丸々と太らせてから、おまえの肉を食べさせろというのだろう」
「トミー。酔っていても、言葉をつつしみたまえ」
テッド隊長が聞きかねて注意をしました。かれも実は、さっきからトミーとガンマ和尚の会話に熱心に耳をかたむけていたのです。
「ああ、いいですとも。わたしは何も気にしていませんから。さあさあ、みなさんどうぞ盃をおあげください。テッド隊長のご健康を祝します」
それがきっかけで、宴会はまたもとのように大にぎやかになっていきました。とにかくこの宴会は大成功のうちに幕を閉じました。その日いらい、隊員たちは誰も彼も元気をとりもどしたようです。自由に散歩ができ、無料で飲んだり食べたりでき、音楽を聴いたり、ダンスを楽しむこともできたからです。
三根夫少年も、毎日のように町を散歩しました。いつでも帆村といっしょに歩くことにしていたのですが、その日は帆村がテッド博士から呼ばれて、艇内で会議に出席するため外出ができないので、三根夫ひとりが町へ出ました。
「もしもし、三根夫さま」
かれはうしろから呼ばれました。誰だろうと思って振り返りましたが、誰もいません。しかし、かれはこの頃には勘ができていて、姿は見えなくても、そこにはぜんぜん誰もいないのか、それともガン人がそこにいるのかを感じ分けられるようになっていました。
「ああ、そうか。きみはハイロ君ですね。サミユル博士のところにいるハイロ君でしょう」
「はっはっはっ。そうですよ。あなたのおいでを待っていたのです」
「どうかしましたか」
「実は、わたしは折り入ってあなたにおねだりしたいものがあるんです。さっそく申しますが、先日お持ちになっていた白い小さい、目の赤いネズミですな、あれをわたしに譲っていただけないでしょうか。お待ちください。あのような珍しい貴重な生き物を、ただでくださいとは申しません。それと交換に、あなたの欲しいと思っているものを差し上げます」
「ふーむ、あの南京ネズミをねえ」
「あなたが大事にしていらっしゃるものであることは知っています。しかしこの国には、あんな珍しい生き物はいないのです。ぜひともどうぞ、かなえてくださいまし」
三根夫としては、あんな南京ネズミなんでもありませんでした。いま百五十匹ぐらいいるので、一匹や二匹やるのはわけないことです。しかし、待てよ、ここが考えどころだぞ。
「ハイロ君、もしきみがほしいのなら、ぼくが目にかけて、きみたちの姿や顔が見える特殊な眼鏡かなんか譲ってくれたまえ。それならあれをあげる」
「ははあ、そういう眼鏡ですか」
「ないのかね」
「いや、あることはあるのですが……」
とハイロは困っていましたが、やがて決心したように言いました。
「よろしい、あす持ってきます。ネズミと引き換えにお渡しします」
三根夫はそれを聞いて、鬼の首をとったような喜びを感じました。この南京ネズミと、変調眼鏡の交換は約束どおりに行なわれました。ハイロは籠に入った南京ネズミを見て喜びの声をあげましたが、こう言いました。
「三根夫さま。この変調眼鏡を差し上げることは差し上げましたが、あなたさまだけでご覧くださいまし。もしそうでないと、わたしはひどい罰を受けなければなりません。どうぞ絶対に秘密に願います」
そう言ってハイロは三根夫に一つの箱を渡しました。三根夫はその箱を持って艇へ帰ると、自分の部屋に入って、その箱をあけて見ました。なるほど変な形をした双眼鏡式のものがあらわれました。三根夫は、えびす様のようなニコニコ顔になりました。そしてさっそくその『変調眼鏡』をかけてみました。
さて、いったい何が見えたのでしょう。
【奇妙なお面】
三根夫は、どきどき鳴る胸をおさえて変調眼鏡をかけてみました。まず、自分の部屋をぐるっと見回しました。
「よく見える。しかし、おなじことだ」
眼鏡をかけても、かけないでも、自分の部屋の様子は変わりがないようでした。バンドのついた椅子。有機ガラスをはめてある格子形の戸棚。テレビジョン受像機に警報器。壁につってある富士山の写真が入っている額。その他、みんなおなじことでした。
いや。ただ一つ、見なれないものがありました。それは天井の隅の、換気用の四角い穴に、赤くゆでた平家蟹をうんと大きくして、人間の顔の四倍ぐらいに拡大したようなもの――それは見たことのない動物の顔をお面にしたものでした――が、それが換気穴のところへはめ込まれていたのです。その顔のお面は、彫刻であるのか、ほりものであるのかよくわかりませんでしたが、どこかおどけた顔つきに見えました。その色は、いま言ったとおり平家蟹(へいけがに)をゆでたような、一種独特の赤い色をしていました。
頭がでかくて、顔がでかくて、顔の下半分はすこしすぼまっています。
だから、扇(せんす)のような形をしているのです。
大きな二つの目がありますが、それは人間の目とちがって、たいへん離れています。
耳に近いところについているのです。
望遠レンズのような感じのする奥深い、そして光沢をもった目玉でした。
その下に、象の鼻を小さくしたようなものが垂れさがっています。
それが、このお面をおどけたものにしていました。
口はその下にかくれているのか、よくは見えません。
目の横に、顔からとびだしたしゃもじ形の丸い耳がついていました。
この耳も、愛嬌(あいきょう)がありました。
しかし奇妙なのは、この動物が頭の上に持っている角でした。
その角は二本でした。
そして短い棒の先に、棒の断面よりもすこし大きい団子をつけたような、ふしぎな形をした角でした。
そして色は緑色をしていました。
顔全体は、あまり小さいデコボコはなく、ゆったりとふくらんだり引っ込んだりしていて、感じは悪くないほうでしたが、三根夫をへんな気持ちにさせたのは、いったいそのお面がなんという動物なのかわからないことでした。
動物というよりも、お化けといったほうがいいようにも思われます。
いや、お化けというよりも、そういうへんな顔をした怪神(かいしん)とも見えます。
したがって、どこか人間の顔に近いところもあります。
牛や熊に近いところもありますが、よく見ていると、それよりもむしろ人間くさい顔に見えます。
それはまあいいとして、なんだってあんな奇妙なお面をあそこへはめこんだのでしょうか。
誰がやったいたずらでしょうか。
「ああ、そうか。帆村のおじさんのいたずらだよ。ぼくをおどろかして、笑いころげようという考えなんだろう」
そう思うと、おかしさがこみあげてきて、三根夫は声をたてて笑いました。
その笑い声を、途中で三根夫は、はっと止めなくてはなりませんでした。
「おやッ」
例のお面の大きな目が、ぐるんと動いたような気がしたからです。
(お面の目が動いた。あのお面は、すると、生きているのかな。そんなことはあるまい)
三根夫は、ぞーっとさむ気を感じました。
「よく、見てみよう」
かれは折り尺を机の上からとって、それをのばしながら、机の上にあがりました。
かれの考えでは、机の上にあがり、それから一メートルの長さにのばした折り尺でもって、その奇妙なお面をつついてみるつもりだったのです。
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