その半分の暗号というのはね、ほら、こうして、たえずわたしが身につけているのですよ。」
宮瀬氏はそういいながら、右手のくすり指にはめていた、大きな指輪をぬきとって、明智の前へさしだしました。
「暗号の半分はこの指輪の中にしこんであるのですよ。わたしが考えたわけじゃありません。それも兄の知恵なのです。この指輪の石は、ねこめ石という宝石ですが、その石がはずれるようになっているのです。」
そのねこめ石を、よりをもどすように、ぐるぐるまわしますと、石は台座をはなれて、その下にもう一つ、直径三ミリほどの、水晶のような透明な、小さな石がはめこんであるのが、あらわれてきました。
「これですよ。このけし粒みたいなガラス玉にしかけがあるのですよ。指輪を目の前に持っていって窓のほうをむいて、そのガラス玉をのぞいてごらんなさい。そこに暗号の半分がはいっているのです。よく考えたものじゃありませんか。兄は暗号の半分を、そのままわたしにわたさないで、けし粒ほどの写真にしたのですよ。そして、その写真を二枚の小さなレンズのあいだにはさんだのが、そのガラス玉です。豆写真は、とても肉眼では見えないのですけれど、ガラス玉がレンズになって、大きく見えるのですよ。外国製のはさみの柄などに、よくそういうガラス玉をはめこんだのがありますね。それをのぞいてみると、女優の写真なんかが見えるのです。これはあのやりかたをまねたのですよ。兄は、これさえあればいいのだといって、もとの暗号の半分の紙は焼きすててしまいましたがね。」
明智はいわれるままに、その指輪のガラス玉のところを目にあてて、窓の光にかざして見ました。
すると、これはどうでしょう。
まるで顕微鏡でものぞくように、そのわずか三ミリのガラス玉の中にはっきりと左のような文字が読めたではありませんか。
「かなばかりですね。なんだか意味がよくわかりませんが……。」
「わたしは何度も見ているので、文句は読めますよ。『獅子が烏帽子をかぶる時』でしょう。それから『カラスの頭の』でしょう。まあ、そうでも読むよりほかに読み方がないのです。しかし、むろんなんのことだかわけがわかりません。それに、これは暗号の半分なのですから、ぜんぶ合わせてみないことには、どうにも、ときようがないのです。」
「ふうん、なるほど、『獅子が烏帽子をかぶる時』ですか。みょうな文句ですね。」
明智はひごろから暗号には、ひじょうに興味をもっているものですから、むちゅうになって、けし粒のようなガラス玉をのぞきつづけるのでした。
「獅子が烏帽子をかぶる」とはいったい何を意味するのでしょう。烏帽子をかぶった獅子なんて、絵にかかれたのも見たことがないではありませんか。そのうえ、あとの文句が「カラスの頭の」です。なんという、ぶきみな暗号でしょう。どこかしら深い山の奥にうずめられた、一億円の金貨のそばには、烏帽子をかぶった獅子や、おばけカラスが、じっと見はり番をつとめている、とでも、いうのでしょうか。
電話の声
宮瀬氏と明智探偵とが、そのふしぎな暗号文のことについて、話しあっているところへ、あわただしく書生がはいってきて、主人に電話がかかってきたことを知らせました。
「だれからだね。」
鉱造氏は書生のほうをふりかえって、めんどうくさそうにたずねました。
「名まえはいわないでも、わかっているとおっしゃるのです。ご用をうかがっても、ひじょうに重大な用件だから、ご主人でなければ話せないとおっしゃるのです。」
「へんだねえ。ともかく、この卓上電話へつないでごらん。わしが聞いてみるから。」
そして、鉱造氏は、その応接室の片すみにある、小さい机の前へ行って、そこにおいてある受話器を取りました。
「もしもし、わたし宮瀬ですが、あなたは?」
なにげなく話しかけますと、電話のむこうからは、なんだかひどくうすきみの悪い、しわがれ声がひびいてきました。
「ほんとうに宮瀬さんでしょうね。まちがいありますまいね。」
「宮瀬ですよ。早く用件をおっしゃってください。いったいあなたはだれです。」
鉱造氏はかんしゃくを起こして、少し強い声でたずねました。
「あ、そうですか。では申しますがね。わたしは、昨晩、あなたのおるすちゅうに、お宅へおじゃましたものです。ウフフ……、こういえば、べつに名を名のらなくても、よくおわかりでしょうな。」」
電話の声は、おそろしいことをいって、きみ悪く笑いました。
ああ、なんということでしょう。
どろぼうから電話がかかってきたのです。
ゆうべ暗号の半分をぬすみだしていった悪者が、大胆不敵にも、電話をかけてきたのです。
宮瀬氏は、あまりのことに、なんと答えてよいのか考えもうかばず、ちょっとためらっていますと、先方はあわてたように、またしゃべりだしました。
「もしもし、電話を切ってはいけませんよ。
たいせつな相談があるのだから。
……あなたは、びっくりしているようですね。
フフフ……、ごもっともです。
どろぼうが電話をかけるなんて、あまり世間にためしのないことですからね。
しかし、まあ聞いてください。
きょうはあなたと商売上の取り引きをしようというのです。
けっしてらんぼうな話ではないのです。
聞いてくれますか。
」
名探偵明智小五郎は、宮瀬氏の顔色がかわったのを見て、すぐ、卓上電話のそばへ近づいてきました。
そして、宮瀬氏の持っている受話器に耳をよせて、そこからかすかにもれてくる、先方の話し声を聞きとってしまったのです。
宮瀬氏は明智の顔を見て、「どうしたものでしょう。
」と、目でたずねました。
探偵は「かまわないから先方のいうことを聞いてごらんなさい。
」という意味を目で答えました。
「ともかく、その用件をいってみたまえ。
」
宮瀬氏が、しかたなく返事をしますと、きみの悪いしわがれ声は、さっそく、用件にとりかかりました。
「もうお気づきでしょうが、わたしは、ゆうべあなたの家につたわっている、暗号文をちょうだいするために参上したのです。
そして、暗号文の半分だけは、しゅびよく手に入れましたが、どうも半分ではしかたがありません。
あとの半分は、あなたがどこかへかくしているにちがいないと思いますが、わたしは、そのあなたの持っている半分の暗号を買いたいのです。
どうです。
売る気はありませんか。
わたしは金持ちですよ。
百万円で買いましょう。
あの小さな紙きれが百万円なら、いいねだんじゃありませんか。
暗号文の半分は、わたしが手に入れたのです。
だから、あなたの手もとにのこっている半分は、紙くずも同様になってしまったのです。
半分では暗号がとけっこありませんからね。
どうです。
その紙くず同様のものを百万円で買おうというのです。
売りませんか。
」
なんという虫のよいいいぐさでしょう。
半分はぬすんでおいて、あとの半分が紙くず同然になったからといって、一億円のねうちのものを、たった百万円でゆずり受けようというのです。
宮瀬氏は、明智探偵と目で話しあって、売ることはできないと答えました。
「じゃ、もう百万円ふんぱつしましょう。
二百万円出します。
それでゆずってください。
二百万円では安いというのですか。
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