初級翻訳・戦争はぼくをおとなにした 第2話

小川 未明

ああ、それで『お化け』と言ったのかいね」
「おばあさん、きっとそうですよ。だから許してあげてください」
清吉は、持てる限りの知恵を絞ってなぐさめました。
「そうだったのかいねえ」
おばあさんはもう一度、しなびた手で目のあたりをこすると、再び杖をつきながら腰を曲げて歩き出しました。霜の溶けかけたキラキラと光る道が、はるかかなたの煙突や木立が黒い棒きれを立てたようにかすむ、地平線の方へと伸びていました。

おばあさんはどこまで行くのでしょうか。その道をだんだんと遠ざかっていきました。清吉はぼんやりと一箇所に立ち、そのあわれな影を見送りました。
「戦争が悪いんだ!」
清吉の口から、自然とこの言葉がこぼれ出しました。

空想にふけりながらあちこちと道を曲がって歩くうち、いつしか電車の通る幅の広い道へ出ました。あの夜、ここを通ったのです。清吉は逃げた日のことを思い出しました。小さな弟をおぶった母に手を引かれ、燃え狂う火に追いかけられながら、この道を通ったのでした。町から郊外へ逃げる人々の群れに混ざって、必死に逃げたのでした。

「もう、ここまでくれば大丈夫だ」
小高い丘のような場所へたどりつくと、みんなはそう言って休みました。
一方で、火のむちで打たれたように狂った激しい風が、暗く青ざめた夜の空に向かって苦しそうな叫びを上げながら吹いていました。風は少しの間息をつくと、その後はかえってすさまじい勢力をあらわしました。そのたびに、田んぼの麦や周囲の木立の枝が、今にもちぎれて闇の中へさらわれそうに身をよじっていたのです。燃え落ちていく町では、まるで花火のように火の粉が高く舞い上がり、ピカピカと光りながら、まるで勝利を祝うかのように誇らしげに踊っていました。
人々は、あちらの木の下に一かたまり、こちらのやぶの陰に一かたまりと集まり、みんな言葉を失って、ただ目だけを赤く燃える町の方へ向け、恐ろしい光景を見つめていました。
そのうちの一人が違う場所を指さすと、みんなが一斉にそちらを向きました。
ヘビの舌のように赤い炎が、黒い建物と建物の間からチロチロと上がり始めたところでした。
かと思うと、見る見るうちに裾を広げて隣の火と合わさり、あっという間にあたりは火の海となってしまいました。
「もう、さっきからどれほど焼けてしまっただろう」
「きっと、たくさんの人が死んだに違いないな」
そんな話し声が聞こえてきました。
清吉は、いくら我慢しようとしても体が震え、ゾクゾクと寒気がしました。
彼は、こんな臆病な自分ではいけないと、心の中で自分を励ましました。
「お母さん、あっちの空を見てよ」と、清吉は突然、話をそらそうと叫びました。
「どうしたの?」と、母は聞きました。
「あそこに星が出ているよ」
そこだけが、いつもの静かな夜の景色と変わらずに残っていたからです。
そこだけを見ていると、地上で今まさに町が焼け、人が死んでいるということさえ、嘘のように思えてきました。
そして、このすさまじい嵐にも、猛り狂う炎にも全く無関心でいられる星の世界が、とても不思議に思えたのです。
色とりどりの星が仲良くして、何か楽しいことでもあるのかと囁き合ったり、冗談を言い合ってまばたきをしたり、目と目で見つめ合ったりしているように見えて、なんとなく羨ましくなりました。
「僕たちも星の国に行けたら、お父さんは戦争に行かなくて済んだし、いつもみんなで楽しく暮らせたはずなのに」と思いました。
ちょうど丘の下は麦畑でした。
フサフサとした麦の穂が、風に吹かれて波打っていました。
「坊や、何してるの」
母の背中で目を覚ました小さな弟が、頭と一緒に体を揺らしているのに気づいて、清吉は弟の方を見ました。
すると麦畑の中で、破れた傘をかぶって手足を広げた鳥追いのかかしが、夜も休まずに畑を守っているのを、弟が真似していたのでした。
「人がこんなに心配しているのに、坊やは何もわかっていないんだね」と、母は涙を拭いていました。
そう聞いて、清吉はなんだか弟がかわいそうになりました。優しくしてあげなければいけないと思いました。
しだいに東の空が黄色く色づき、夜明けが近づいてきました。
この頃から、どこかの小川のふちで鳴くカエルの声が大きく、数も増えてきて、まるで雨が降る音のように絶え間なく聞こえてきました。
一人去り、二人去りと、静かに立ち去る人たちが続きました。
清吉も、こうしているのが心細くなって、母親の着物の裾をギュッとしがみつき、「もう帰ろうよ」と言いました。
母はいつまでも泣いていました。
「おまえ、帰ろうってどこへ帰るの。もうお家はないんだよ」と、母の声は小さく震えていました。
「そうだったか」と、清吉は思いました。
そしてこの時ほど、自分の母を痛ましく感じたことはありませんでした。
「義雄ちゃんのおじいさんが、『家が焼けたらいつでも来い』と言ってくれたよ。僕はなんでもするから、これからはお母さんのお手伝いをするよ」と、彼は胸を熱くして母を元気づけようとしましたが、精一杯言えたのはこれだけでした。
しかし、母は何も答えず、いつまでも泣いていました。
彼は、これではいけないとわかって、
「お父さんが帰ってきたら、新しい家を作ってくれるよ」と続けて言いました。
しばらくすると、母は泣きやんで、袖で顔を拭きながら、
「おまえがいるから、お母さんはもう決して泣きませんよ」と言いました。
清吉は、あの日のことを思い出しました。
もしあの経験がなかったら、今日おばあさんを見かけても、あんなふうになぐさめようとはしなかったでしょう。
「僕はもう、大人なんだから……」
彼はやる気に満ちた気持ちで胸をそらし、両足に力を込めて、電車道を歩いていったのでした。

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