初級翻訳・大宇宙遠征隊 第20話

大宇宙遠征隊

皿形の宇宙船

第五斥候隊の隊長である艇夫長(ていふちょう)・松下梅造が、その十人の火星人の中のリーダーと思われる者を一人、辻中佐たちのいる司令室へ連れてきた。

「やあ、ご苦労、ご苦労」

辻艇長は、斥候たちの労をねぎらった。

「二人の少年の居所はわかったかね?」

松下梅造がたずねた。

「うむ、分かっている。
ただいま火星に向かって飛んでいるところだ」

幕僚がそう答えると、

「はッ?」

松下艇夫長は、何がなんだか分からないといった様子で、目を丸くして大きく見開いた。
そして、さらに何か聞き返したそうにしたが――。

「あっ、ではあの二人の少年が、私たちの宇宙船を奪ったのですか!?」

連れてこられた火星人のリーダーがそう叫んだため、松下は思わず口を閉ざした。

「いや、あの二人の少年が君たちの宇宙船を奪ったわけではないよ」

幕僚が落ち着いた声で言った。

「しかし、私たちが乗っていないのに、宇宙船が勝手に飛び出すわけがありませんぞ!」

火星人も、なかなか引き下がろうとはしなかった。

「だから、奪ったわけではないと言っているのだ。――」元々は君たちが悪い。あの二人の少年にあんなひどい目にあわせたから、助けに行った者たちが発見して、あの乗り物の出入口を全部閉めたら、ひとりでに飛び出してしまったんだ」
「ああ、それなら引力遮断機(いんりょくしゃだんき)が働いてしまったんだ……。
何も私たちは、あの二人の少年をいどめ目にあわせるつもりはありませんよ。ただ、詳しく地球のことが聞きたかっただけなんです」
「しかし君たちは、非常に日本語がうまいじゃないか。どうして日本語を知っているんだね?」
「なんでもありませんよ。私たちは地球から放送されているラジオを聞いて勉強したんです。毎日地球のラジオニュースを聞いていますから、地球上のことなら大てい知っています」
「ふーむ」
幕僚は、びっくりしたようにうなった。
あの遠く離れた火星で、毎日地球のラジオを聞いて研究している者がいるとは知らなかったのだ。
「ふーむ、で、その引力遮断機というのはどうなっているんだね?」
「なんでもありませんよ。その名の通り、引力を打ち消してしまう装置です。つまり、月の上に置いて月の引力を打ち消し、私たちの火星の引力を受けるようにすれば、自然に舞い上がって火星に引かれていってしまうわけです。
同じように月に来る時も、私たちの火星の引力を打ち消して、月の引力に引っ張られて来るわけです」
「ふーん、なるほどね。
しかし、火星人である君たちが、こんな荒れ果てた月世界に来てどうするんだね? 同じ来るなら、すぐ近くの地球にやってくればいいのに」
「なるほど、それはちょっとおかしく思われるかもしれませんな。しかし、こういうわけなんです。
私たちの火星は、月や地球に比べると、もうずっと古い星なのです。
それで、地中にあったある物質を、もうすっかり採りつくしてしまったんです。
しかもその物質は、私たちにとってどうしても必要なものなのです。だから、同じ太陽から分かれ出た地球、そこからさらに分かれ出た月の世界ならば、きっとまだ残っているだろうと考えて、それを採るためにわざわざやって来ているわけですよ。
――地球に行かないで月に来たのはなぜか、ですか? それは研究の結果、地球には人間という思いのほか進歩した生物がいるし、――いや、これは失礼、本当の話だから怒らないでくださいね――、私たちが言っても果たして黙ってその物質を採らせてくれるかどうか分からなかったからです。一方、月の方ならば、ご覧のように生物が一つもいないのですから邪魔も入らないだろうと考えて、まあ月の方を選んだというわけです。
しかも、私たちは今度が初めてではなく、もう何度もその物質を採りに来ているんですよ」
「ふーん、そうか、それでわかった。
いや、君たちの気持ちはよくわかるよ。というのは、我がアシビキ号も同じような目的で地球を飛び出したんだからね」
「ほほお、そうですか!」
「そうなんだ。しかも君たちが火星から月へ来るのとは比べものにならないくらい、もっともっと大冒険の途中なんだ。
ムーア彗星にある超放射元素の『ムビウム』という貴重な物質を採るためなんだからね。これが緑川博士の新動力発生装置にどうしても必要なのさ。
そのために我々は、大竹中将の指揮のもとに四万余名の大遠征隊を組織して、ムーア彗星めがけて飛び出したんだ」
「へーえ、あのムーア彗星までムビウムを採りに……」
さすがの火星人も、この大がかりな計画にはびっくりしたらしかった。
「しかし残念ながら、我がアシビキ号は故障のため、本隊の一行に遅れてしまったのだ」
「そうですか、それはお気の毒です。
幸い、私たちの中には機械修理にかけては火星でも有数の者を連れてきておりますから、さっそくお手伝いをさせましょう!」
「そうか、そうしてくれると有難いね。うまく修理ができたら、ついでに火星に寄って、君たちを送りとどけてあげることもできるぞ」
「そうですか! それをしていただければ本当に助かります」
火星人の首領は大喜びをすると、すぐ部下の火星人を呼んで、何か火星語で命令を伝えた。

火星の食べ物

「さあ、では君も疲れただろう。
今、何かうまいものでも作らせるから――」
辻中佐がそう言うと、火星人は、
「いや、ダメです」
と答えた。
「ダメとはなんだ、せっかく親切に言って下さるのに」
幕僚が目をむいた。
「いや、そういうわけではないのです。私たち火星人は、『物を食べる』ということを忘れてしまったのです」
「ナニ、何だって?」
「私たち火星人も、祖先の時代にはやはり物を食べたのです。
しかし、物を食べるというのは、口で噛んだり胃や腸を使ったりして滋養分を血の中に吸収させ、その血が身体中を巡って持っている養分を体に補給することでしょう?
私たちには、もう胃や腸が退化してなくなってしまったといってもいいのです。
私たちは、もう十分に消化されたような『食物』を、口からではなく直接血管の中に注ぎ込んで生きているんです」
「ふーむ、すると病人がブドウ糖の注射をするようなものだな」
辻艇長がうなずいた。この話を、風間や木曾に聞かせたら、なるほどといって、あの変な缶詰と、それからそれを彼らが口ではなく、頭のあたりにのせて空にしていたわけを、きっと思い出したに違いありません。
「だけど、きみたちは高等生物にしては、格好(かっこう)が変わっているね」
「いや、これは鎧(よろい)を着ているんです。
ぼくたちの体は、火星の弱い引力のせいで、地球の人に比べたらすごく柔らかくできているので、こうして鎧を着ているわけなんです。
この羽は、一人ひとりの飛行機みたいに、空を飛ぶためのものですよ。

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