクレスの像の前にズカズカと歩み寄り、いきなりステッキをふりあげて、その石膏像の肩をめちゃくちゃになぐりはじめたのです。
ギリシャの大詩人ソフォクレスの像はグラグラとゆれ、まずその右腕が付け根から折れてこなごなにくだけ散り、その破片がせむし探偵の腕や背中に、雪のように降りかかるのでした。
殿村探偵は、気がおかしくなってしまったのでしょうか。
それとも、この突拍子もない行動には、何か深いわけでもあるのでしょうか。
石膏像の秘密
その場にいあわせた相川技師長と中村捜査係長は、びっくりして殿村のそばへかけよりました。
「殿村さん、いったい何をするのです。
犯人が見つからないからといって、罪もない石膏像にあたりちらすことはないじゃありませんか。
子どもみたいなまねはやめなさい!」」相川技師長は、殿村探偵がふりあげた右腕をおさえながら、しかるように言いました。
すると、殿村は、いらいらした様子でその手をはらいのけ、みにくい顔をいっそうグニャグニャにゆがめながら、言い返しました。
「罪がないだって? フフン、罪がないどころか、この石膏像こそが大とんでもないくせ者なのじゃ。
あんた方、それがわからんのか。
まあ、よーく見てごらん。
この像には足がないじゃないか。
本物のソフォクレスの像なら、着物の下から二本の足がニュッと出ているはずじゃ。
ところが、この石膏像にはその足がない。
下まですっかり着物でかくれてしまっている。
ほかの三つの像もみな同じことじゃ。
一つとして足がむきだしになっているやつはない。
あんた方、これがふしぎには思われぬかな。
古代ギリシャの彫刻は、まっ裸か、でなければ、着物を着ていても手や足はニュッとむきだしになっているのがふつうじゃ。
それが当時の風習なのじゃ。
ところが、そのギリシャ彫刻をまねて作ったこの石膏像には、四つが四つとも足がない。
下まで着物におおわれて、釣り鐘をふせたような形になっている。
なぜじゃろう。
あんた方、おわかりにならんかな。
わしは今、ふっとそれに気がついたのじゃ。
この家の主人は、わざと足のない、下が広がった石膏像を作らせておいたのじゃ。
なぜか? この像の中へ何かをかくすためじゃ。
何か大きなものをかくしても、像がたおれないように、あらかじめ安定よく作っておいたのじゃ。
ハハハ……、まだわからんかね。
まあ、見ていてごらんなさい。
わしが今、この石膏像の秘密をあばいてくれるから。
待て、待て、こんなステッキじゃしょうがない。
たしかあの秘密室の中に金づちがあったはずじゃ。
」殿村はそんなことを言いながら、アタフタとれいのおびただしい衣装がかかっている密室へはいっていきましたが、まもなく大きな金づちをさげて戻ってきました。
「さあ、よく見ていてごらんなさい。
わしの考えがまちがっていなければ、この中から、とんでもないものがとびだしてくるはずじゃ。
」言い終わるか終わらないうちに、殿村の右手がパッと宙をおどり、金づちの先が弾丸のように石膏像へぶつかっていきました。
一回、二回、三回……。
たちまち石膏像は、ドカンと大きな音をたてて、こなごなにくだけ散っていきます。
すると、石膏のからっぽの内部から、何かみょうなものが見えはじめました。
人間の頭です。
白い布でさるぐつわをはめられている、青ざめた少年の顔でした。
「おおっ?」
相川技師長の口からおどろきの声がもれました。
殿村はかまわず金づちをふりつづけ、とうとう石膏像をあとかたもなくたたきこわしてしまいました。
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