初級翻訳・桑の木物語 第9話

山本 周五郎

母ちゃん、舟を借りるぜ!」
正篤(まさあつ)を促して河岸(かし)へとびだすと、おみつが追いかけてきてまた世話を焼きはじめた。
「その舟はだめよ、悠ちゃん! だめなのよ、こっちの舟にしなさいよ!」
「黙ってろ、うるさいな! 素人じゃねえんだ!」
「偉そうなこと言うわねえ。そんなに言うならやってみなさいよ、いい見せ物だわ!」
二人の口喧嘩には、もう正篤もすっかり慣れていた。
仙吉(せんきち)夫婦も向こうで笑いながら見守っている。
――何だってんだ、こっちのほうがよっぽど見せ物だぜとばかりに、悠二郎はもやいを解き、棹(さお)を使って舟を川へと押し出した。
もうよかろうと、艪臍(ろべそ:艪を固定する部分)を締めようとしたが、その留め具が取れてなくなっていることに気づいてうなった。
「どうしたの? 漕がないの、悠ちゃん?」
河岸からおみつがそう叫んだ。
その年は、舟仙(ふなせん)の家で本当によく遊んだ。
大神楽(だいかぐら)だとか、講釈師だとか、手品師だとか、落語(おとしばなし)や俗曲(ぞっきょく)といった芸人たちを呼び、二階の部屋をつなぎあわせて近所の人々も招き、みんなでにぎやかに見物した。
――それまでにも浅草寺の奥山で、そういった見せ物はたいてい見ていたが、お座敷に来る芸人たちの芸はまたひと味違っていて、正篤はものすごく楽しそうな様子だった。
六

上屋敷へ帰る日が近づいてくると、おみつは悠二郎と二人きりになったとき、探るような目で彼を見ながらこう言った。
「なんだか今年は様子が変ねえ。いつもと違って、信(しん)さんをやたらに大事にするし、外に出てもあんまり乱暴なことしないじゃない?」
「お前なんぞの知ったこっちゃねえよ!」
「信さんだって迷惑そうだったわよ。いつかあたしに、『今年は悠ちゃんが変なんだ、へんにうるさくするんだよ』って、そう言ってたわよ」
悠二郎はドキッとした。
おみつの探るような目から慌てて顔をそむけ、「よし、そんなこと言いやがったら、あいつめ……」などと言い繕ったものの、胸が塞がるような思いがして、おみつのそばから逃げ出した。
その年は十月になって、思いがけない国元(くにもと)への帰省の許しが出た。
参勤交代のいとまを除けば、正篤にとってはこれが初めての国入りだった。
まだ一、二年はそんな沙汰もないだろうと思っていたし、出発までの日数があまりにも少なかったので、家中(いえじゅう)は一時に目の回るような大騒ぎになった。
――正篤は悠二郎に、「こっちに残っていなさい」と言った。
お前を江戸から離すのは可哀そうだし、おみつも寂しがるだろう、などとも言ってくれた。
しかし悠二郎はてんで聞こうともせず、正篤にぴったりとついて出発した。
国元にはちょうど一年いた。
高い山が東と北に峰をつらね、城下の近くには流れの早い川が流れていた。
お城は丘陵の上にあり、森のような木々に囲まれていたが、地盤が高いので眺めは広くてダイナミックだった。
悠二郎はその景色には参ってしまった。
雪をかぶった山々の峰が鋭く尖ってはっきりと見え、雨風にさらされた灰色がかった、どこかうら寂しい町の家々、その向こうを流れる川の、早瀬のあたりのあざやかに白い泡、そして遠くへと広がる荒地や田んぼには、一日中とけない薄氷が張っている――どこを見てもそんな景色ばかりで、見るたびに江戸が恋しくなり、気持ちが沈んでいくのだった。
花田先生(はなだせんせい)とは、国に着くとすぐに会うことができた。
相変わらず色白の男前だったが、少し太って、態度もずっと穏やかになっていた。
――新泉(しんせん)と二人で一度遊びに来いと言われ、二人で訪ねてお昼をごちそうになったが、こちらへ戻るとすぐに結婚されたそうで、優しそうな奥さんと小さな男の子がいた。
「うん、よし、いいだろう。だいたいいつもどおりだ」
二人の様子を見て、花田欣弥(きんや)は微笑みながらそう言った。
新泉は知らぬ顔をしていたが、悠二郎はなんだか照れくさくなって自分の首をなでたり、空咳(からぜき)をしたりした。
「お前と新泉の二人に望みをかけている」
――以前、花田先生はそう言っていた。今の言葉は、きっとそれに繋がっているに違いなかった。
そうだとすればとんでもない話で、「そんなの無理です、それどころじゃありません!」と、その場から逃げだしたい気分だった。
国元にいた一年のあいだに、正篤の性格にちょっとした変化が起こった。
あとになって思い当たったことなのだが、国に帰るとすぐ菩提寺(ぼだいじ)の大竜寺(たいりゅうじ)へお墓参りに行き、それからも少し間を置いては、たびたびお寺を訪れていた。
その前後から、彼の気分にムラが出はじめたのだ。
ある日は陽気にケラケラ笑うかと思うと、またある日はひどく憂鬱(ゆううつ)そうに黙りこむ日が続く。
かと思えば、急に元気になって「鷹巣山(たかのすやま)へ遠乗りに行こう!」と言い出したりした。
――沈み込んでいるときの正篤は、顔つきまで暗く、青白く、眉をひそめて、まるで何か激しい痛みに耐えているかのような、苦しそうな表情になるのだった。「どうかなすったのですか、お体の具合でも悪いのではございませんか」
 あるとき悠二郎がそう尋ねてみた。
正篤は不意に驚かされたように、ぎょっとした目でこちらを見た。
それから唇をゆがめて笑い、首を振りながら言った。
「いや、なんでもない――大丈夫だ。郷愁(きょうしゅう)というやつなのだろうか、ときどき江戸へ帰りたくなるんだ」
「はあ、それは、しかしそれだけでございますか」
「お前は帰りたくないのか」正篤はそう言って、横のほうへ目をそらした、「――江戸へ帰って、また舟仙(ふなせん)へ行こう。みんな待っているだろうな、今ごろおみつは何をしているだろうか」
 悠二郎は胸が締めつけられる思いがし、ほっとすると同時に、せっかく忘れようとしている思い出を呼び起こさせられて、嫌な気持ちになった。
これもその頃のことだが、花田欣弥(はなだきんや)が『靖献遺言(せいけんいげん)』の講義をすることになった。
だいたい五十回ほどの予定で始めたのであるが、第一回目の講義を半刻(約一時間)ほど聞いたとき、正篤はとつぜん「ああ」という奇妙な、うめき声のような声をあげた。
――悠二郎はとっさに顔をあげたが、正篤は青ざめ、いつもよりもっと鋭く眉をひそめ、何とも言えない歪(ゆが)んだ表情をしているのを見た。
だが正篤は自分の声に自分でびっくりし、戸惑ったように、「いや、なんでもない、続けてくれ」こう言ったのであるが、そのあとでも講義を聞いている様子はなく、講義はそれきりでやめになってしまった。
――その後もときどき妙なことがあった。話をしていたかと思うと急にちぐはぐな返事をしたり、ふっと黙りこんでしまったり、いきなり外へ出ようと言い出したりして、まわりの者たちをとまどわせた。
けれどもそれは、たまに起ることだし、格別異常に見えるほどでもなかったので、悠二郎もたいして気にかけはしなかったのである。
江戸へ戻ったのは翌々年の三月であった。

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