さいわい小林少年は事務所にいて、すぐに二人を自分の部屋へ通してくれました。少年探偵団長の小林芳雄君は新聞によく写真が出るので、章太郎君もその顔を知っていました。中学三年生ぐらいの年でしょうか。思ったよりも子どもらしい顔立ちで、ニコニコしたかわいらしい少年です。こんな子どもがどうしてあの恐ろしい二十面相と戦えるのかと、不思議に思われるほどです。
「ぼくの友だちの恩田章太郎君です。恩田君のお父さんの宝物を、二十面相が盗み出そうとしているのです。今晩が危ないのです」
竹内君が紹介してくれましたので、章太郎君は挨拶をしてから、いままでのことを詳しく話して聞かせました。
「そうですか、あいつ透明人間に化けたんですね。わかりました。ぼく、ちょっと明智先生に相談してきますからね。待っていてください」
小林少年はそう言って部屋を出ていきましたが、しばらくするとニコニコして戻ってきました。そして、こんなことを言うのです。
「やっぱり先生は偉いなあ。ちゃんと二十面相のやり口を見抜いてしまいましたよ。そして先生と二人で、ある計略を考えたのです。それにはね、恩田君、君のお父さんに明智先生から電話をかけて打ち合わせをしなければならない。番号を教えてください」
そこで電話番号を聞くと、小林少年はまた部屋を出ていきました。先生というのは名探偵・明智小五郎のことです。明智探偵はこれまでにいくども二十面相を捕らえたことがあります。しかし二十面相のやつは、いくら刑務所に入れられても、まるで魔法使いのように牢屋破りをして逃げ出してしまうのです。ですから、明智探偵と二十面相とは、お互いに決して許すことのできない、宿命のライバル同士でした。
それだけに、明智探偵は二十面相のやり口を、すっかり把握しているのです。
そしていつも、その裏をかいて相手を驚かせるのでした。
今度は一体、どんな作戦を立てたのでしょうか。
章太郎君たちは、二十分ほど待たされました。
明智探偵はお父さんと何を話しているのだろうか、と思っていると、入り口のドアがスーッと開いて、一人のかわいらしい少女が入ってきました。
「いらっしゃいませ」
少女がそう言って、丁寧にお辞儀をしました。
お手伝いさんでしょうか。
ところが、その次に少女は「わかる?」と首をかしげて、目で笑ってみせました。
なんだか変です。
章太郎君も竹内君も、目をパチクリさせています。
「ハハハハ……、ぼくだよ。小林だよ。ちょっと変装してみたのさ」
今度は聞き覚えのある、小林少年の声でした。
なんという見事な変装でしょう。これが小林君だなんて、とても見分けがつきません。完全に女の子です。それにしても、小林少年はなんのためにこんな変装をしたのでしょう。
「実はね、いま明智先生と恩田君のお父さんと電話で打ち合わせをして、ぼくが女の子に化けて、君の家の女中さんになることになったんだよ。どうだい。誰が見たって、男の子が化けているなんて思わないだろう?」
「それで、ぼくの家の女中さんになって、二十面相を捕まえるんですか」
「そうだ。たぶん、うまくいくと思うよ。先生が君のお父さんと話したことは、君の家の人は誰も知らないんだ。電話口へ呼び出すときも、明智だとは名乗らなかったからね。ぼくが女中さんになることは、お父さんとお母さん以外は知らないんだ。前から頼んであった女中さんが、今日来たということにするからね。君もそのつもりでいておくれ」
「どうして、女中さんなんかに化けるのですか」
章太郎君は、まだ腑に落ちないという顔つきです。
「それには理由があるんだ。いまはまだ秘密だけれど、そのうちにわかる時が来るよ」
そんな話をしているところへドアが開いて、すらっと背の高い大人の人が入ってきました。
章太郎君は初めて会いましたが、これも新聞の写真でよく知っていました。名探偵・明智小五郎です。
「あ、先生、この人が恩田君です」
小林少年が言いました。章太郎君は有名な私立探偵に初めて会ったので、顔を赤くしてお辞儀をしました。
「心配だね。しかし、小林君が行けば大丈夫ですよ。小林君はまだ子どもだけれど、頭が良くて勇気があって、これまでに数え切れないほど手柄を立てています。小林君一人の力で二十面相を捕らえたこともあるほどです。お父さんにもそう伝えておきましたが、いざというときには、ぼくが助けに行きますからね。もう何も心配することはありませんよ」
章太郎君にそう声をかけてから、明智探偵は少女に化けた小林少年を振り返りました。
「よくできたね。それなら誰も見破れないよ。それに君は女の子の言葉遣いも上手だからね。恩田さんの家へ行ったら、抜かりなく、しっかりやるんだよ」
小林少年は明智先生に励まされて、章太郎君とは別に恩田家へと急ぎました。章太郎君は道で竹内君と別れて、自分の家へと帰りました。
さて、その晩のことです。
怪人二十面相は、果たして真珠のゾウを盗み出すために、恩田家へ忍び込んできました。
やはり、目に見えない透明人間としてやってきたのです。
少女に化けた小林少年は、一体どんな方法で二十面相を捕らえようというのでしょうか。いよいよ、少年探偵と怪人との知恵比べが始まるのです。
再び透明人間となって忍び込んできた二十面相の正体を、小林少年が見破る時がいよいよ近づいてきました。
しかし、二十面相はそう簡単に正体を現すでしょうか。
ふしぎな足跡
そして、だんだんと約束の夜の十時が近づいてくるのですが、その前に恩田さんの家で起こった、別のお話をしておかなければなりません。
ちょうど章太郎君たちが明智事務所へ着いたころ、古代研究所長の松波博士が、恩田さんの家を訪ねてきていました。
松波博士というのは、二十面相のためにエジプトの巻き物を盗まれた、あの考古学者です。
二十面相が透明人間になったのも、その巻き物を盗んだときからです。
片手だけがテーブルの上の巻き物の箱をつかみ、その片手だけが宙を飛んで逃げていったのです。松波博士は、今度は恩田さんが二十面相に狙われていると聞き、自分の経験を話して参考にしてもらおうと、電話をかけてから恩田さんの家を訪ねてきたのです。
玄関のベルが鳴ったので、家庭教師の山口青年が取り次ぎに出ると、口ひげも髪の毛も白くなった老紳士が、顔を真っ青にして飛び込んできました。
そして、バタンと玄関のドアを閉めると、
「早く鍵を、このドアに、鍵をかけてください」
と言うのです。
突然のことなので、山口青年はびっくりして、
「あなたは、どなたですか。なぜ、鍵をかけるのですか」
と聞き返しました。
「わたしは松波です。ご主人と電話で約束してやってきたのです。ともかく、このドアに鍵をかけてください。でないと、目に見えない二十面相のやつが入ってくるのです」
老紳士はドアのノブを押さえながら、真剣な顔で言うのです。
山口青年はそれを聞くと、急いで鍵を取りに行こうとしましたが、老紳士はあわてて呼び止めました。
「ついでに、裏口も、誰かに鍵をかけてもらってください。
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