初級翻訳・少年探偵団 第3話

少年探偵団

桂君は何が何だかもう分かりません、夢中になっていました。
おそろしい悪夢を見ているのに、それが夢だと分かっていながら、どうしても目をさますことができないときと同じ気持ちで、「助けてくれー!」とさけぼうにも、まるで声が出ないのです。
ところが、怪物のほうでは、べつにとびかかってくるわけでもなく、いやな笑い声をたてたまま、フイと石碑のかげに身をかくしてしまいました。
かくれておいて、また「バア!」とあらわれるのではないかと、桂君は立ちすくんだまま息をころしていましたが、いつまで待っても、ふたたび姿をあらわすようすがありません。
といって、その石碑の向こうから立ちさった気配もしないのです。
もしその場を動いたのなら、石碑と石碑のあいだに、チロチロと黒い影が見えるはずです。
しかし、深い海の底のように静まりかえった墓地に、自分たったひとりでとり残されたような感じがします。
どちらを向いても動くものなどなく、あるのはつめたい石ばかりで、桂君はまるで夢を見ているようなここちでした。
やっとのことで気をとりなおして、さいぜんまで怪物が立っていた石碑の向こうへオズオズと近よってみますと、そこはもうからっぽになっていて、人の気配など少しもありません。
念のためにそのへんをくまなく歩きまわってみても、どこにも黒い人の姿はないのです。
たとえ地面をはっていったとしても、その場所を動いたのであればこちらの目にうつらないはずはないのに、それが少しも見えなかったというのは、ふしぎでしかたがありません。
あの怪物は西洋の悪魔が、パッと煙をだして姿を消してしまうように、空の中にスーッと消えうせてしまったとしか考えられませんでした。
「あいつは、やっぱりお化けだったのかしら……。」
ふとそう思った瞬間、桂君は、がまんにがまんを重ねていた恐怖心が腹の底からこみあげてきて、何か名前もわからないようなおそろしい言葉をわめきながら、夢中で墓地をとびだしました。
そして、息もたえだえになりながら、明るい町のほうへと一目散にかけだしたのです。
桂少年は、怪物は墓地の中で煙のように消えてしまったのだということを、のちのちまでもかたく信じていました。
しかし、そんなことが本当にあるでしょうか。
もしあの黒い魔物が人間なのだとしたら、空気の中へとけこんでしまうなんて、絶対にありえないことではありませんか。

人さらい

墓地でのできごとがあってから二日の後、やっぱり夜の八時ごろのことです。
篠崎始君のおうちの立派な門から、三十歳ぐらいの上品な婦人と、五つぐらいのかわいらしい洋服を着た女の子とが出てきました。
婦人は始君のおばさんで、女の子は小さいいとこです。
ふたりは夕方から篠崎君のおうちへ遊びに来ていて、今まさに帰るところでした。
おばさんは、大通りに出てから自動車をひろうつもりで、女の子の手を引いて、うす暗いやしき町を急ぎ足で歩いていきました。
すると、またしても、ふたりのうしろから例の黒い影があらわれたのです。
怪物は塀から塀へと音もなく忍び足で伝わり、少しずつ、少しずつ、ふたりに近づいていきました。
そして、一メートルほどの近さにまで迫ったかと思うと、いきなりかわいらしい女の子にとびかかり、ひょいと小わきにかかえこんでしまったのです。
「キャッ! アレ、いったい何をなさるんですかっ!」
おばさんはびっくりして、相手にしがみつこうと手を伸ばしましたが、黒い影はすばやく片足をあげておばさんを蹴り倒し、その上にのしかかるようにしながら、あの白い歯をむきだして「ケラケラケラ……」と笑いました。
おばさんは倒れながら、はじめてその相手の姿をハッキリと見ました。
そして、うわさに聞いていた「黒い魔物」というやつだと分かると、あまりのおそろしさに「アッ!」とさけんだまま、地面にうつぶして気絶してしまったのです。
そのすきに、怪物は女の子をつれてどこかへ走り去ってしまいました。
では、この黒い魔物は、世にもおそろしい人さらいだったのでしょうか?
しかし、じつはそうでもなかったということが、その夜ふけになって分かったのです。
すでに夜の十一時ごろのことでした。
篠崎君のおうちから一キロメートルほどもはなれた、玉川電車の線路ぞいにある、やはり人通りのないさびしいうしき町を、一人のまわりさんがコツコツと巡回していました。
すると、だれもいない道のまんなかに、五つぐらいの女の子が、シクシクと泣きながら一人ぽつんとたたずんでいるのにつきあたりました。
それこそが、さいぜん黒い怪物にさらわれてしまった、篠崎君の小さいいとこだったのです。まだ小さな子どもなので、おまわりさんがいろいろと質問しても、何一つはっきり答えることはできませんでしたが、片言の言葉をつなぎ合わせて考えてみますと、黒い怪物は子どもをさらってどこか人気のない空き地へ連れていき、お菓子などをあげて機嫌を取りながら名前を尋ねたらしいのです。しかし子どもが「木村サチ子」とお母さんに教えられた通りに答えると、怪物は急に不機嫌になって、サチ子さんをそこに置き去りにしたままどこかへ行ってしまったということでした。
どうも前後の様子からすると、怪物は人違いをしたとしか考えられません。
誰でもいいから子どもをあるにせよ、手当たり次第ではなく、ある特定の人を狙っていて、そこで人違いをしてしまったように思えるのです。
では、いったい誰と人違いをしたのでしょうか。
その翌日には、矢継ぎ早にまたしてもこんな大騒ぎが起こりました。
場所はやはり篠崎君のおうちの前でした。
今度は夜ではなく真昼の出来事でしたが、ちょうど門の前で近所の四つか五つくらいの女の子がたったひとりで遊んでいるところへ、チンドン屋の行列が通りかかりました。
丹下左膳の格好をして大きな太鼓を胸にぶら下げた男を先頭に、若い洋装の三味線引き、シルクハットに燕尾服のビラ配り、法被姿の旗持ちなどが一列に並び、音楽に合わせてお尻を振りながら歩いてきます。
その行列の一番うしろから、白と赤のまだらに染めたダボダボの道化服を着て、先端に鈴のついたとんがり帽子をかぶり、顔には西洋人のような道化のお面をつけた男がフラフラとついてきましたが、篠崎家の門前の女の子を見ると、おどけた調子で手招きをしてみせました。
女の子は明るい性格らしく、まねかれるままにニコニコしながら道化服の男のそばへ駆け寄りました。
すると道化服は、
「これ、あげましょう。」
と言いながら、手に持っていた美しい飴棒を女の子の手の中に握らせました。
「もっとたくさんあげますから、こちらへいらっしゃい。」
道化服はそんなことを言いながら女の子の手を引いて、どんどん歩いていきます。
子どもは美味しそうなお菓子欲しさに釣られて、手を引かれるままついていくのです。
ところが百メートルほど歩いたとき、道化服の男は突然チンドン屋の列を離れて、女の子を連れたまま人通りのない横道へ曲がってしまいました。
チンドン屋の人たちは特にそれを怪しむ様子もなく、そのまま真っ直ぐ歩いていきます。
道化服は横道へ曲がるとどんどん足を早め、女の子を近くの神社の森の中へ連れ込みました。

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