初級翻訳・怪塔王 第4話

怪塔王

鍵の形がはっきりわかっていると、それと同じ鍵をもう一つ作ることができるねえ」
「なんだって、鍵の形がわかっているのかね?」
 そこで一彦は、昨日それを持って遊んでいたときに、湿った砂に押しつけて、鍵の型をいくつも作ったことを話しました。そして、もしかすると、昨日遊んだところに、まだ鍵の型が一つや二つは残っているかもしれないと言ったのです。
 それを聞いて、帆村探偵は飛び上がって喜びました。
「そいつはいいことを聞いた。ではこれから行って探してみようじゃないか」
 二人は砂丘の影から飛び出すと、どんどん駆け出し、昨日一彦とミチ子が遊んだ浜辺へやって来ました。幸い昨日は風も弱くて砂を飛ばさず、またそこは湿った砂地でありましたので、一彦の作った鍵の型は、あちこちに残っていました。
「うむ、しめた。これなら合鍵が作れる!」
 帆村は大喜びで、一彦の手をぐっと握りしめました。

4

 帆村探偵と一彦は、一歩一歩怪塔の入り口に近づきました。そしてもう一歩で、入り口の扉に手が届くというところまで近づいたそのときでありました。
 突然頭の上から、破れ鐘のような声が落ちてきました。
「こーら、誰だ。また二人連れで来やがったな」
 その声は、あまりに不意であり、そして大きかったものですから、こちらの二人は思わずその場に木のように硬くなってしまいました。
「ねえ、おじさん、どうしよう」
「うむ」
 帆村は唸るばかりでありました。
 すると続いて、塔の上からまた破れ鐘のような声が響いてきました。
「まだぐずぐずしているのか。まごまごしていると、今度は本当に毒ガスをひっかけるぞ」
 そういう声は、たしかにこの前の怪塔王の罵り声でありました。そして本当に毒ガスが出てきたのでもありましょうか、塔の上に別の赤い灯がつきました。
「おい、一彦君。残念だが引き返そう」
 と、帆村は無念そうに言いました。
「おじさん、やっぱり退却するの?」
「うん、どうも仕方がないよ。せっかく鍵まで用意してきたけれど、これじゃ深入りしないほうが後のためになる。さあ、一、二、三で駆け出そう。走るときはまっすぐに走っちゃ駄目だよ。鋸(のこぎり)の歯のように、ときどき方向を急に変えて走るんだぜ」そうしないと、塔の上から射撃されるおそれがある」
 と、帆村の注意は、どこまでも行きとどいていました。
こうして帆村と一彦とは、せっかく怪塔まで近づきながら、ついに怪塔王に気づかれてしまって、残念ながら引き返すこととなりました。
二人は、この失敗でそのまま勇気をくじいてしまうのでしょうか。

不思議な木箱

1

 さて、その翌日の夜のことでありました。
怪塔のあたりはいつものように闇の中に沈んで、三階の窓に黄色い灯がついていることも、昨日のとおりでありました。
その夜も更けて、時刻はもう十二時近くでもありましたでしょうか。
ちょうどそのとき、塔の向こうから、車の轍(わだち)の音がごとごとと聞こえてきました。
そのうちに塔の前に姿をあらわしたのは、大きな木箱を積んだ馬車でありました。
馭者(ぎょしゃ)は台の上にのっていましたが、酒にでも酔っているらしく、妙な声で鼻歌をうたっていました。
車をひっぱる痩せ馬は、この酔っ払いの馭者に迷惑そうに、とぼとぼとついていきます。
「こーら、老いぼれ馬め、もっとさっさと歩くんだ。
俺さまの手にある鞭の恐ろしさを、お前は知らないな」
 ぴしりと鞭の音が、空中に鳴りました。
痩せ馬は、痛さに耐えかねたのか、ひひーんと嘶(いなな)いて急に駆け出しました。
そのとき、車の上から、積んでいた木箱が二つ、がたんと地上に転げ落ちました。
それは馬車が急に走り出したせいでありましょう。
木箱二つが、砂の上に転がり落ちたことを馭者は知らないようでありました。
彼はなにかわけのわからぬことをわめきながら、かわいそうな痩せ馬に、ぴしぴしと鞭を加えて走らせていきます。
そしてそのまま闇の中に見えなくなってしまいました。
砂の上に残された木箱二つ。
いつ誰が拾いに来てくれますやら。
この木箱の落ちたところは、ちょうど例の怪塔の扉の前でありました。
怪塔王は、この木箱を部屋のうちから見たのか見なかったのかわかりません。
それから二十分も経ったあとのことでした。
もう誰にも忘れられたような二つの木箱が、そのとき不思議にも砂の上を静かに這(は)い出しました。
まるで木箱が生き物になったようです。
一体これはどうしたというのでしょう。

2

 怪塔王は塔の中で一体なにをしていたのでしょうか。
怪塔王は、そのとき寝床のなかにあの変な顔をうずめて、ぐうぐうと眠っていました。
怪塔王は、夜が更けると一度すこしのあいだ寝ることにしています。
二時間ほど眠ると、今度はまた起き出して、夜中から朝方まで仕事をするのです。
これを怪塔王の間眠(かんみん)と申します。
しかし塔の前で、馬車の上から大きな木箱が、がらがらずどんと大きな音を立てて地面の上に転げ落ちたその地響きに、ふと目を覚ましました。
「な、なんだろう。
軍艦のやつめ、大砲を撃ち出したかな」
 と、寝床から起き上がって、テレビジョンを壁に映してみました。
このテレビジョンの機械には、自動車のハンドルみたいなものがついていて、これを回すとレンズが動きます。
そのレンズの向いた方角なら、どこでも塔の外の景色が思いのままに壁に映るのでありました。
昼間だけではありません。
夜間でもはっきり映ります。
テレビジョン機械は、人間の眼よりもはるかに感じが鋭く、人間の眼には見えないものでも機械の力でよく壁に映し出すのです。
怪塔王は、レンズを軍艦の方に向けて、壁に夜の海面の光景を映し出しました。
軍艦が大砲を撃つと大砲の煙が出ているはずです。
そう思って怪塔王が見てみましたが、一向に煙も上がっていません。
「じゃあ何の音だろう」
 と、怪塔王は不思議がってテレビジョンを方々へ回してみましたが、なんの変わったこともありません。
ただ塔の前に、大きな木箱が二つ落ちているばかりでした。
そして積荷を落とした馬車が向こうへ行くのも見えます。
「なんだ、ばかばかしい。
あの箱が落ちた音だったか。
ああ眠い、眠い」
 と、怪塔王はまた寝床にもぐりました。

3

 二つの木箱がそろそろと塔の入口に向かって這い出したときには、怪塔王はテレビジョンを消して、もう寝床の中に入ったあとでありました。
もっと長く起きていれば、このそろそろと動く怪しい木箱が目に映ったかもしれないのです。
怪塔王にとっては珍しい大失敗でした。
二つの木箱は、塔の入口にぴったりと寄り添いました。
すると木箱はすうと持ち上がり、箱の下に二本の足がにょきりと生えました。
二つの箱ともそうだったのですが、一方の箱の足は長く、もう一つの箱の足は短くて細くありました。
そのうちに、長い足の生えた木箱の横腹に、円い穴がぽかりとあきました。
しばらくすると、その穴の中から一本の手がにゅうと出てきました。
その手は、しきりに入口の扉を探っています。よく見ると、その手は大きな鍵を握っているではありませんか。
それも、とても大きな鍵です。

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