おやじの骨董じまんにはいりそびれたのだろう、と平五は思っているが、今年はさらに減って五人しか来なかった。
平河町の森内膳。
神谷町の木下杢之助。
薬師小路の土方市之丞。
田村小路の新庄主殿。
それから榎坂の米良平左衛門という顔ぶれであった。
「おやおや、おまえまだいたのか、平五」
酒宴がなかばごろになったとき、杢之助がそうよびかけた。
平五より四つ上の二十八歳で、六年まえに木下へ養子にいったが、うちにいるじぶんから平五とは仲が悪かった。
平五は返辞をしなかった。
彼は席次のことではらをたてていた。
新庄の叔父が末席にいるのを、誰もなんとも云わないのである。
主殿というこの叔父は、父の一人きりの弟で、三十二三になってから新庄へ養子にいった。
そんな年まで部屋住でいたのと、養子さきの新庄がひどく貧乏なためだろう、もともと引込み思案な人だったが、みんなの集まるときは不必要にへりくだって、いつも末席の隅のほうに小さくなっている。
平五はみかねて上座のほうへ直るように云い、ほかの者にもすすめられると、ようやく席を直すのだが、その日は平五のほかに誰もすすめる者がなかった。
長兄の敬二郎などは、平五に向って、「うるさいぞ」と云ったくらいである。
――なにがうるせえんだ、おめえにも叔父に当る人だぜ。
と平五ははらの中でどなった。
――新庄がもっと金持ならへえこらおべっかを使うんだろう、ざまあみやがれ。
そして叔父の主殿に対してもはらがたった。
だらしのない人だ、そんなことだからみんなに軽蔑されるんだ、などと思い、ふくれた顔で膳の上の物を喰べていた。「おい平五」と、また杢之助が言った。「おまえ、耳がどうかしたのか」
「どうもしていませんよ」
「じゃあ、おれの言ったことは聞こえたんだろう」
「聞こえましたね」
「聞こえたのに、返辞をしないのか」
「必要がないでしょう」と、平五が答えた。「このとおり私はここにいるし、いることは誰の目にもだって見えるんだから」
「おれが言うのはそんなことじゃない。養子の縁談があったのに断ったというから、おまえになにか目算があるのだろうと思っていたところが、相変わらずのそのそしているから訊いたんだ」と、杢之助が言った。「おまえ、もう二十五になるんじゃないか」
「二十四ですよ」
「来年は五になるさ、どうするんだ」と、杢之助が言った。「縁談のより好みなんかしていると、一生ひやめしを食うようなことになるぜ」
よけいなことを、と平五はカッとなった。
「結構ですね」と、平五はやり返した。「養子にいっても小遣いに不自由したり、好きな酒も飲めずに縮こまっているくらいなら、ひやめしを食っているほうがましですよ」
杢之助の顔色が変わった。
なんだって、それは誰のことをさすんだ、と杢之助が言った。
誰のことでもありません。
譬え話です、と平五が答えた。
ごまかすな、いまのはおれへの当てつけだ、と杢之助がいきりたち、つまらない応酬が始まると、向こうから長兄がやめろと言った。
「黙れ、平五――」と、敬二郎が言った。「よそへいったって兄は兄だぞ、しようのないやつだな、あやまれ」
平五は黙っていた。
「あやまれ」と敬二郎が言った。「あやまらないのか、平五」
そのとき、米良平左衛門がとりなしに入った。
彼は敬二郎と同年の三十二歳だが、風貌も気質もずっと老成しているし、親族の中では唯一人の平五の味方であった。
ところでその平左衛門が、とりなすに事を欠いて、とんでもないことを言いだしたのである。
「もういいよ、敬さん、そう叱りなさんな」と米良が言った。「あなた方にはまだ末っ子のあまったれとみえるのだろうが、平さんも二十四になったし、もう想いをかけた娘さえあるらしいからね」
平五は口を開き、それから狼狽して、「米良さん」と遮ったが間に合わず、森内膳がそれはいいと笑いだし、それにつられてみんなが笑った。
父の玄蕃さえも笑って、ばかなやつだと言うのが聞こえ、平五は立ってそこから逃げ出した。
三日ばかり経って、平五は榎坂の米良を訪ね、そのときのことをなじった。
米良はにやにや笑って、あの手でなければ敬さんをそらせないと思ったのだ、と言った。
「気に障ったら勘弁してくれ」と米良はあやまった。「しかし、そういう娘がいると話していたじゃないか」
「想いをかけたなんて言いやあしません。或る店で二三度会ったと言っただけですよ」
「おや、そうかしら」と、姉のくじが良人のそばから言った。「あのときの口ぶりだと、ずいぶん熱をあげているようだったことよ」
「そんなことがあるもんですか、それは思いちがいですよ、あなた方までがそんな」
「ばかに力をいれる」と、米良がまたにやにやし、そして話をそらし、「――これから毎月一度、木挽町で寄合をすることになったのを知っているか」
「うちでですか、知りませんね」
「毎月十日の晩だ、平さんが退却したあとできまったんだよ」
こんどは平五が笑った。「そいつはお気の毒だな、おやじの骨董じまんをたっぷり聞かされるんでしょう」
「そうらしい。みんなもなにか一品ずつ持ち寄るということになった。つまりお互いに鑑識眼を高めようというわけさ」
平五は声をあげて笑った。「そいつはまるっきりお気の毒だ、おやじの講釈をたっぷり聞かされるだけですぜ、みんな承知したんですか」
「田村小路がまず双手をあげた」
「なんですって――あの叔父が、まさか」
「まっさきに妙案だと言った。みんなびっくりしたがね」と、米良は微笑した。「――とにかく、来月の十日に第一回がある筈だよ」
三
平五はその寄合には出なかった。
出ろとも言われなかったし、興味もないからで、しかしその場のようさはときどき耳にした。
父や兄が話すのを聞くこともあるし、聖坂で森助三郎から聞くこともある。
――助三郎というのは森内膳の子で、平五とは従兄弟に当たり、年は二十二歳になる。
学問がずばぬけてできるということだが、平五からみると純粋にできるのではなく、虚栄心のために成績だけあげているという感じだった。
それは彼の話しぶりや議論のやり方でもわかるし、あまり頭のよくないような者を好んで嘲弄する態度にも、よくあらわれていた。
平五は月に三回か五回か、聖坂学問所の日講を聴きにゆく。
助三郎とはそのときたまに会うのだが、呼びとめられない限り、こっちから話しかけるようなことはなかった。三月の第二回目の十日会(とおかかい)が終わったあと、平五は助三郎(すけさぶろう)に呼びとめられ、新庄(しんじょう)の叔父さんが大恥をかいたという話を聞かされました。
叔父さんは家に代々伝わるものだと言って、妙な香炉を持ち出したというのです。
それはわざわざ調べなくても、ごくありふれた仏壇用の道具にすぎませんでしたが、叔父さんが「五代前から新庄家に伝わっているそうだ」と得意げに説明したため、みんなが思わず吹き出してしまったということでした。
「なんだかしゃれていて面白くないですか」と助三郎は喉を鳴らして笑い、「みんなにはその良さがわからないんだな。新庄さんはなかなかの茶人ですよ、そう思いませんか?」と言いました。
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