初級翻訳・魔法人形 第10話

江戸川 乱歩

ああ、こののろわれた笑い声には、いったい、どういういみがあったのでしょうか。
きみょうな問答

 その夜ふけ、赤堀鉄州老人は、杉並警察署のしらべ室で、署長と、警視庁の中村警部と、二―三人の刑事たちにとりまかれていました。
老人は、手足の縄をとかれ、木のいすにかけさせられていたのです。
酒のよいもさめて正気にかえった怪老人は、まるでキツネにつまったような、とんきょうな顔で、キョロキョロとみんなの顔を見まわしていました。
「きみのうちは、すっかり燃えてしまったんだぞ。
いったい、どうしてじぶんの家へ火をつけたんだ?」
 杉並署の部長刑事が、老人の顔をのぞきこみながら、おどかすようにいいました。
「火をつけた? そんなばかなことが。
……あっ、そうだ。
おれは焼き殺されるところだった。
おれはだれかにしばられて、ころがされていた。
だが、どうして助かったのだろう。
あっ、そうだ。だれかがおれの足をひっぱって、助けだしてくれたんだ。
」
「そうとも。
ほうっておいたら、きみはいまごろ黒こげになっていたんだぞ。
」
 それを聞くと、怪老人の顔に、異様な恐怖の色が浮かびました。
青ざめていた顔がいっそう灰色になって、ぶきみな大きな目が、とびだすほど見ひらかれ、鼻のあたまに、びっしょり汗がわいてきました。
「いけないっ! たいへんだっ! おれはすっかりわすれていた。
おれは人を殺してしまった!」
 老人は、わけのわからないことをわめきだしました。
「おい、しっかりしろ。
なにをいっているんだ。
だれを殺したというのだ。
」
「女だ。
かわいい女の子だ。
おれのアトリエへしのびこんで、よろいびつの中にかくれていたので、上から釘をうって出られなくしてしまったのだ。
そしておれは酒を飲んだ。
ずいぶん飲んだ。
なにがなんだかわからなくなってしまった。
あの女の子は、よろいびつに閉じこめたままだ。
おい、きみたち、火事場のあとに、人間の死体が見つからなかったか? ああ、おれはたいへんなことをしてしまった。
え、きみ、どうだった? 死体はなかったか? それとも、あのよろいびつを、だれかはこびだしてくれたのか。
きみ、そいつをしらべてくれ。
ああ、たいへんなことになったぞ。
」
 どうも、しらばっくれているのではなさそうでした。
赤堀鉄州という、このきみょうな老人は、ほんとうに、少女の身のうえを心配しているようでした。
「ハハハ……安心しろ! きみがよろいびつに閉じこめた女の子は、ちゃんとここにいる。
さあ、よく見るがいい。
」
 部長刑事はそういって、みんなのうしろに立っていた、少女姿の小林少年を呼びだして、老人の前に立たせました。
「あっ、そうだ。
この子だ。
ふしぎだなあ。
おまえはどうして助かったのだ。
……だが、待てよ。
あっ、いけない。
おい、きみたち、こいつはどろぼうだぞ! おれの家へしのびこんだ。
空巣ねらいだ。
そうでなくて、よろいびつなんかに、かくれるはずがない。
きみたち、こいつをつかまえて、縄をかけてくれっ!」
 怪老人は、そばに立っていた刑事にむしゃぶりついて、わめきたてました。
それを見ると、中村警部が、はじめて口を開きました。
「なにをいっているのだ。
この子は、どろぼうどころか、有名な私立探偵だよ。
」
「なにっ、こんな小さな女の子が、私立探偵だって?」
 怪老人の大きな目が、またとびだすほど見ひらかれました。
「小林君、かつらをとって、すがおを見せてやりたまえ……。
これは、ほんとうは男の子なんだよ。
名探偵明智小五郎の有名な少年助手、小林芳雄君だよ。
」
 小林少年は、すっぽりと、かつらをとって見せました。
すると、その下から、少年の頭があらわれたではありませんか。
「あっ、それじゃ、きみは男の子だったのか。
うん、知っている。
小林という少年助手のことは、新聞で読んで知っている。
そういえば、新聞の写真とそっくりの顔だ。
だが、それにしても、きみはなぜ、おれのアトリエへしのびこんだのだ。
しかも、女の子にばけたりして……。
」
 どうも、ようすがおかしいのです。
もしこの老人が、甲野ルミちゃんをさらって、身のしろ金をゆすった本人だとすれば、こんなことを、ぬけぬけといえるはずがないではありませんか。
怪老人の正体

 それからまた、部長刑事と怪老人の問答がつづきました。
小林君は、甲野さんから、ルミちゃんの事件は、警察に知らせないようにといわれていましたが、もうこうなったら、かくすわけにはいけません。
中村警部にすっかり話してしまいました。
杉並署の署長や部長刑事も、中村警部からそれを聞いて、なにもかも知っているのです。
「きみは、赤堀鉄州という人形師だね。
」
 部長刑事が、怪老人をにらみつけてたずねました。
「そうだよ。
おれはおばけ人形をつくる名人だよ。
」
「赤坂の甲野光雄という金持ちを、知だろう?」
「ふうん、聞いたような名だが、べつに知りあいではないね。
」
「まだしらばっくれているな。
きみは、その甲野さんのむすめの、ルミちゃんという、かわいい女の子を、さらっただろう。
」
「さらった? おれがかね。
」
「そうだよ。
そして、ルミちゃんとそっくりの人形を木の箱に入れて、甲野さんの家へ、運送屋にとどけさせたとだろう。
」
 それを聞くと、赤堀老人は、びっくりしたように目をむきました。
「とんでもない、おれは、そんなこと、まるで知らないよ。
」
「だが、こちらには、ちゃんと証人があるんだぜ。
木の宮運送店の店員だ。
その店員は、たしかに赤堀鉄州という人形師にたのまれて、木箱をはこんだといっている。
」
「それじゃあ、その店員にあわせてもらいたいもんだね。顔を見れば、おれか、おれでないか、すぐにわかることだ。
」
 老人のびっくりしたようすが、本当に本気で、まったくお芝居のようには見えなかったので、中村警部と署長は、どういうことだろうと顔を見合わせました。
「それじゃあ、木の宮運送店の店員をここに呼ぶことにしよう。
そのあいだに、ルミちゃんの事件について、このおじいさんにぜんぶ話してきかせてくれ給え」
 署長が部長刑事に命令しました。
そして、ひとりの刑事がすぐに出発して、運送店へと出かけていきました。
部長刑事は、公園でルミちゃんがさらわれたことから、犯人が電話で一千万円の身のしろ金を要求してきたこと、運送屋さんがルミちゃんそっくりの人形をとどけてくれたこと、そして小林少年が運送屋さんから赤堀老人の西洋館の場所を聞きだし、女の子に変装してそこへしのびこんだことなど、これまでのいきさつをのこらず話して聞かせました。
「ふむ、そういうわけだったのですか。
それで、女の子がよろいびつにかくれていたわけがようやくわかりましたよ。
そうとは知らなかったものですから、あんなにひどいめにあわせてしまってごめんなさいね、小林君」
 老人は急に言葉づかいをていねいに変えて、そこに立っている小林少年にむかって、申し訳なさそうな顔をしてみせるのでした。
「いや、そればかりじゃない。

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