平五はその帰り道、榎坂(えのさか)の米良(めら)の家へ立ち寄りました。
米良平左衛門(めらへいざえもん)も、助三郎の話は本当だと笑いました。
「とぼけているのか、本気なのかよくわからないがね。おそらく、とぼけているんだろうと思うが」
「あの叔父さんに、そんなとぼけた芸ができるもんですか」と平五は溜息をつきながら首を横に振って、「本当にどうしようもない人だ」と言いました。
「そうそう、話は変わるが、一つ聞いておきたいことがあるんだ」と米良は顔を上げて言いました。「うちの妻のくにから聞いたんだがね、平さんがうちに預けているお金が、数えてみたら二十両を越したそうじゃないか」
「ええ、八十三分(はちじゅうさんぶ)になっているはずです」
「なんだい、その『八十三分』とは」
「『両』なんて言うと角(かど)が立つ気がするので、すべて『分』の単位で数えることにしているんです。で、それがどうかしたんですか?」
「いやねえ」と米良は言いました。「『両』なんて言うと角が立つかね?」
「なにしろ、私はまだ家でブラブラしている身分ですからね」
「それなんだよ。そのブラブラしている平さんが、三両や五両ならともかく、二両……いや、八十三分もの大金を貯めたとなると、お金を預かっているこっちとしても責任が重くなる。いったいどういう性質の金なのか、いちおう聞いておきたいと思ってね」
「話していませんでしたっけ?」と平五は首をかしげました。「姉さんに話しませんでしたかね?」
「あたしは聞いてないわよ」と、くには言いました。
「米良さん」と、平五は急に話を切り出しました。「私が養子の縁談をどうして断るか、わかりますか?」
平左衛門はゆっくりと首を振りました。
「つまりですね」と平五は言いました。「つまり、私は養子になんて行きたくないからです」
「そりゃあ、そうだろうさ」
くには思わず吹き出しました。
「そうじゃないんです。いや、行きたくないのにはちゃんと理由があるんです」と平五は言い直しました。「新庄の叔父さんや、木下のほうへ行った杢(もく)さん、ほかにも友達が二人いますが、みんな本当に哀れなものですよ」
平五は、養子に行った男たちの哀れな現実を次々と言い立てました。
あまりにも細かく、まるで針の穴に糸を通すような詳しさだったので、米良夫妻は少し驚いたようでした。
「なるほどねえ」と米良は言いました。「正月のときにも杢さんをやりこめていたが、ふーん、本人にとっては切実な問題なんだな」
「依田(よだ)さんはそんなことないわよ」と、くには反対しました。「新庄さんや木下さん、ほかの方たちのことは知らないけれど、依田さんに限ってそんなことはないはずだよ」
その『依田』という人こそ、米良夫妻が勧めてくれた婿養子の話の相手であり、平五も一度だけ会ったことがある人物でした。
その父親もやはり婿養子だそうで、平五が会ったのは母親と娘でした。
娘の年は十七歳。
母親に似て体つきは小柄でしたが、顔立ちもかなり良く、上品で、いつも目に優しい微笑みをたたえているような感じの人でした。
婿養子にどうかと話を持ちかけられたのは、母娘に会ったあとのことです。先方はもの凄く乗り気だと聞いていましたが、平五はきっぱりと断っていたのです。
「姉さんはそう言いますけれどね、杢さんの相手だって、結婚する前はよかったんですよ」と平五は反論しました。「それが、子どもを一人産んだとたん、すっかり変わってしまった。ほかの二人の友達のほうも似たようなものです。結婚する前はしとやかで楚々(そそ)としていたのに、いざ結婚式を挙げてしまうとガラリと変わってしまうんです。『小糠(こぬか)三合あったなら、婿にいするな』っていう昔からのことわざは、決して誇張なんかじゃありませんよ」
「それならそれでいいけれどさ、じゃあいったいどうするつもりなんだい? 一生、実家でブラブラして暮らすつもりかい?」
「だからこうして、お金を貯めているんです」と言って、彼は米良を見つめました。「五十両あれば、『御家人(ごけにん)』の株が買えますからね」
平左衛門はちょっと黙り込み、それから静かに言いました。
「それはまた、なかなか深い考えだな」
「いろいろ調べてみたんですが、五十両あれば買えそうなんです」と平五は熱を込めました。「いまや武士の値打ちも下がったものですが、町人のままよりは話が違ってくるんです。こちらが武士の身分になれば、結婚の相談だって現実味を帯びてくるらしいんですよ」
米良は「ふーん」とうなり、それから何か不審な点を思い出したように、「それにしても、よくぞこれだけの金を貯めたものだな」と言いました。
「よく貯めたと言ったところで、まだ目標の半分にも足りませんがね。でも、これには涙ぐましい苦労話があるんですよ」と平五は言いました。「ほかの人には言えないけれど、聞いてくれますか?」
「自分で『涙ぐましい』なんて言っちゃうようじゃ、おしまいだな」と、くには笑いました。
「後学のために、ぜひ聞かせてもらおうか」と、米良は微笑みながら言いました。「恥ずかしい話から始めますが、一番最初は七歳のときです」と平五は話を続けました。「そのとき、新庄の叔父さんは三十歳で、まだ木挽町(こびきちょう)の部屋住みのままでした。周りの人たちからも、『もうそんな年齢じゃあ、一生ヒラメシ(定職もなく養われている状態)を食って過ごすことになるだろう』と言われていましたし、本人もあきらめていたんでしょうね。
私はそれを見ていて、子供心にも『これは大変だ、深刻に考えなきゃいけないぞ』と思いました。こうしてぼんやりしていてはいけないんだと強く思ったことを、今でもはっきり覚えていますよ」
そして彼は、ひたむきに自分でお金を貯めようと決心したのです。
お金を貯めてどうするのかという具体的な目的があったわけではありません。「とにかく手元にお金さえ持っていれば安心だ」という漠然とした気持ちでしたが、彼はむきになってそれを実行に移しました。
「本当に恥ずかしいところなんですが、私はただお小遣いを貯めるだけじゃなく、そんな小さな頃から自分で稼ぐ工夫をしていたんです」と言いながら、平五は片手で自分の頬をポリポリと擦りました。「どうやったかわかりますか?」
米良は黙って首を振りました。
四
「初めは、お菓子だったんです」と平五は話を続けました。「午後のおやつに家でお菓子をもらうんですが、露月の饅頭が五文だとすると、それを用人とか侍長屋の子供がいるやつらに、三文くらいで売りつけるんです」
「まあ、呆れた!」と、くには目を丸くしました。「本当に驚いたわ。そんなに小さいくせに、そんな悪知恵を働かせるなんて、私にはとても本当のことだとは思えないわよ」
「その次は、古い肌着でした」と、平五は妻の驚きなど気にせず平然と言いました。「肌着だの、古い足袋だの……もちろん兄たちのお下がりですから、母親だってそんなものは気にしていません。いつかまとめて屑屋(くずや)さんに売り払うことになっていたんですが、その中からまだましなものをこっそり抜いておいて、自分で売るんです。
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