すると、水夫が恐ろしい力で賢吉君の肩を押さえて、そこへ座らせてしまいました。
「ウフフフ、君を捕って食うわけじゃない。じっとしていればいいんだ。あれらは急ぎの用事があって、これから出かけるんだからね」
そのものが、もう全身を現してこちらへ近づいてきます。それは、あのおそろしい「鉄の人魚」でした。人間と同じくらいの大きさの、鉄のウロコの怪物。頭から背中にかけて鉄のトサカのような鋭いギザギザがあり、目は青く光って、口は耳まで裂け、そこから二本の牙がニューッと覗いています。その怪物が、鉄の手で岩の上を這ってくるのです。ワニのような長い尻尾がついていますが、その尻尾の下に短い足のようなものがあり、二本の手と、その足とで自由に這い回るのです。賢吉君は岩壁にぴったりと身を寄せ、怯えきった様子でその怪物を見ていましたが、怪物の方は賢吉君など目もくれず、目の前を通り過ぎてほら穴の外へと出ていってしまいました。
すると、またほら穴の奥で何かが動く気配がしました。
ハッとしてその方を見ると、さっき出ていったのとまったく同じ鉄の人魚が、もう一匹、のっそりとそこから出てくるではありませんか。
いや、一匹だけではありません。
次から次へと、同じ怪物がまるでアマゾン川のワニの行列のように、ぞろぞろと出てくるのです。
賢吉君はあまりのことに気が遠くなり、数を数えることすらできませんでした。
実際には、八匹の鉄の人魚が賢吉君の前を通り、ほら穴の外へ出ていったのです。
まるで恐ろしい夢を見ているようでした。
鉄の人魚は一匹だけだと思っていたのに、こんなにたくさん、ほら穴の中に隠れていたのです。
そして彼らは、ぞろぞろとどこかへ出ていきました。
一体、何が起きようとしているのでしょう。
あの怪物たちは、もしや『ハヤブサ丸』の金塊引き揚げ作業を邪魔しに出かけたのではないでしょうか。
あんなにたくさんの怪物が海の中で暴れ回ったら、一体どんなことになってしまうのでしょう。
賢吉君がもう考える力も失い、ぼんやりとしていると、水夫が肩をつついて言いました。
「さあ、奥へ行くんだ。首領がお待ちかねだぞ」
と、妙なことを言うのです。
「首領」とは、一体何者でしょう。
賢吉君はそのまま水夫に連れられ、ゴツゴツした岩の上を歩いてほら穴の奥へと進みました。
曲がりくねったほら穴をしばらく進むと、急にパッと明るくなりました。
そこはほら穴が広くなっており、岩に囲まれた部屋のような場所でした。
立派な彫り物のあるテーブルがあり、その上に西洋風の燭台が置かれ、三本のロウソクが燃えています。
テーブルの横には、同じく彫り物のある大きな椅子があり、全身真っ黒な恐ろしい人物が腰かけていました。
黒いビロードの頭巾をすっぽりと頭からかぶっています。
その覆面の目と口の部分だけが三角形に切り抜かれており、その穴の中から不気味に光る目がじっとこちらを見ています。
体には同じく黒いビロードのマントのようなものを羽織っていました。
これが「首領」なのでしょう。
「宮田賢吉を連れてきました」
水夫がうやうやしくお辞儀をして言いました。
「うん、よくやった。やはり樽に詰めたのか」
真っ黒な怪物が、太いしわがれ声で尋ねます。
「はい。ハヤブサ丸の水夫に化けて、こいつを樽に詰め、それから潜航艇に縛りつけてここまで引っ張ってきました。船の連中は潜水作業に夢中で、誰も気づいたものはいません」
「よし、よし、うまくやった。これで大丈夫だ。……おい、賢吉君、何もそんなに怖がることはない。君は大事な人質だからね。ここで遊んでいればいいのだ。君のお父さんがわしの言うことを承知したら、君を返してやるよ」
黒い怪物は、覆面の切り抜かれた口から、猫なで声でそう言いました。
賢吉君は思い切って問い返しました。
「お父さんに何をさせるのですか。どうしたら僕を返してくれるのですか」
すると黒い怪物は、ウフフフと気味悪く笑いました。
「それが聞きたいのか。なかなか勇気のある坊やだね。それはね、『大洋丸』の金塊を全部、わしによこせという頼みだよ。その頼みを聞いてくれたら、君を返してやるのだ。それまではここにじっとしているんだよ」
ああ、賢吉君は恐ろしい人質にされてしまったのです。
それにしても、この黒い怪物は一体何者なのでしょうか。そして賢吉君の運命はこれからどうなっていくのでしょうか。また、さっきほら穴を出ていった八匹の鉄の人魚は、一体どんな恐ろしいことを始めようとしているのでしょうか。
消える魚形艇
ハヤブサ丸では、ようやく準備が整い、五人の潜水夫が散らばった金塊を集めるために海の底へ下りていきました。
もう夜の八時ごろで、海は真っ暗です。
鉄の網もロープを付け替えて、潜水夫といっしょに沈めました。
水中電灯を下げた五人の者たちは、海底にある金塊の箱を見つけだしては、その鉄の網の中へ運び込むのです。
一時間もかかって、ようやく八つの箱を鉄の網に入れることができました。最初に網に入れた箱は十五ありましたが、そのうちの七つは、沈むときに壊れてしまい、中の金塊がバラバラになって海底の砂の中に埋まってしまったため、すぐに見つけ出すことができませんでした。
そこで、とりあえず残った八つの箱を網に入れると、潜水夫のひとりが潜水ヘルメットの中にある電話を使って、まずはそれを引き上げるように『ハヤブサ丸』へ伝えました。
『ハヤブサ丸』の甲板では、その連絡を受けると、鉄の網につながれたロープを機械でぐんぐんと引き上げました。
今度は先ほどのような巨大なカニも現れず、八つの箱は無事に甲板へと引き揚げられたのです。
海底に残った五人の潜水夫は、次にバラバラになって砂に潜り込んでしまった金塊を探し始めました。
海底にあるのは砂ばかりではありません。昆布のような海草がたくさん生えているため、その中へ沈んだ金塊を探し出すのは、大変な骨が折れる作業でした。
しかし、五人は一つでも多く見つけ出そうと夢中になって、真っ暗な海底を歩き回りました。
水中ライトはいくら明るくても三〜四メートル先までしか照らさないので、まるで墨汁の中を歩いているようなものです。
仲間の潜水夫の姿さえ、少しも見えません。ぼーっと光る水中ライトがあちこちで動いているだけで、人の形までは見分けられないのです。
ふと気がつくと、向こうの方から二つの丸い光が、ものすごい速さで近づいてきました。
水中ライトではありません。もっと強い光です。それがまたたく間に、すぐ目の前まで迫ってきました。
「あっ、魚形潜航艇だ!」
ひとりの潜水夫が、思わず叫びました。
その声が、『ハヤブサ丸』の甲板にある受話器に響きました。甲板で受話器を耳に当てていた技師は、その叫び声を聞くとすぐに船長へ伝えました。船長は無線技師に対し、味方の潜航艇へそのことを知らせ、敵の魚形艇を追い払うよう命じました。
海底では、魚形艇が潜水夫たちのすぐ前まで近づいていました。ギラギラと光る二つの目玉が周囲をぼーっと照らしているおかげで、魚形艇の全体の姿がおぼろげながら見分けられます。
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