手足をしばられて、このままでは焼け死んでしまうというところを、きみが火事の中から助けだしてくれたのですね。
本当にすまないことをしました。
どうかゆるしてください。
すっかり本物のどろぼうだと思いこんでいたので、あのようにしてよろいびつに閉じこめ、あとで警察につきだすつもりだったのです。
きみ、どうかゆるしてくだされよ」
そう言って、いかにも恥ずかしそうにしているのを見ると、アトリエのろうそくの明かりに照らされて恐ろしい悪人のように見えていたその顔が、なんだか急におどけた、ユーモラスな表情に変わってきました。
小林君は、老人に対して少し気の毒なような気持ちになってきましたが、どうしても、いまのうちにはっきりと確かめておきたいことがあったので、思いきって聞いてみることにしました。
「そういえば、ぼくにもどうしても納得がいかないことがあるんです。
アトリエが火事になったとき、あなたはお酒によいつぶれたまま、縄でしっかりしばられていましたよね。
ぼくはよろいびつの中にいたので、だれがあなたをしばったのかわかりません。
まさか自分で自分の体をしばったわけではないでしょう。
だれがあなたをしばったのか、思い出せませんか?」
すると、老人はポリポリと頭をかきながら、
「じつに情けない話だがね、わしは当時のことをまったく覚えていないのだよ。
寝ているあいだに、いったいダレにしばられてしまったのやら……」
と言ったきり、うーんと考えこんでしまいました。
そのとき、さっき出かけていった刑事が、木の宮運送店の店員をつれて部屋に入ってきました。
「きみにあの木箱の配達をたのんだのは、この人かね?」
部長刑事は店員を老人の前に呼びよせて尋ねました。
「ちがいます!
たしかに白いひげをはやしてはいましたが、このおじいさんとは別人です」
店員は、ひと目見るなり、きっぱりと言いきりました。
「だが、赤堀鉄州という人形師の名前は、この人で間違いない。
きみの店へ配達をたのんだのも、赤堀鉄州だったね?」
「はい、そうです。
名前はたしかにそうでしたが、そのとき依頼にきた人は、この人じゃありません」
これで、赤堀老人のうがいは完全に晴れたわけです。
「待ってくださいよ!
これはどうも、もっと何か深い裏がありそうですよ」
老人はしきりに首をふりながら、ゆっくりと話しはじめました。
「まあ、みんな聞いてくれ。
あのルミちゃんそっくりの人形を送ったのは、もちろん、このわしではありません。
そいつはわしの名前を勝手にかたったのです。
そして、警察やみんなに『犯人はこのわしだ』と思いこませておいて、本当の真相がわからないうちに、わしをアトリエごと焼き殺そうとしたにちがいありません。
そいつは、わしがお酒によいつぶれて眠っているのをいいことに、身動きができないようにしっかりと縄でしばりあげ、それからアトリエに火をつけたのです。
そうだ、まちがいない。
そうしてわしがこのまま焼け死んでしまえば、『死人に口なし』というわけで、すべてわしが犯人だったということになり、本当の犯人には一切の疑いがかからなくなる。
ちくしょうめ、うまく考えやがったな!」
「ちょっと待ちたまえ。
犯人は、あすの夜、身のしろ金を甲野さんのところへ取りにくると言っているんだぜ。
もしもいま、犯人がすでに死んだことになってしまったら、身のしろ金を受け取れなくなってしまうじゃないか」
部長刑事は、そこで話を横からくぎりました。
「うーん……それもそうだがね。
しかし、そこにはまた別の狙いがあるかもしれないぞ。
ルミちゃんという女の子はまだどこにも発見されていないのだから、その子をどこか安全などこかに大事にかくしておいて、もう少し日にちがたってから、まるで『自分が偶然助けだした』かのような顔をして、甲野さんのもとへ連れていくという手口も考えられる。
そのころになれば、きっと多額の懸賞金がついているはずだ。
一千万円という大金とはいかないまでも、それ相当の莫大な金をせしめることができるからね」どうです、この考えは?
いや、ルミちゃんさえ隠しておけば、ほかにもまだまだ、いろいろなやり方があります。
犯人だと思い込まれたこの私が死んでしまい、ルミちゃんの隠し場所がわからなくなったら、これは大変な大騒ぎになりますよ。
そうすれば、真犯人のほうでも、さらにいろいろな作戦を思いつくというものです。
」
老人は、得意げになってしゃべり続けたのです。
「それじゃあ、きみが白いひげをはやした人形師で、真犯人と見た目がよく似ていたから、身代わりとして使われたというわけだね。
だとすれば、同じ人形師の仲間なのだから、きみにはその真犯人に心当たりがありそうだな。
きみとよく似た人形師といえば、いったい誰だろうね。
」
部長刑事たずねますと、赤堀老人は首を横に振って、
「ところが、そういう心あたりは、まったく無いのです。
実に不思議ですよ。
しかし、私もその男に焼き殺されかけたのですから、なんとしても敵(かたき)を討ちたい……。
ねえ、小林君。
私を明智先生に紹介してくれないか。
私は先生に弟子入りするよ。
そうして警察と力をあわせて、真犯人をさがしだす。
きっと見つけだして、きみたちに見せてあげるよ。
ねえ、小林君、どうか私を先生に引き合わせてくれよ。
」
老人は、本気になって小林少年に頼み込むのでした。
人形むすめ
さて、その翌日の朝のことです。
甲野さんの家では、大変な大騒ぎが起こっていました。
女中さんがルミちゃんの寝室へなにげなく入ってみますと、ベッドの上にルミちゃんがすやすやと眠っていたではありませんか。
行方のわからなかったルミちゃんが、いつの間にか家へ帰っていたのです。
女中さんの知らせで、お父さんとお母さんが寝室へかけつけましたが、ルミちゃんはいくら起こしても目をさましません。
いそいでお医者さまを呼んでみてもらいますと、眠り薬を飲まされていることがわかりました。
何者かがルミちゃんを眠り薬で眠らせておいて、夜のうちにここへ運んできたに違いありません。
ルミちゃんのお父さんである甲野さんは、そのときやっと気がついて、いそいで書斎へ行き、机のひきだしを調べてみました。
ああ、やっぱりそのとおりでした。
机の右側の三つのひきだしに入れておいた、たくさんの札束が、すっかりなくなっていたのです。
あの怪老人は、約束どおりルミちゃんを返し、一千万円の札束を持っていってしまったのです。
甲野さんは小林少年と相談したうえで、このことを警察にとどけました。
するとすぐに警官がやってきて、眠りからさめたルミちゃんから事情を聞きだし、怪老人の住みかをさがして、とうとうあの西洋館を見つけだしましたが、そのときには怪老人はすでにどこかへ姿をくらましたあとでした。
たくさんの人形も、振袖姿の紅子さんも、みんないなくなって、その西洋館はがらんとした空き家になっていたのです。
× × ×
それから一か月ほどは、何事もなく過ぎ去りました。
警察は怪老人の捜索をつづけていましたが、なんの手がかりも見つかりません。
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