そして、出せる限りの力をふりしぼって、頭と肩で箱のフタを押し上げようとしました。
しかし、頑丈なよろいびつは、びくともしません。
何度も何度もぶつかっているうちに釘がゆるんで、フタが少しだけ持ち上がったように思われましたが、小林くんはもう力が尽きて、ぐったりとなってしまいました。
そうしてじっと息をひそめていると、箱の外で、かすかな音がしているのに気がつきました。
おじいさんが目をさましたのかと思いましたが、いびきは相変わらず聞こえています。
そのいびきにまじって、もっと別の、かすかな音をたてているものがあるのです。
おじいさんのほかに、何者かがいるのです。
それにしても、いつの間に、いったい誰がはいってきたのでしょう。
ゴソゴソと動く音のほかに、かすかな息づかいさえ聞こえてくるではありませんか。
小林くんはゾーッと血の気が引く思いがしました。
アトリエの中へ、おじいさんとは別の何者かが忍びこんで、こっそりと何かをしているのです。
人間でしょうか。
それとも、人間よりももっと恐ろしい化け物でしょうか。
じっと息を殺して耳をすませていますと、やがてそのかすかな音はやんでしまいましたが、別に立ち去った足音も聞こえません。
薄暗い部屋の隅に、じっと身をひそめてうずくまっているのかもしれません。
しかし、何のために? ああ、いったい何のためにそんなことを?
小林くんは、どうしていいのかわかりませんでした。
忍び込んできたやつに声をかけようかとも思いましたが、もしあヤしいおじいさんの仲間だったら大変です。
ためらっているうちに、時間だけが過ぎていきました。
しかし、いくら待っても、さっきのあやしい音はもう聞こえてきません。
おじいさんのいびきのほかは、シーンと静まりかえっています。
真っ暗で狭い箱の中でじっと縮こまっているのは、本当に気味の悪い気持ちでした。
やがて、小林くんはまた、奇妙な物音に気がつきました。
今度は、人間が動いている音ではありません。
パチパチと、何かがはぜるような音です。
そのうちに、変なにおいが箱の中までただよってきました。
何かが焦げているにおいです。
では、あのかすかなパチパチという音は、火が燃えている音なのでしょうか。
ああ、たしかにそうです。
焦げるにおいはだんだん強くなってきました。
パチパチとはぜる音は、いよいよ激しくなってきました。
そればかりではありません。
箱にあけた穴から、スーッと白い煙がはい込んできたのです。
煙はますます濃くなり、息がむせそうになってきました。
そして箱の穴から、ろうそくの光とはちがう、不気味な赤い光がチロチロとまたたき、箱のまわりが妙に熱くなってきたではありませんか。
火事です!
アトリエ全体が炎に包まれているのです。
どうして火事が起きたのでしょう。
酔っぱらいのおじいさんがろうそくを倒して、その火が燃えうつったのでしょうか。
いや、そうではなさそうです。
さっきのかすかな物音、何者かが忍び込んできたようなあの物音が、どうもあやしいのです。
火の海
箱の中の小林くんは、気がおかしくなったように暴れだしました。
死にものぐるいの力で、めちゃめちゃにもがき回ったのです。
肩やひじ、ひざにかすり傷ができて、血が流れてきました。
しかし、そんなことにかまっている暇はありませんでした。めちゃくちゃに暴れ続けているうちに、死にものぐるいの力というのは恐ろしいもので、あんなに頑丈だったよろいびつも、めりめりと音を立てて壊れはじめました。
いや、壊れるよりも先に、フタに打ちつけてあった釘がゆるんで、パッとフタが開いたのです。
そして小林くんは、よろいびつの中に立ちあがっていました。
見ると、あたりは一面の火の海でした。
部屋じゅうに、煙がもうもうと渦巻き、一方の壁は半分焼け落ちて、まっかな炎が、何千ともしれない毒蛇の舌のように、めらめらと天井をなめていました。
床には黄色い煙が這い回り、そのあいだから赤い炎が、バッ、バッと音を立てて燃えあがっていました。
老人と見ると、その煙の中に倒れたまま、むせかえりながら、ごろごろと、イモ虫のように転げまわっています。
酔っぱらって、足が立たないのでしょうか。
いや、そうではありません。
いつの間に誰が縛ったのか、老人は、手も足も、あざ縄でぐるぐる巻きにされているのです。
いくら悪人でも、焼け死ぬのをほうっておくわけにはいけません。
それに、幸い手足を縛られているのですから、助けだしたところで、逃げられる心配はないのです。
小林くんは、力まかせに老人の足をひきずって、床の燃えていないところを選びながら、部屋の外へ出ました。
廊下はまだ燃えていません。
やっぱり老人の足をひきずったまま、廊下から入口のドアの外へ。
そして、建物からずっと離れた草の中へ老人を寝かせました。
そして小林くんは、いきなり町のほうへ駆けだすのでした。
いつのまにか日が暮れて、外は真っ暗になっていました。
しかし、まだ宵の口ですから、町のたばこ屋は店をひらいていました。
小林くんは、そこへ飛びこんでいきました。
「あのお化け屋敷の西洋館が火事です!」
と叫んでおいて、赤電話の受話器をとると、まず、一一九をまわして、火事の場所を知らせたあとで、警視庁の捜査課を呼びだし、知りあいの中村警部に、いそいで事のしだいを告げました。
明智探偵は旅行中なのですから、さしずめ、中村警部の助けを求めるほかはなかったのです。
すぐに現場へ行くという中村警部の返事をきいて、小林くんは、怪老人をころがしておいたところへ、とってかえしました。
もうそのころには、近所の人たちが原っぱへ集まってきて、いっぱいの人だかりになっていました。
怪老人は、もとの場所にころがっていました。
もういびきはかいていません。
けれど、ぐったりと死んだようになって倒れています。
そのときはもう、西洋館ぜんたいがまっかな炎につつまれていました。
何千何万ともしれない赤いヘビが、のきをつたい、やねにはいあがり、やみの空にのぼろうとでもするように、あれくるっていました。
そのとき、するどいサイレンの音をひびかせて、消防自動車がやってきました。
たちまちホースが何本ものばされ、燃えくるう西洋館に、ふんすいのように水がそそぎかけられましたが、もう西洋館を助けることはできません。
建物ぜんたいに火がまわってしまったからです。
西洋館をかこむ木立ちは、絵のぐをぬったように、まっかにいろどられていました。
そして、えたいのしれないぶきみな風が、そのへんいったいを、くるいまわり、もくもくと上がる黄色い毒煙を、右に左にあおっていました。
そのとき、じつにふしぎなことが起こったのです。
そのうずまく煙の中から、材木のはぜわれる音にまじって、異様な声が聞こえてきました。
ほのおにたわむれる怪鳥のなき声でしょうか。
いやいや、そうではありません。
鳥が笑うはずはないのです。
それは、気ちがいのような人間の笑い声でした。
ほのおと煙のむこうがわから、なにものかが、人の不幸をよろこぶように、笑いくるっていたのです。
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