ですが、それだからこそ探偵としては余計に面倒なのです。
準備された犯罪には、どこかに計画の跡が残ります。
その跡をたどっていけば、何かをつかむことができる。
今回の事件には、それが全くないのですからね」
「でも、証拠という証拠が、すべて山野夫人を指さしているではありませんか」
「まあ待ちたまえ、まだ少し残っている。
議論はあとにして、とにかく一通りの説明を済ませてしまおう。
私もまだ忙しい身ですからね。
次は、この三通の手紙です。
これがまた、色々なことを教えてくれるんですよ。
封筒が二つに、葉書が一つ。差出人は表にはどれも『K』とあるばかりですが、こちらの封筒の中身には『北島春雄』という本名が記してあります。
気味の悪い前科者が、また一人事件に加わってきたというわけです。
この北島というのは、つい十日ほど前に刑務所を出たばかりの前科者なんですよ。
君は三千子さんをよく知っているのでしょうが、随分だらしのない娘ですね。
父親は一人娘だからと甘やかしているし、母親は継母という関係で十分なしつけができていないのだから無理もありませんが、三千子さんという人は、恐らく生まれつきの淫婦ではないかと思いますね。
これは山野夫人から借りてきた、三千子さんの最近の写真ですが、この写真を見ても彼女の性質が想像できます」
明智は卓上の大きな写真を取り上げ、じっくりと眺めながら言いました。
それは山野家の家族一同がそろって写したもので、大五郎氏を中心に、召使いたちも全員顔を並べていました。
「私は三千子さんだけでなく、運転手の蕗屋の顔も知りたかったので、わざとこの大勢で写ったものをもらってきたのですよ。
そこにある破れた手紙によると、蕗屋がこの事件に何らかの関わりを持っていることは確かですからね」
明智は少し説明を加えました。
「私は人間の顔を見ることが好きです。
じっと相手の顔を見つめていると、そこから何かしら湧き出てくるものがある。
その人物の過去のあらゆる物語が、小さな顔面に結晶しているような気がするのです。
それを一つ一つほどいていくのは非常に面白い。
この三千子さんの表情なんかも、色々なことを語っています。
第一に伝わってくるのは『人工的』という感じだ。
作り物という感じですね。
髪の結い方、化粧の仕方、洋服の着こなし……これだけを見ても、どれほど技巧に長けた女か分かります。
それに、この巧みな表情を見てごらんなさい。これは決してありのままの三千子さんじゃない。舞台に上がった役者の顔です。
ちょうど隣に小間使いの小松が並んでいますが、面白い対照ですね。
彼女の方は正反対で、全くの無技巧です。
着物から頭の先まで、無表情な顔つきまで、すっかり昔流の日本娘だ。
だが、こういうおとなしそうな女は、思い込むと随分と突飛なことをやりかねない。
近眼らしく眼鏡をかけていますね。
それに眉が見えません。
眉を剃っているのは妙ですね。生まれつき薄い眉を隠すためだそうですが、何だか嫁入りした女のような感じがします。
薄い眉……ああ、私は薄い眉を持った女を知っていますよ。
そいつは、思い出しても恐ろしい奴だった」
明智はだんだんと雄弁になっていきました。
何か非常に嬉しいことでもあるかのような様子でした。しかし、話を聞いている紋三は、相手のペラペラと止まらないおしゃべりが何を意味するのか、さっぱり見当がつきませんでした。
明智は北島春雄という男から三千子に宛てられた三通の手紙をいじりながら、ふと小松の不思議な失踪について考えはじめました。
そして、話の様子からすると、もしかして明智は小松を疑っているのではないか、と紋三は思いました。
「小松がいなくなったことは知っているのですか」
「山野の奥さんから聞いたよ。僕は今、それについて一つの考えが浮かんだんだ。ひょっとしたら、この事件の中心人物はあの女かもしれない」
明智は頭の毛を指でガシガシとかき回しながら言いました。
彼は妙に興奮していました。
紋三は、やっぱり小松を疑っているのだなと思いました。
三千子にとっては恋のライバルである小松ですから、もしあんなにおとなしそうな娘でなかったら、彼女こそ真っ先に疑われるべき人物だったからです。
ですが、紋三のこの推察が少しばかり見当違いだったことは、後に明らかになります。
「その手紙の話をしていたんだね」明智はふと気づいたように話を元に戻しました。
「僕はそれを、三千子さんの書斎の椅子のクッションの中から見つけ出したんだ。最初、三千子さんの机なんかを調べたときにも手紙の束を見たけれど、妙に当たり障りのないものばかりで、興味をひかれなかった。若い女のところには、もっと華やかな手紙があってもいいと思ったからね。そこで次に行ったときには、どこか秘密の隠し場所でもないかと綿密に探してみた。本棚なんかも調べたよ。すると、この令嬢が意外にも探偵小説の愛読者だったことを発見したんだ。内外の探偵本がそこにずらりと並んでいたのさ。少しこそばゆい気分だったね。三千子さんが探偵趣味の持ち主だとすると、いささか捜査方針を変えなければいけないと思った。そこで今度は、探偵好きが隠しそうな場所を探した。そして、最初に気づいたのが椅子のクッションだったのさ」
明智はおかしそうに笑いました。
「ところが驚いたのは、クッションの中に隠されていたラブレターの量だよ。父親の監督が行き届いていなかったことや、母親が遠慮がちだったこともいけないのだが、娘自身が生まれつきの『淫婦』でなくては、あれだけのふしだらなことはできないものだ。しかも両親は少しも知らないでいるのだからね。日付にして二年ほどの間に、七人の男とラブレターのやり取りをしている。それが皆、相当深い関係まで進んでいたらしい文面なんだ。その七人目が運転手の蕗屋だ。これはむしろ三千子さんの方から打ち込んでいたらしい。写真で見ても女に好かれそうな男だからね。蕗屋の方もかなり真剣な手紙を書いている。だが一方に小松との関係があるので、それを三千子さんが責める。しかし蕗屋としては、そう無下に切り捨てることもできないといった立場らしかった。蕗屋の前にもう一人男がいて、この北島春雄とはその前の関係だ。手紙を読めばわかるが、自業自得とはいえ、この男は哀れなものだよ。三千子さんのために牢屋にまで入っているのだから。それを両親に少しも気づかれないように隠していたのだから、三千子さんも恐ろしい女だ。まずその封筒の方の手紙を読んでごらん」
手紙の日付は両方とも――年二月となっていました。
つまり、約一年前のことです。
「……俺は貴様を呪う。貴様の歓心を買うために、俺がどんな苦労をしたか。とうとう俺は泥棒とまで成り下がった。貴様と付き合っていくためには、貴様に軽蔑されないためには、俺にはそれ以外の方法がなかったのだ。詐欺で訴えられて、俺は今、連行されていくところだ。いつか貴様に金策を頼んだことを覚えているか。あの時に何とかしてくれたら、こんなことにはならずに済んだのだ。だが貴様は、とっくに心変わりしていた。もう一人の男のところへ行くのを急いで、俺の言うことなんか聞きもしなかった。あの時の俺の気持ちが想像できるか。
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