「だが、あのとき、透明怪人は倉庫から、逃げだして、廊下にいた店員と、階段をおりてきた人夫に、つきあたり、ふたりをたおしているじゃないか。」
「あのふたりが、やっぱり黒川の助手だったのさ。
ハハハハハハ、うまく考えたもんだね。
ひとりは店員に化け、ひとりは人夫に化け、さも透明怪人に、つきとばされたように見せかけたんだよ。
もうひとつ、にたような例を言うと、島田少年が、自分のうちの庭で、ローラー・スケートが、ひとりで動くのを見たが、あれも、スケートにほそい絹糸をつけて、庭のしげみの中から、黒川の助手が、ひっぱっていたのだよ。」
「それから、怪人の半透明の影が、たびたび窓にうつったね。
そして、ぶきみな笑い声をたてた。
すると、あれも……。」
「幻灯と、腹話術さ。
助手が家のそとの木のしげみなどにかくれて、窓にむかって怪人の横顔の幻灯をうつすと、部屋のなかで、黒川が腹話術をやる。
怪人の影がうつるときには、その部屋に、かならず黒川がいた。
腹話術というのは、口をすこしも動かさないで、ものを言う、あの術だね。」腹話術(ふくわじゅつ)だと、声がどこから聞こえてくるのかさっぱり分からないんだよ。
窓の外だと思えば、まるで窓の外から聞こえてくるように感じられるものなのさ。
ぼくはコックに変装して、怪老人(かいろうじん)の隠れ家に潜り込んだからこそ、そのほかのいろんなからくりもすっかり分かったんだ。
この怪老人というのは、ほかならぬあの黒川(くろかわ)なんだよ。
黒川は何にでも化けられる、実にとんでもないやつさ。
あいつが使った奇術の種は、あやつり人形と幻灯(げんとう)と腹話術のほかに、黒魔術(くろまじゅつ)と鏡のトリックがある。
透明怪人を作り出すためには、あらゆる手品が総動員されていたというわけさ。
今回の事件は、まるで手品の博覧会みたいなものだったんだよ。
大友(おおとも)少年が怪しい自動車の屋根に乗って、防空壕(ぼうくうごう)にある怪老人の隠れ家にこっそり忍び込んだとき、ドアのすきまから透明怪人の寝室をのぞいたよね。
そのとき、パジャマ姿のままで、顔も手もないやつがコップを持って水を飲んでいた。
あれがまさに黒魔術のトリックなのさ。
あの寝室の壁は、真っ黒な幕でおおわれていた。
その真っ黒な背景の前で、黒川の助手が、顔を黒いビロードの布で包み、手にも黒い手袋をはめて、あんなふうに動いてみせたんだ。
そうすると、まるで顔も手もない人間が、宙に浮いて水を飲んでいるように見えるというわけさ。
それから、大友君は怪老人のせいで、透明人間にされてしまったと思い込んでいた。
大友君自身も、本当にそう感じていたんだ。
ぼくはそんな大友君を悪者たちの隠れ家からそっと逃がしてあげたんだけど、そのときに大友君から詳しい話をじっくり聞いたんだ。
怪老人は大友君に眠り薬を注射して、イスに縛りつけて、二畳ほどの狭い部屋に閉じ込めた。
その部屋の片方の壁には、三十センチ四方くらいの小さな鏡が、壁にぴったりとはめこまれていたんだ。
大友君が目を覚ますと、その鏡に自分の胸から上がうつっていた。
それは間違いなく自分の学生服だったんだけど、不思議なことに、顔がどこにもないんだ。
顔があるべき場所には、うつっているはずの自分の顔ではなく、うしろのコンクリートの壁がうつっているだけだった。
両手をイスの後ろにしっかり縛りつけられているものだから、自分の顔を自分で触ってみることもできない。
大友君はしかたがないので、縛られたまま肩をうごかしてみた。
すると、鏡の中の学生服も、同じように肩をうごかしたんだ。
それで、鏡にうつっているのは間違いなく自分自身なのだと確信してしまったのさ。
大友君はすっかり肝をつぶして、とうとう自分も透明人間にされてしまったんだと思い込んでしまったというわけだ。
これには、鏡を使った巧妙なしかけがあったんだよ。
壁にはめこまれていたのはただの透明なガラスで、その奥に斜めに本物の鏡が置いてあったのさ。
そして、その横のほうに、大友君と同じ学生服を着た人間が、胸から上だけがうつるようにイスに座っていて、顔の部分だけはコンクリートの壁と同じ色の板で隠してあったんだ。
斜めに置いた鏡にそれがうつると、大友君の目には、首のない自分の姿がぽっかりとうつっているように見えるというわけさ。
大友君が肩を動かせば、向こうにいる人間もまったく同じように肩を動かす仕組みになっていたんだね。
これは手品の世界ではだれもが知っている鏡のトリックなのさ。
大友君は、自分が透明人間にされてしまったと思い込んだまま、真っ暗な小部屋に閉じ込められてしまった。
そのあとで、中村君、きみが黒川や小林君といっしょに防空壕に踏み込んで、オリの中の大友少年の声を耳にしたよね。
でも、あのオリの中は、だれもいないからっぽだったんだ。
いつものように、黒川が腹話術を使って大友君の怖い声色をまねていただけなのさ。
そこへ、別の透明怪人がやってきて、オリの中に入り込み、大友君と取っ組み合いになり、さいごには大友君を連れてどこかへ逃げ出していったように感じられただろうけれど、あれもぜんぶ黒川の腹話術なんだよ。
ふたりの激しい息づかいを、腹話術で実にうまく聞かせていたのさ。
そして、黒川が自分でオリの戸を開け、まるで透明人間が開けたかのように見せかけ、さらにわざと自分で倒れて、透明人間に突き飛ばされたように見せかけたんだ。
すべては黒川のひとり芝居だったのさ。
中村君、これでだいたいの謎解きはおしまいだと思うけれど、ほかに何か分からないことはあるかい?」
明智はニコニコしながら、まるで黒板の前に立った先生が生徒に問いかけるような調子でたずねました。
「裏側から事情を見てみると、真相というのはおそろしいものだな。
ひとたび黒川が犯人だと見抜いてしまえば、何もかもがすんなり分かってしまう。
それにしても、きみのその素晴らしい洞察力には、いつものことながら本当に頭が下がるよ。
黒川というやつも、実に恐ろしいことを企てたものだな。
だがね、きみの今の説明から、どうも抜けていることが二つばかりあるようだよ。
ひとつは、島田家の地下室の金庫から、あの真珠塔(しんじゅとう)が盗み出された事件。
もうひとつは、きみはまだ聞いていないかもしれないが、昨夜、ろう仮面をかぶった道化師(どうけし)が、公衆電話の中で忽然(こつぜん)と姿を消した事件だ。」
中村係長は、そこで道化師の一件について簡単に話して聞かせました。
すると明智は、すぐにその謎をすっきりと解いてみせるのでした。「いま、きみが言ったふたつの事件は、これまで、ぼくが話したことで、きみにも、だいたい察しがつくだろうと思うが、ねんのために話してみると、真珠塔は、むろん黒川がぬすみだしたのさ。
真珠塔をぬすむぞという、よこくの手紙が、空中からヒラヒラとおちてきた。
あれも、黒川が自分で手紙の紙きれを投げておいて、自分でうけとめたのにすぎないが、真珠塔も、おなじ手口だよ。
よこくの手紙を見たので、島田少年のおとうさんは、黒川といっしょに、地下室の倉庫を、しらべてみた。
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