初級翻訳・魔法博士 第15話

江戸川 乱歩

おばけかしらと、ギョッとしましたが、おばけではありません。
ひとりのまっ黒な顔をした、黒人の老人です。
頭はまっ白で、白い口ひげと、あごひげをはやした、しわくちゃの老人です。
やせたからだに、だぶだぶの白い大きなきれを、肩からはすにまきつけています。
写真で見たインドの坊さまみたいな身なりです。
なにに使うのか、太い縄をまるくまいて、小わきにかかえています。
その老人は、からだにまいた白いきれを、ヒラヒラさせながら、洞窟のまん中までくると、そこに立ちどまって、へんなしわがれた声で、少年たちに話しかけました。
「おまえたちに、これからおもしろいものを見せてやるよ。
世界のなぞといわれているインドの大魔術じゃ。
ほら、この縄をごらん。
これを空に向かって、投げあげるのじゃ。
そうすると、この長い縄が、ぴんと、まっすぐに立ったまま、落ちてこないのじゃ。
さて、それから、じつにふしぎなことが、はじまる。
おまえたち、そこから、よく見ているがいい。」
といったかとおもうと、老人は、小わきにかかえていた縄のはしをつかんで、まるで、投げ縄でもするようなかっこうになって、恐ろしいいきおいで、それをぱっとてんじょうに投げあげました。
縄は、スルスルと、洞窟のてんじょうに向かってのびていき、そのままシャンと、まっすぐに立ちました。
すこしも落ちてこないのです。
縄の柱ができたわけです。
長く長くのびて、てんじょうのほうは、暗やみにかくれて見えなくなっています。
「さて、これから、どんなことが、おこるじゃろう。
よく見ていなさい。
」
 老人は、そういいのこして、スーッと、右手のやみの中に消えていきました。
すると、それといれかわりに、十歳ぐらいの小さな子どもが、チョコチョコと、かけだしてきました。
その子どもは、からだじゅうが、赤と白のだんだらぞめになっているのです。
つまり、赤と白の太いしまのシャツとズボンをきて、おなじ赤白の運動帽をかぶっているのです。
顔はまっ黒で、大きな白い目がクリクリしています。
やっぱり、黒人の子です。
その子どもは、まっすぐに立っている縄のそばまでくると、こちらを向いてニッコリ笑いました。
すると、まっ黒な顔の中に、白い歯がむきだしになり、目と歯だけが、白くとびだしているように見えるのでした。
それから、赤白だんだらぞめの子どもは、縄を登りはじめました。
まるで、サルのように、まっすぐの縄を、上の方へ登っていくのです。
そのとき、またもや、右手のやみの中から、ぱっと、みょうなものが、とびだしてきました。
バラバラ少年

 それはやっぱり、白い大きなきれでからだをつつんだ、まっ黒な男でした。
さっきの老人ではありません。
三十ぐらいの力の強そうな男です。
手にはピカピカ光る恐ろしく幅のひろい刀を持っています。
むかし中国に、青竜刀という恐ろしい刀がありましたが、あれとそっくりです。
刀のことを、ダンビラといいますが、これは牛でも殺すような大ダンビラです。
その男は、まっ黒な中に、目ばかり白くギョロギョロさせた、恐ろしい顔をしていました。
ひとことも、口をききません。
三人の少年のほうを、ふりむきもしません。
うらみにもえる白い目で、縄を登っていく子どもを、ぐっと、にらみあげているのです。
男の手が、縄にかかりました。
大ダンビラを口にくわえ、両手で縄にすがると、そのまま、子どものあとを追って、登りはじめました。
「キャーッ。
」
 上の方から、悲鳴がきこえました。
もう五メートルも、縄を登った子どもが、大ダンビラの男を見て、あまりの恐ろしさに、死にものぐるいの声で、叫んだのです。
そして、にわかに手足をはやめて、逃げるように、縄を登るのでした。
しかし縄は、洞窟のてんじょうで、いきどまりになっています。
そこへ、追いつめられたら、もう、どうすることもできないではありませんか。
大ダンビラを口にくわえた男は、子どものあとから、ゆうゆうと登っていきます。
いくら逃げたって、だめなことを、ちゃんと知っているのでしょう。
三少年は、それを見て、胸がドキドキしてきました。
あの恐ろしい男は、赤白だんだらの小さい子どもを、殺してしまうのではないかとおもうと、気が気ではありません。
井上君などは、とびだしていって、下から男の足をひっぱってやろうかと思いましたが、もう、まにあいません。
男も縄のぼりが上手で、たちまち、四―五メートル登ってしまったからです。
子どものほうは、もう十メートルも、登ったでしょうか。
洞窟のてんじょうは暗いので、下からは見えなくなってしまいました。
手に汗をにぎって、見あげていますと、ダンビラの男も、てんじょうのやみのなかへ、姿が消えていきました。
ああ、縄の上に追いつめられた子どもは、どうしているのでしょう? いまごろは、男につかまって、恐ろしいめにあっているのではないでしょうか。
「キャーッ!」
 身ぶるいするような悲しい悲鳴が、てんじょうのやみの中から、聞こえてきました。
それが、洞窟にこだまして、あちらからも、こちらからも、キャーッ、キャーッという声が、かさなりあって聞こえるのです。
五人も六人も子どもがいて、つぎつぎと叫んでいるような気がします。
そのこだまの声が、だんだん小さくなって、スーッと消えていったころに、ぎょっとするような恐ろしいことが、おこりました。
サーッと、てんじょうから、なにかほそ長いものが落ちてきたのです。
赤白だんだらの棒のようなものでした。
それが地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。
なんだか、えたいのしれないものです。
びっくりして、息をのんでいますと、……またもや、てんじょうから、同じような赤白だんだらの長いものが、サーッと、落ちてきました。それから、そのあとを追うようにして、こんどは、まえよりはすこし小さい赤白だんだらのものが、つづいて二つ、落ちてきて、床にころがりました。
よく見ると、あとから落ちた二つには、かわいらしい五本の指が、はえているのです。
手です。
あの黒人の子どもの黒い手です。
それでは、さきに落ちた二つは、足かもしれません。
ああ、そうです。
よく見ると、黒いズックのゴムぐつをはいているではありませんか。
おくびょう者のノロちゃんは、それがわかると、いきなり、小林少年のからだに、しがみつきました。
そして、ガタガタふるえているのです。
ああ、あのかわいらしい子どもは、縄の上で、恐ろしい男のダンビラで、バラバラに、きられてしまったのでしょうか。
いくら地底の魔法国でも、こんな人ごろしが、ゆるされていいでしょうか。
それから、つづいて、二つのものが、てんじょうから落ちてきました。
子どもの首と胴です。
赤白の運動帽をかぶった、かわいらしい首が、地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。
それを見ると、井上君が、「うーん。」とうなって、小林君の腕をつかみました。
「もうだまっていられないよ。
ぼくたちで、あいつを、つかまえよう。
そして、警察へつれていくんだ。
ね、小林さん、いくら、魔法の国でも、こんなざんこくなことは、ゆるしておけないよ。
ぼくらは明智先生の弟子じゃないか。
名誉ある少年探偵団じゃないか。

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