初級翻訳・海底の魔術師 第18話

江戸川 乱歩

潜水夫たちはそれを見たとき、あまりの恐ろしさに体がしびれたようになって、叫ぶことも逃げ出すこともできなくなってしまいました。
魚形艇の長い背中には、見るも不気味な化け物が重なり合ってへばりついていたのです。それは八匹の鉄の人魚でした。まったく同じ形の、あのおぞましい怪物がウジャウジャと固まっていたのです。

魚形艇はスーッと頭を下げて、海底ギリギリまで降りてきました。すると、その背中に固まっていた八匹の怪物が、ぴょいぴょいと海底に飛び降りたのです。そして巨大なワニのような格好で、潜水夫たちの方へ這い寄ってくるではありませんか。
「わーっ、引き上げてくれ! 鉄の人魚がやってきた。早く、早く!」
五人の潜水夫たちが口々にわめきました。その声が、『ハヤブサ丸』の受話器にガンガンと響きます。技師は急いで機械係に引き上げの合図を送りました。ガラガラとロープが巻き上げられます。やがて五人の潜水夫は、ほうほうの体で船端に這い上がってきました。そしてヘルメットを脱がせてもらうと、海底での恐ろしいありさまを詳しく報告しました。

いっぽう、味方の潜航艇は『ハヤブサ丸』から無線の命令を受けて、すぐさま潜水夫たちが潜っている場所へと急ぎました。そこへ到着したときには、ちょうど八匹の鉄の人魚が海底に降り立ったところでした。
敵の魚形艇は、早くもこちらの潜航艇に気づいて、いきなり逃げ出しました。ギラギラ光る二つ目玉の怪魚と、それを追う三つ目玉の潜航艇。両方とも全速力で海の底を走ります。
海底の魚たちも、時ならぬ巨大な怪物の襲来にあわてふためいて逃げまどいます。それが二つの潜航艇のヘッドライトに照らされて、金色や銀色にチラチラと美しくひらめくのです。

二つの艇の間は五十メートルほど離れていました。逃げる魚形艇は岬の海岸の方へまっしぐらに走っていたのですが、もう少しで海岸に届きそうになったところで、ふっとその姿が見えなくなってしまいました。
二つの目玉のライトを消したのだろうと思い、こちらのヘッドライトでその辺り一帯をくまなく探しました。でも、あの大きな魚形艇は影も形も見えません。まるで海水に溶けてしまったかのように、跡形もなく消えうせてしまったのです。
その辺りの海底はデコボコした岩ばかりで、中には小山のように大きな岩もそびえ立っていました。敵はその岩の陰に隠れているのではないかと、長い時間をかけてぐるぐると探し回りましたが、どこにも見当たりません。
あんなに大きな魚形潜航艇が、そう簡単に隠れられるはずはありません。まるで幽霊のように消えてしまったとしか考えられないのです。
仕方がないので、味方の潜航艇はそのことを『ハヤブサ丸』に無線で知らせ、そこから引き揚げることにしました。

それにしても、魚形潜航艇はいったいどうしてしまったのでしょう。あんなに大きなものが、海底の砂の中へ潜り込めるわけもありません。昆布などの海草の林も、潜航艇を隠すほど大きくはありませんでした。
もしや海面に浮き上がったのではないかと、こちらも浮上してみましたが、やはり影も形もありません。
海底の魔術です。あの鉄の人魚の怪物たちは、不思議な魔術を心得ていたのでしょうか。

**明智探偵の変装**

『ハヤブサ丸』の無線室では、味方の潜航艇から「敵の潜航艇が消えてしまった」という知らせを受けたばかりでしたが、驚く暇もありませんでした。やがて、どこからか妙な無線が入ってきたのです。
「ハヤブサマル、ハヤブサマル」
何度も呼び出しをかけてから、同じ文句を繰り返してきました。
「ミヤタケンキチクンハ、アズカッテイル。タイヨウマルノ、キンカイゼンブト、ヒキカエニ、ケンキチクンヲカエス。ショウチシナケレバ、ケンキチクンノイノチハ、ナイモノトオモエ。ヘンジマツ」

無線技師は、その内容を書き留めた紙を持って、甲板の船長のところへ飛んでいきました。
「何ですって? 賢吉君を預かっているだと? 宮田さん、賢吉君はどこにいるんです! 変な無線が届きましたよ!」
そこにいた宮田さんと明智探偵が、船長の手からその紙を受け取り、恐ろしい脅迫文を読み上げました。
「賢吉は、自分の船室へ行くと言って、さっき降りていったままですが……」
宮田さんが真っ青になってつぶやきました。
「では、船室へ行ってみましょう!」
明智はそう言うと、いきなり船室へ降りるハッチの方へ飛んでいきました。宮田さんもそのあとを追います。
しばらくして、明智探偵と宮田さんが慌ただしく甲板に駆け上がってきました。
「船室にはいません! 皆さん、賢吉少年がいなくなりました。手分けをして、船の中を探してください!」
明智が叫びました。

それから大騒ぎになり、船員たちはいくつもの組に分かれて船内のあらゆる場所を探し回りましたが、少年の姿はどこにもありませんでした。
「変ですよ。水夫の北川もいなくなっています。もしやあいつが……」
ひとりの船員が報告しました。
「そうだ! あいつが敵の回し者だったのかもしれない。賢吉君がひとりで船から姿を消すはずはないのだ」
船長が悔しそうに叫びました。
「魚形潜航艇の中へさらわれたのかもしれません。我々はみんな潜水の仕事で反対側に集まっていたので、もし敵の潜航艇が浮き上がって賢吉君を乗せていっても、誰も気づかなかったでしょうからね」
技師が自分の考えを話すと、みんなも「きっとそうに違いない」と納得しました。
「しかし、無線の返事をしなければ、賢吉がどんな目に遭うか分かりません。かといって、金塊を渡すわけにもいかないし……明智さん、どうしたものでしょうか」
宮田さんが青い顔をして明智に相談しました。

「明後日まで返事を待ってくれ、という無電を打っておくのです。その間に、私はちょっとやってみたいことがあるのです。ひょっとしたら、うまく賢吉君を取り戻すことができるかもしれません」
明智は自信ありげに言うのでした。
そこで船長は技師を呼び、明日まで返事を待つよう無線を打たせました。
「明智さん、やってみたいとおっしゃるのは、どういうことですか?」
船長が尋ねると、明智は思いもよらぬことを言い出しました。
「今夜のうちに、そっと上陸しようと思うのです。ボートでは敵に悟られる心配がありますから、潜航艇に乗って海岸に近づき、あとは岸まで泳げばよいのです。小林君を連れていきます。明日の昼前には帰るつもりですが、もっと遅くなるかもしれません。私が帰るまで、無線の返事は延ばしておいてください」

みんながいくら尋ねても、明智はそれ以上は何も話しませんでした。しかし、宮田さんも船長も、名探偵の腕前をよく知っていましたから、深くは追及せず、明智の上陸に賛成しました。
それを聞いた小林少年は大喜びです。先生と二人で潜航艇に乗り、冒険に出かけるのだと思うと、うれしくてたまらないのでした。ふたりが出発したのは、もう真夜中を過ぎた頃でした。
『ハヤブサ丸』からボートを下ろし、すぐそばに浮き上がっている潜航艇に乗り移りました。
艇はすぐに潜水して出発し、十分もかからずに海岸へ着きましたが、そのあたりは寂しい岩ばかりの場所で、桟橋もありませんから、横付けにすることはできません。

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