初級翻訳・帽子箱の話 第5話

佐藤 緑葉

そして自分は、もう目的の場所から遠くないところまで来ている、ということを悟りました。
数分間歩いて行くと、ある横町で、新しく塗り替えられた、細部にまで念入りに手入れの行き届いた小さな家の前に出ました。
ドアのノッカーや引綱は立派に磨き上げられ、窓の縁にはどこも鉢植えの花が飾られていました。
そして贅沢な布地のカーテンが掛けられていて、家の中の様子が好奇心旺盛な通行人からは見えないようになっていました。
そのあたりの雰囲気はなんとなく静かで、どこか隠れ家のような趣がありました。
そこでハリーもすっかりその場の空気に影響され、いつもよりもっと丁寧にドアをノックし、さらに念入りに靴の泥を払いました。
すると、どこか人を惹きつける雰囲気のある女中がすぐにドアを開け、親切でも不親切でもないような眼差しで秘書役のハリーを見つめました。
「これは、ヴァンデラー夫人からのお預かり物です」と、ハリーは言いました。
「そうでございますか」と、女中は頷いて言いました。「ですが、旦那様はただいまお留守でございます。私がお預かりいたしましょうか」
「それは困ります」と、ハリーは答えました。「ある条件を守らなければ渡してはいけないと申し付かってまいりましたのです。ご迷惑でしょうが、待たせていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、結構でございますわ」と、女中は言いました。「私、とっても寂しかったところなんです。それにあなたは、女性をひどい目に遭わせるような方ではなさそうですもの。でも、旦那様のお名前だけは、どんなことがあってもお尋ねにならないでください。それだけは、口外してはいけないことになっておりますから」
「はあ」と、ハリーは声を上げました。「何だか妙ですね。ですが実は、私は先ほどから変なことばかりに出くわしているのです。そこで、これ一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか。旦那様というのは、この家の持ち主の方ですか?」
「下宿していらっしゃる方なんです。ここへ来て、まだ八日にもなりませんのよ」と、女中は答えました。「では私もお尋ねいたしますが、あなたはヴァンデラーの奥様をよくご存知なのですか?」
「私は奥様の秘書役なんです」と、ハリーは少し得意げに答えました。
「きれいな方じゃございませんか?」と、女中は尋ねました。
「ええ、きれいですよ!」と、ハリーは叫びました。「非常に美しい方です。その上、優しくて親切ですよ!」
「あなたもご親切そうな方ですね」と、彼女は言い返しました。「そしてきっと、ヴァンデラーの奥様よりも十二倍も立派な方ですわ」
ハリーはそれなりに反感を覚えて、「私がですか!」と声を荒らげました。「私はただの秘書役ですよ」
「それは私に当てつけのつもり?」と、女中は言いました。「私がただの女中だからって」ですが、ハリーがひどく困惑した様子を見ると、心が和らいだらしく、「そんなつもりでおっしゃったわけではないですよね」と付け加えました。「私はあなたの雰囲気が好きよ。でも、ヴァンデラーの奥様なんて、何とも思いませんわ。ええ、ああいう奥様たちときたら!」と彼女は叫びました。「あなたのような立派な方に、帽子箱なんかを持たせて、この真昼間に使いに出すなんて!」

こんな話をしている間、二人は元の位置に立ったままでした。女中は玄関の階段に、彼は歩道に。頭を冷やそうとして帽子を脱ぎ、手には例の帽子箱を抱えて立っていたのです。
しかし話がこの段階になり、自分の風采を打ち解けて褒め立てられたり、それと同時に妙にそそるような眼差しを向けられたことに気づくと、ハリーはもうたまらなくなって態度を変え、右へ左へと慌てて視線を動かし始めました。
そうやって横町の向こうの端に目をやった瞬間、彼はヴァンデラー将軍の姿と目が合い、言葉も出ないほど驚いてしまいました。
将軍は暑さと、急いだ疲れと、怒りのあまりすっかり逆上して、義兄を追いかけてこの町を捜し回っていたのでした。
しかし、この不都合な秘書役を見かけるやいなや、彼の目的は急に変わりました。彼の怒りは新しい標的へと流れ出し、すぐに踵を返すと、狂ったような身振りでわめき散らしながら、乱暴に横町を駆け出してきました。
ハリーはただ女中を追い立てて、家の中へ逃げ込むよりほかありませんでした。そして追跡者の目の前で、扉をピシャンと閉めてしまったのです。
「閂(かんぬき)はありますか? 鍵はかかりますか?」と、ハリーは尋ねました。その一方で、激しくドアを叩く音が家中に響き渡りました。
「まあ、あなた、どうなすったの?」と、女中は尋ねました。「あのお年寄りの方、どうなすったの?」
「もしあの人につかまったら」と、ハリーは囁きました。「私は死んだも同じことです。あの人は一日中私を追いかけているんです。仕込み杖を持っていて、元インド軍の士官なんですよ」
「お立派なやり口だわ」と、女中は叫びました。「それで、ねえ、一体なんていうお名前の方なの?」
「あれが将軍ですよ、私の主人の」と、ハリーは答えました。
「この帽子箱を追いかけているんです」
「言わないこっちゃないわ」と、女中は得意げに叫びました。
「私はヴァンデラーの奥様なんて、ろくなもんじゃないって言ったでしょう。あなたに見る目がおありなら、あの方がどんな方か、あなたにもお分かりのはずよ。恩知らずのあばずれ者ですよ。それこそ!」

将軍は改めて戸を叩き出しました。扉がなかなか開かないので癇癪(かんしゃく)を起こして、扉の鏡板を蹴飛ばしたり、激しく叩いたりし始めました。
「家に私ひとりだけで幸いですわ」と、女中は言いました。
「あの人、くたびれるまで叩かせておけばいいわ。誰も開けてやる人なんていないから。さあ、こちらへいらっしゃいよ」
そう言って、女中はハリーを勝手の方へ連れて行きました。そしてそこに腰掛けさせて、自分は男の肩に手をかけ、色っぽい様子をしてそばに立っていました。扉を叩く音は弱るどころか、ますますその度を増していきました。そしてその音を聞くたびに、不幸な秘書役はびくびくと震えていました。

「あなたのお名前なんておっしゃるの?」と、女中はたずねました。
「ハリー・ハートリーといいます」
「私の名前は」と、彼女は続けて言いました。「プルーデンスっていうのよ。お気に召さない?」
「とんでもない、素敵ですね」と、ハリーは言いました。「ですが、少し聞いてください。まあ、なんて激しく戸を叩くのでしょう。きっと将軍は押し込んできますよ。ああ、もしそうなったら、私は死ぬよりほかどうすることもできません」
「あなたはつまらないことに、あまり気を使いすぎだわ」と、プルーデンスは答えました。
「構わずに叩かせておきなさいよ。手の皮をすりむくだけですわ。私、あなたを助けもせずに、ここにお引き止めしているとお思いなの? いいえ、私、私の好きな人のいいお友達ですもの! それにこの家には、別の道へ抜けられる裏口もありますわ。ですが――」
彼女は相手の体を押さえつけて、言葉を付け加えました。この耳寄りな話を聞いて、ハリーが急に立ち上がったからでした。
「ですが、私にキスしてくださらなきゃ、そこは教えてあげられませんわ。

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