信雄君は死にものぐるいで勇気をふるいおこし、おずおずと二人のあとについていきました。
こんな風に書くと、二十面相の声が聞こえてから三人が奥の間に踏み込むまで、かなり時間がかかったように感じられるかもしれませんが、実際は一秒か二秒の、とても素早い出来事でした。
二十面相の不気味な声は、その間も途切れることなく続いていました。
「おい、明智くん、おれは愉快でたまらないんだよ。
うらみつもるきみの手下の子どもたちを、ひとりひとり、思う存分いじめ抜いて、しかもその上、ご褒美として立派な宝物まで頂戴できちゃうんだからね。
おれはこれからも、この割のいい商売をけっしてやめるつもりはないよ。
まだお礼を済ませていない子どもが、小林くんをはじめとして半分も残っているんだからね。
そしてそれが済んだら明智くん、いよいよきみの番だぜ。
おれはきみへのお礼は、いちばんあとまわしにするつもりなのさ。
できるだけ先延ばしたほうが、楽しみが大きいからねえ。
ワハハハ……。
明智くん、そのときになって泣きっつらをしないように、今から覚悟をしておくがいいぜ。」
明智は部屋に踏み込むと、何も言わずに声のする方へと懐中電灯を向けましたが、これが不思議、この部屋もやっぱりほかの部屋と同じようにがらんとしていて、二十面相の姿はどこにも見当たりません。
窓はしっかりと閉まっていますし、三人が入ってきたドアのほかに逃げ道や出入り口もなさそうです。
それに、何かのかげに隠れようにも、机も椅子も何一つ置いていないガランとした部屋ですから、身を隠す場所などどこにもありません。
三人は真っ暗な広い部屋の中をあちこ치と見回していましたが、やがて、小林少年が何かに気づいたのか、「あっ、あそこに誰かいます!」と小声で叫びながら、明智の手から懐中電灯を奪うようにして部屋の隅を照らしました。
すると、その丸い光の中に、妙なものが浮かび上がってきたのです。
それは、西洋の昔の甲冑(かっちゅう)でした。
頭を守る兜も、体を守る鎧もぜんぶ鉄でできていて、絵本に出てくる騎士が着ているような、鈍い銀色の甲冑が、まっすぐに立った姿で飾られていたではありませんか。
部屋の隅っこにあったので、今まで全然気づかなかったのです。
家具なんて何一つないはずのガランとした部屋に、思いもよらない西洋の鎧がぽつんと一つ置いてあるのは、本当にゾッとするほど不気味な光景でした。
それを見ると、明智探偵はその飾り物を詳しく調べるためにスタスタと前へ進みましたが、鎧から一メートルほどに近づいた、そのときでした。
またしても、あの笑い声が、広い部屋じゅうにものすごい反響を立てて鳴り響いたのです。
その声があまりにも大きかったため、明智探偵は思わず一歩あとじさりをしました。
すると、笑い声はピタリと止まりました。
そして、ふたたび鎧に近づこうとすると、まるでそれを待ちかねていたかのように、再び不気味な笑い声が響きはじめるのです。
いったい、その声はどこから聞こえてくるのでしょうか。
どうやら、あの鎧の中から聞こえているようです。
しかも、兜やほお当てですっぽり隠された、その顔の部分から聞こえるようなのです。
ああ、なんと、ただの飾り物であるはずの鎧が、自分自身で笑っているのです。いや、鎧が笑ったりしゃべったりするなんて、そんなはずはありません。
もちろん、その中には人間が入っているのです。
ただの飾り物なんかじゃなくて、人間がしっかりと鎧を着て、兜をかぶって立っているのです。
それはいったい誰なんでしょう?
言うまでもなく、あの怪人・二十面相に違いありません。
そう気づいた明智探偵は、サッと身構えて、その「甲冑のお化け」をキッとにらみつけました。
小林少年と信雄君は、思わずお互いの手をギュッと握りあい、ピタッと身を寄せ合いました。
鎧は今にも歩き出すに違いありません。
そして、腰に下げた剣を抜いて、いきなり三人に切りかかってくるのではないでしょうか……!
いや、しかし、そんなありふれた真似をする二十面相ではありません。
あの鎧の中に、もっととんでもない恐ろしい罠を隠しているかもしれないのです。
明智探偵は身構えたまま、またしてもジリジリと鎧の方へ近づいていきました。
そして、ある一定の距離まで近づくと、鎧はじっと突っ立ったまま、ゲラゲラと笑い出したのです。
しかし、明智探偵は今度は一歩も後ろへ下がらず、その場にふんばったまま、じっと相手をにらみつけていました。
すると、二十面相のほうも、まるで「どちらが先にまばたきするか」の根比べのように、少しも身動き一つせず、笑い続けています。
あんなにずっと笑い続けられるものかと思うほど、途切れることがなく、さもおかしくておかしくてたまらないといった様子で声を響かせているのです。
いったい、これはいったいどういうことなのでしょう?
二十面相は、ついに頭でもおかしくなってしまったのでしょうか?
ところが、そのすぐあとで、さらにギョッとするような信じられないことが起こりました。
二十面相ばかりか、あろうことかあの明智探偵までが、まるで狂気がうつってしまったかのように、いきなり声をあげてゲラゲラと笑い出したではありませんか!
信雄君は、あまりの気味の悪さに、ブルブルとふるえあがってしまいました。
「先生、いったいどうなされたんですか! 何がおかしいんですか!」
たまらなくなった小林少年が、明智探偵の腕にしがみついて叫びました。
しかし、明智は笑うのをやめません。
それどころか、ますます大きな声を立てて、おなかをかかえて大笑いし続けるのです。
「アハハハ……! いやあ、実におかしい! 小林君、ぼくたちは『かかし』におどかされていたんだよ。ここにはね、ぼくたちのほかに誰もいやしないんだ。この家は、完全なもぬけの殻の空き家なのさ!」
ああ、ついに明智探偵も頭がおかしくなってしまったのでしょうか?
現にさっきまで二十面相の恐ろしい声を聞いていたというのに、「ここには誰もいない」なんて、どうしてそんなことが言えるのでしょう?
「でも、先生、その鎧の中に誰かがいるじゃありませんか!」
小林君が、先生を正気に戻そうと必死になって言いました。すると明智は、またしてもケラケラと笑いながらこう言ったのです。
「ハハハ……、ところがね、その鎧の中には何にもいやしないのさ。キミはまだ気づかないのかね? よし、それじゃあ、ひとつぼくがその『声の主』を見せてあげよう!」
明智探偵は変なことを言いながら、もう何の警戒もせず、スイスイと鎧のそばへ近づくと、いきなりその兜をパカーンとはねのけました!
兜はまるで首を切られたかのように、コロコロと床の上を転がっていきましたが……なんと、そのあとには何も入っていないことがわかったのです。
つまり、その鎧は首のない胴体だけなのに、相変わらずケラケラと笑い続けているのです!
お化けです! 首がなくても声の出る、恐ろしい化け物です!
しかし明智はそんなことにお構いなく、今度は鎧の胴体を両手で抱きかかえるようにして、スポッと上に引き抜きました。
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