ゴロゴロとのどを鳴らすようなうなり声が、今にも背中にせまってきそうで、走りながらも気が気ではありませんでした。
先頭の小林君は、団員たちが逃げおくれやしないかと、うしろをふりむきふりむき走っていましたが、さいぜんの深いほら穴のあたりまで来ますと、ハッとして立ちどまってしまいました。
もう少しで、その井戸のような穴の中へ、すべり落ちるところだったのです。
ああ、なんということでしょう。
さっきまで、そのほら穴の上にかかっていた板の橋が影も形も見えなくなっているのです。
橋がなくては、もうこの道を進むことができません。
井戸のようなほら穴は道いっぱいにひろがっていて、どこにも通る場所がないからです。
といって、とびこせるような小さな穴ではありません。
やっぱり、この鍾乳洞の中には、少年たちに敵意を持つ人間がかくれているのにちがいありません。そうでなくては、板の橋がひとりでに動くわけがありません。
さっき道しるべのひもがプツリと切られたことといい、今また板の橋が消えてしまったことといい、これはもう何者かが、少年探検隊を困らせようと仕組んだ悪だくみに違いありません。
かわいそうな子どもたちは、もう前へ進むことも、うしろへ引き返すこともできなくなってしまいました。
目の前では、魔のほら穴が「少年たちをまとめて飲み込んでやるぞ」とばかりに、まっ赤な口をぽっかりと開けて待ち構えています。
そしてうしろからは、あの不気味な怪物が、のどをゴロゴロ鳴らしながら迫ってきます。
ああ、もう万事休すです。
小林団長をはじめとする十人の少年探偵団員は、この暗い洞くつのなかで、誰にも助けを求めることもできず、ここで消え入るような最期を迎えてしまうのでしょうか。
一同がほら穴のふちにペタリとしゃがみこみ、息も絶え絶えにふるえていると、そのとき、またしても少年たちをギョッとさせる、恐ろしいことが起こりました。
うしろの暗やみの中から、突然、笑い声が聞こえてきたのです。
心臓が止まるほどの思いで懐中電灯をむけてみると、五、六メートル先の暗やみの中で、あの怪物が後ろ足でしっかりと立ち上がっていました。
そして、大きなくちばしをカパッと開け、ケラケラと笑っているのです。
幼い女の子のようなかん高い声で、まるで面白くてたまらないといった様子で、ケラケラと笑い声をあげているのでした。
少年たちは、背すじにスーッと氷の棒を差し込まれたような、冷たい恐怖を覚えました。
ああ、笑うコウモリだ! 女の子の声で笑うコウモリなんて、いったいこんなことがこの世にあるでしょうか。
これは夢なのでしょうか。
それとも、暗やみのなかのまぼろしなのでしょうか。
それとも少年たちは、洞くつの妖気(ようき)にやられて全員気がふれてしまい、ありもしない化け物の姿を頭に思い描いているのでしょうか。
●もの言う怪獣
少年たちは、あまりの不思議さと恐ろしさに、心臓の鼓動さえ止まってしまいそうな気持ちでした。
大人の背丈ほどもあるコウモリというだけでも信じられないのに、それが人間の声で笑い出すなんて、想像を絶する気味の悪い出来事ではありませんか。
ところが、もう生きた心地もしない少年たちの耳に、さらにいっそう恐ろしい声が飛び込んできました。
みなさん、なんとその大コウモリが、しゃべりだしたのです。
人間とまったく同じ言葉で、ものを言ったのです。
「フフフ……、なんて気の小さい子どもたちだ。
それでも少年探偵団員かね。
おい、小林君、きみまでブルブルふるえているじゃないか。
いつもの元気はどこへいったんだね」
大コウモリが、地の底から響いてくるような不気味な声で、そう言ったのです。
ほかに人間がいるはずもありません。
たしかに、この怪獣が自分の口でしゃべったのです。
小林少年はそれを聞くと、暗やみの中でムクムクと起き上がりました。
その声の調子が、どこかで聞いたことがあるような気がしたからです。
そして、なんだかハッと胸を突かれたからです。
小林君は手にしていた懐中電灯の光を、スッと声のする方角へ浴びせかけました。
すると、その丸い光の中に、大きな牛ほどもある怪獣の顔が、ヌーッと浮かび上がりました。
大コウモリはいつの間にか、わずか一メートルほどのところまで近づいていたのです。
少年たちも一斉にそちらを見ましたが、一目見るやいなや、あまりの気味の悪さに思わず目をぎゅっとふさいでしまいました。
牛ほどもある毛むくじゃらの顔の真ん中で、まんまるな二つの目がギョロッと光っています。
その下には大きな黒いくちばしのようなものが突き出しており、それがパックリと開いているのです。
口の中には黄色い牙のような歯並びが見え、そのすきまからまっ赤な舌がのぞいています。
今にも少年たちを頭から丸呑みにしようと、身構えているのです。
しかし、小林少年だけは、その恐ろしい顔を見ても、もう怖がりませんでした。
動物が人間の言葉をしゃべるはずがない。
言葉を話すからには、この恐ろしい怪物の中には、本物の人間が隠れているに違いないと、賢くもすばやく見抜いたからです。
「きみはだれだ。ぼくたちをどうするつもりだ」
小林君は懐中電灯を向けたまま、キッと鋭い目つきで怪物をにらみつけました。
「フフフ……、わからないかね。
きみたちが一生懸命さがしている人間だよ」
大コウモリは人を小バカにしたような口ぶりで、クスクスと笑いました。
やっぱり人間なのです。
大コウモリの着ぐるみを着た人間なのです。
それがわかると、少年たちは恐ろしい悪夢から覚めたようにホッと息をつきました。
でも、お化けの怖さはなくなったものの、こんどはこの怪獣の中に入っている人間が、いったい誰なのだろうかと考えると、また別の恐怖でゾーッと背すじが寒くなるのでした。
少年たちの頭の中に、ある人物の名前がサッとひらめきました。こんなおそろしくて意地悪ないたずらをして、少年探偵団のみんなを困らせるやつなんて、あの人しかいないからです。
小林くんも、すぐにその名前が頭に浮かびました。でも、この真っ暗なほら穴の中で、その名前を口にするのには、ものすごい勇気がいりました。
本物の大コウモリの化け物よりも、むしろ、その人間のほうがずっと恐ろしく感じられたからです。
小林くんはしばらくの間、胸をドキドキさせながら、言おうか、言うまいかとためらっていましたが、とうとう思いきってその名前を叫びました。
命がけで、大声で叫んだのです。
「きさま、二十面相(にじゅうめんそう)だな!」
「フフフ……、やっとわかったね。
そのとおり、おれは二十面相だよ。
二十面相は人間ばかりでなく、動物にだって変装できるのさ。
この世にいないような架空の動物にだってね。
フフフ……。
まさか二十面相が、こんなほら穴の中できみたちを待ちかまえているとは、思いもしなかっただろう。
どうだね、この思いつきは。
ハハハ……。
これは最初からおれが計画したことさ。
その計画に、きみたちがまんまと引っかかったわけだ。
おい、わかるかね。
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