初級翻訳・怪塔王 第5話

怪塔王

もし近くで目を凝らした人がいたなら、鍵の持ち手の部分に猿の彫り物がついていることに気づいたでしょう。……ここまで言えば、この箱から生えている手の持ち主が誰なのか、もうおわかりですね。
そうです。この大きな箱の中には帆村荘六(ほむらそうろく)探偵が入っていました。そしてもう一つの小さな箱の中には、一彦少年が入っていたのです。二人は怪塔王の目をくらますために、底のない箱に入り、馬車を雇うという作戦をとったのでした。
今や、鍵を握った帆村探偵の手が鍵穴に届きました。鍵は吸い込まれるようにして鍵穴に収まりました。
「よし、勝負ありだ!」
鍵を回すと、ガチャンという音とともに錠が外れました。二人はもう大喜びです。かぶっていた箱を外へ放り出すと、すばやく塔の中へ飛び込み、ぴたりと入口の扉を閉めました。
初めて足を踏み入れた、怪塔の中です!

   螺旋階段

     1

 怪塔の中はまっくらです。帆村探偵と一彦少年は、用意してきた懐中電灯をパッとつけました。あたりを照らしてみると、そこはまるで物置のように、訳のわからない機械がいくつもいくつも、壊れたまま積み重なっていました。
「おじさん、これは何の機械なんだろうね」
一彦はそっと帆村の腕を引っ張って尋ねました。
「ふうむ、この機械かい。はっきりとはわからないけれど、こっちにあるのは電気を起こす発電機だね。それからあっちにあるのは、どう考えても圧縮空気をためるタンクだよ。ほかにもいろいろあるが、どれもみんな壊れているようだ。なぜこんなものを集めてあるのかなあ」
帆村は不思議でたまらないといった様子で、首を振りました。そのうちに目に入ったのは、この円い缶詰の中のような部屋の真ん中にある、螺旋階段でした。螺旋階段というのは、普通の階段のようにまっすぐではなく、ぐるぐるとねじれている狭い階段のことです。
二人はそれをつたって、二階へと上がっていきました。この二階もまっくらでしたが、懐中電灯で照らしてみると、ここはとても整頓されていて、黒塗りの美しい配電盤や、複雑な機械がずらりと並んでいました。
「ここは何をするところなの?」
「さあ、おじさんにもわからないな。しかし、まるで軍艦の機関室みたいだよ」
「塔の中に軍艦の機関室があるなんて、変だね」
「うむ、変だねえ。何か理由があるのに違いない。……さあ、いよいよこの上に怪塔王がいる部屋があるはずだ。一彦、しっかりするんだぞ」
帆村探偵は一彦を励まし、三階へ続く螺旋階段の手すりに手をかけました。

2

 怪塔王の部屋は、もうこの階段を上りきればすぐそこにあります。帆村探偵もさすがに緊張で高揚し、息づかいも荒くなってきました。一彦少年といえば、体をちぢめて、まるでネズミを狙う子猫のような格好になっています。足音を忍ばせながら螺旋階段を一段ずつ上っていく二人の額には、いつの間にかじっとりと脂汗がにじみ出ていました。
帆村の右手には、愛用のコルト製ピストルがしっかりと握られています。一彦少年は一束のロープを持ち、いつでもパッと投げられるように身構えていました。
先頭に立っている帆村が、後ろを振り返って手で合図をしました。
(おい、一彦君。いよいよ階段を上りきるぞ。怪塔王はすぐそこにいるんだ。覚悟はいいか)
そんな意味を込めて、最後の決心を固めさせたのです。勇ましいとはいえ、一彦はまだ少年です。どうしてもついて行くと言って聞かなかったので連れてきましたが、これから先の危険を思うと、帆村おじさんの心配は尽きません。
帆村探偵は階段の隙間から、そっと三階の様子をうかがいました。部屋の中には小さな電気スタンドが一つ、ほの明るい光を放っているだけでした。円い室内にはたくさんの本棚が並んでいます。テーブルの上には、組み立て途中の正体不明の機械が放りっぱなしになっていました。また、背の高いベッドも置かれています。
帆村は一彦に合図をして、じっと耳を澄ませました。どこからか、ゴウゴウといういびきの音が聞こえてきます。
(しめた、怪塔王はあのベッドの上で眠っているんだな)
よし、それなら飛び込むのは今だ。帆村はにっこりと笑い、一彦をそばへ招くと、そっと耳打ちをしました。

3

 帆村探偵は階段の「最後の段」を飛び越え、床の上へエイッと飛び上がりました。そして、さっと懐中電灯の光を放つと、怪塔王が眠る寝台を照らし出しました。
「あっ!」
帆村は思わず、足を一歩うしろに引き下げました。
なぜなら、寝台の上にかかっている薄い羽布団の隙間から、怪塔王の目がじっとこちらをにらみつけているのを発見したからです。
はじめて見る怪塔王の顔――ああ、なんと恐ろしい、異様な顔なのでしょう。
帆村はピストルを怪塔王の目に向け、もし相手が動けば、すぐさま引き金を引く覚悟を決めました。
ところが、ゴウゴウゴウと、どこからか確かに寝息らしい音が聞こえてきます。
(変だな)
すると後ろからついてきた少年が、寝台を指さして言いました。
「おじさん、怪塔王は目を開けたまま眠っているんだよ」
「ふーむ、そうなのか」
ほんのわずかな話し声でしたが、それが人間嫌いの怪塔王の耳に入ると、彼はガバッと寝台から跳ね起きました。
「ああーっ、よく眠った」
そう言って両手を上げたところを、帆村が叫びました。
「動くな!動いたら撃つぞ。手を上げたままにしておけ。下ろしたら撃つぞ!」
怪塔王はそこで初めて事態に気づき、ハッとして首をすくめました。
そして、あの滑稽な顔をゆっくりと帆村の方に向け、こう言いました。
「お前は誰だ――おや、いつも塔の前でうろうろしていた奴じゃないか。うん、子供も連れているな。それでこの俺様を捕まえたつもりでいるのだろうが、それはとんだ間違いだぞ。あっはっはっ」
怪塔王の声が、憎々しげに室内へ響き渡りました。

4

「俺の寝ているところへ踏み込んでくるとは、随分と度胸のある奴だ。あっはっはっ」
怪塔王は寝床の上であぐらをかいて、大笑いしました。
「何を言う。貴様の悪だくみは、もうすっかり種が割れているんだぞ。おとなしくしろ」
帆村探偵がピストルを突きつけると、怪塔王は言いました。
「なんだ、そんなピストルで俺を脅そうというのか。貴様はよっぽどの大馬鹿者だな。俺は、やろうと思えば帝国の最新鋭の軍艦だって、何の手間もなく座礁させるほどの恐ろしい力を持っているんだ。そんなピストルごときが何だというんだ」
帆村探偵も、一彦も、これを聞いて胸を射抜かれたようにハッとしました。
「淡路」の座礁事件について、どうしてそんな怪事が起きたのかと苦心して調べていた矢先に、怪塔王が自分から「あれは俺がやったのだ」と白状したのですから、その驚きと言ったらありません。
「な、何を言う。嘘だ、嘘だ!自分からそんな大それたことをやったなどと言うはずがない」
帆村が叫ぶと、怪塔王は「うふふ」と気味悪く笑って言いました。
「何も俺が喋ったところで、そう驚くことはないじゃないか。これはせめて、貴様たちの冥途の土産にと思って聞かせてやっただけのことよ」
「えっ、冥途の土産だと――僕は貴様などに降参した覚えはないぞ!」
すると怪塔王は、またおかしくてたまらないといった風にカラカラと笑いました。

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