これはもしかして、尻あてじゃなくて、空気を吹き込む口紙の方と間違えたのかなと思って、今度はそっちの方を引っ張ってみた。
でも、やっぱり無い。
そんなはずはない!
そんなはずはないんだ!
なのに、どうしても見当たらないのだった。
「ああーっ!」
私の腰は、カクカクと力が抜けて床の上に崩れ落ちてしまった。
夢なら早く醒めてくれよと思った。
神様、もうこんな悪い冗談はやめてくれよって叫んだ。
時間よ、どうかあの紙風船を破く前の時間まで戻ってくれって、大声で喚き散らしたんだ。
だけど、そんなことを叫んだって、何の意味があるというのだろう。
絶望、絶望、そして大いなる絶望だった。
私の体中の何万という毛穴から、エネルギーのすべてが水蒸気みたいにスーッと消えていってしまった。
私はまるで抜け殻になった着物のように、いつまでも床の上に倒れ込んでいたんだ。
それがどれくらい経った時間だったのか、私にはもう分からない。
私はやっとの思いで正気を取り戻すと、フラフラになりながら床の上に起き直った。
よくよく考えてみると、それは本当に馬鹿げた話だった。
あんなにうまく隠し通して、苦労して手に入れたはずの三万五千円分のラジウムが、とうとう完全に行方不明になってしまったんだから。
だけど、あの日までは確実に私の手のうちに存在していたラジウムなんだ。
今だって地球上のどこかに、絶対に存在しているはずだった。
そう思うと、また悔しくて悔しくて、ポロポロと涙がこぼれ落ちてくるのだった。
人生の誇りと名誉を賭けたあのラジウムを、こんな簡単に失ってたまるかと、私は悔しさに歯ぎしりをした。
「一体、どこで失くしてしまったんだろう?」
私はあの日からの出来事を、頭の中でいろいろと思い返してみた。
色々な可能性が浮かんでは消えたけれど、結局のところ、はっきりしたことは何も分からない。
しかし、一度はしっかりと糊を使って紙のすき間に挟み込んだラジウムが、こんなに短い期間でポロッと抜け落ちてしまうなんて、どう考えてもおかしい。
といって、風船そのものが別物だったわけでもない。
この柿色の風船みたいに、色々な半端な色の花びらをパッチワークみたいに接ぎ合わせたものなんて、他にはないはずなのだから。
私は全く同じ疑問を、何度も何度も、しつこいくらいに考え直した。
そして、そうやって考え込んでいるうちに、私はハッと気がついたことがあったんだ!
「あっ、もしかしてあれかもしれないぞ!」
私はガバッと起き上がった。
「いや、あれに違いいない!
そうだ、間違いないぞ!」
私の全身を、熱い血潮がものすごい勢いで駆け巡った。
手足がビリビリと激しく震えだした。
「よしっ、この野郎……!」
私は夜の街の暗闇めがけて、部屋から飛び出していった。
さて、それから後の出来事を、みんなにどうやって伝えればいいだろうか。
少しおしゃべりして疲れてしまったから、結末は手短に話そうと思う。
その結末というのは、おそらく、もうみんなの目にもハッキリと映し出されていることだろう。
もしそれだけでピンとこないなら、もっとハッキリと言おう。
みんなは、二月二十日付の朝刊を読んだだろうか?
その新聞の社会面の中で、いったい何がみんなを一番びっくりさせただろうか。
そんなの、言うまでもないよね。
「山麓の荒れ小屋に発見された怪死体」という見出しで、こう書かれていたんだ。
「昨十九日午前八時、某大学生が某山麓の荒れ小屋の中で少し休もうとしたところ、思いがけずその中に、年齢は四十二、三歳くらいとみられる男の、すっぽんぽんの怪死体を発見した。
通報を受けた警視庁の大江山捜査課長以下は、鑑識課員たちを引き連れて現場へと急行した。
現場には、その男のものらしい和服と二重まわし(インバネスコート)が脱ぎ捨てられてあったが、それ以外に何に使ったのか分からない長い麻縄が放り出されていた。
持ち物は他には一切ない。
遺体はすぐに解剖に回されたが、この男の死因は主に『飢餓(お腹がすきすぎること)』によるものだと判明した。
さらに遺体の特徴として、左の肋骨の下に、とても目立つ潰瘍(傷跡のようなもの)が存在することが発見された。
しかし、それがどうやってできたものなのかなどの事情はまだ分かっていないが、とにかく恐ろしい事件に関係のある重大な謎として、警察の係官たちの注目を集めている。
【後報】
――被害者の身元がようやく判明した。
彼は五十嵐庄吉(三十九歳)。
十日前に某刑務所を出所したばかりの、スリを十二回も繰り返した大悪党である。
彼は刑務所を出ると、正門の前に待ち構えていた自動車に乗ったまま行方不明になっており、彼の家族から警察へ捜索願が出されていた人物だった。
犯人はまだ捕まっていないが、おそらく彼を恨んでいた誰かの復讐(仕返し)ではないかと見られている。
警視庁では、彼を連れ去った自動車と運転手を全力で捜索中である、云々――」
五十嵐庄吉が残酷に殺され、しかもその左肋骨の下に不可解な潰瘍があったことについて、みんなは何か心当たりがないだろうか?
あいつはスリの名人だった。
私は、その肝心なことをずっと長い間忘れていたんだ。
いや、もっと恐ろしいことを忘れていた。
刑務所というのはまるで学校みたいなところで、中には立派な人間ばかりがいて、素晴らしい友情であふれ返っているものなのだと、私はすっかり勘違いしていたんだ。
私が風船の中にラジウムを隠したとき、あの五十嵐の野郎はそれを裏返して調べていた。
そのとき、私が気づくのが遅くて、あいつの動きが早かったんだ。
あいつはあの小器用な指先を使って、私が気づかないうちに、ラジウムをすっかりスリ取ってしまっていたに違いなかったのだ。そのことに今になってから気がついた私は、刑務所の門の前で運転手になりすまし、まさに刑務所から出てきたばかりの彼をうまく誘拐したのだった。
そしてあの山奥の荒れ小屋へと連れ込み、身動きが取れないようにして散々お仕置きをしたけれど、あの意地っ張りなどう猛な男は、どうしても隠し場所を白状しなかった。
私は怒りのあまり、ついに最後の手段を選ぶことにした。
彼の体を長い麻縄でグルグル巻きに縛り上げ、そのまま床の上へとゴロゴロと転がしておいたのだ。
そして、そのまま何日もの間ずっと放っておいた。
もちろん、一滴の水すらも与えたりはしなかった。
だから彼は、ついに飢えと寒さのあまりに死んでしまったというわけだ。
私は彼の体がすっかり冷たくなっているのを確かめてから、体に巻きつけていた縄をほどいた。
そして彼の服をすべて脱がせて素っ裸にし、全身をくまなく調べてみた。
そのときに、あの「左の肋骨の下にある潰瘍(かいよう)」を見つけ出したのだ。
「ほら、見てみろよ!
お前がラジウムの隠し場所を口を割って言わなくたって、お前のその体がハッキリと物語っているじゃないか。
ざまあみろ!」
私はすぐに彼の左のポケットの底を探ってみて、ついに探し求めていたラジウムを引きずり出したのだった。
初級翻訳・柿色の紙風船 第6話
柿色の紙風船
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