初級翻訳・椿子物語 第5話

椿子物語

父が元気でいてくれたら、どんなにか喜んでくれるだろうかと思わずにはいられません。
明日は一番下の妹の入学式(小学一年生)でございます。
杞陽(きょうごくきよう)先生のお宅のぼっちゃんも、ちょうど同い年だったように記憶しております。
生野鉱山にいらした山口青邨(やまぐちせいそん)先生をお迎えしての句会は、夜の開催ですので帰りの汽車がございません。
とても楽しみにしていたのに、残念でございます。」
それから、椿子を受け取ったときの手紙には、こう書かれていた。
「たった今、椿子さんが無事に到着いたしました。
本当にありがとうございました。
不思議な運命の椿子さんが、今私の手にございます。
亡くなった父がいつも私にしてくれていたように、今私は椿子さんの髪を優しく撫でてやっております。」
そしてまた、二、三日経ってから手紙が届いた。
「近日中に杞陽先生にお願いして、昭子(あきこ)奥さまをお招きし、椿子さんの歓迎句会をひらきたいと存じます。
とても楽しみでございます。」
さらに、そのときの句会の結果を報告してくれた手紙には、次のような句が並んでいた。

ふくみたる酒にほのほの桃日和  とし子
椿子と叡子とふと似春の宵  香葎
逝く春の卓に椿子物語  昭子

 他にも三、四人の句が書かれてあった。
そうして、椿子をテーマにして詠んだ叡子さんの句はなく、代わりにこんな句があった。

夜桜にまじる裸木おそろしく  叡子

 そしてまた、こんな手紙も届いた。
「今、皆様を送り出したあとの部屋には、ただ椿子と私がいるだけでございます。
今回のことをきっかけに、再び句作する心を取り戻してくれた母のことを、とても嬉しく思います。」
香葎くんと、その奥さんのはる女さんからも、椿子句会のことを知らせる手紙が届いた。
また、杞陽くんからも手紙が届いた。
「本日、叡子主催の椿子歓迎会が催されました。
私はお留守番で、妻の昭子が出席いたしました。」
あとで電話がかかってきて、とても面白い句会だったとのことだった。
昭子は和田山で一泊してくるとのことだった。
この間、椿子をいただいたばかりの叡子さんに会った。
彼女はとても幸せそうだった。
私は山田徳兵衛くんにもこの出来事を知らせなければいけないと思いながら、まだそのままにしてしまっている。
私は、椿子をいったいどういう意味で叡子さんに贈ったのだろうかと改めて考えてみたけれど、やはりはっきりとした返答を自分ですることはできなかった。
ただなんとなく叡子さんに贈りたいという気持ちが湧いてきて贈ったのだった。
こうして椿子歓迎会が催され、京極昭子さんまでがそれに参加されたと聞くことも、また、叡子さんのお母さんのとし子さんもそれがきっかけで再び句作の心を取り戻されたと聞くことも――それが私の叡子さんに贈ったときの気持ちとぴったり合っていようと、あるいは違っていようと――私にとっては大きな喜びでなければならなかった。
ある用事のために上京した杞陽くんは、その用事をすませたあと、一日だけ暇を作って鎌倉の私の草庵を訪ねてくれた。
話は自然と椿子のことにも及んだ。
そして、叡子さんに頼まれていた短冊を取り出して、そこに句を書くようにと言ってきた。
私は短冊に、

椿子と名付けてそばに侍らしめ
椿子に絵日傘持たせやるべきか

と書き、さらに椿の句も二、三首認めた。
杞陽くんは叡子さんに代わって丁寧に礼を言い、それらを風呂敷に包んだ。
その様子がなんだかおかしかった。
「なんだか恋の使いのようですね」
と私が笑うと、
杞陽くんも「若い娘さんからの使いですからね」と言って笑った。
椿子を入れるためのガラスの箱を、その少し前に山田徳兵衛くんが送ってくれていたのだが、それはまだそのままにしてあった。
それはまだ叡子さんに送っていなかったのだった。
「こわれものだから、誰かいい機会があったときにお願いしようと思っているんだよ」と私は話した。
杞陽くんは「私が持って行ってもいいのですが、ほかに重い鞄も持っていますからね」とちょっとためらっていた。
それでも、「そのガラスの包みを見せてくれ」と言ったので、私はそれを取り出して見せたのである。杞陽くんはそれを見て、やっぱり自分が持って行くことにしますと言った。
重い鞄のほかにそのガラスの箱を提げて玄関を出る時には、「恋の重荷」というような感じがしたそうだ。
それから、米原駅から出された鉛筆書きの葉書が届いた。
「椿子の箱、只今伊吹山麓を通過。
五月二十五日朝、米原駅、京極杞陽」

コメント

タイトルとURLをコピーしました