初級翻訳・海底の魔術師 第22話

江戸川 乱歩

ジャックが鍵で牢屋の戸を開けると、二人はその中に足を踏み入れました。
中を見ると、賢吉少年が岩部屋の隅っこに、うつむいてうずくまっています。
二人が入ってきても、少年は身動き一つしません。
眠っているのか、それとも死んでしまったのかと思えるほどです。
首領はツカツカとそばに歩み寄ると、うつむいている賢吉君の頭をおさえて、グイッと顔をあおむけました。ところが、その顔を一目見た瞬間、
「あっ!」
と声を上げて、タジタジと後ろへ飛び退きました。
それは人間の顔ではなかったからです。
ジャックもそれを見てびっくり仰天しています。
二人はなぜそんなに驚いたのでしょうか。
それは生きた人間の顔ではなく、マネキンの顔だったからです。洋服屋さんのショーウィンドーに飾ってあるような、子供の人形の顔だったのです。
首領は人形だとわかると、腹立たしげにひきちぎるように上着を脱がせました。すると、体の中身はワラの束であることがわかりました。
ワラの束に洋服を着せて、賢吉少年に見せかけてあったのです。
「賢吉のやつ、こんな人形でごまかしておいて、やっぱり逃げ出したんだな。ちくしょうめ!」
首領はいきなりワラの束を引きずり出して、足で踏みつけました。そのはずみで人形の首がポロリと取れてコロコロと転がり、まるで少年が首を切り落とされたかのように見えました。
それにしても、人形の首やワラの束は、一体誰が持ってきたのでしょう。また、人形に服を着せて逃げ出した賢吉少年は、今は一体何を着ているのでしょう。
首領は不思議でたまらないという顔つきで、首をかしげました。

しかし、読者の皆さんならよくご存じですね。
賊の手下であるジャックに化けた明智探偵が、ハヤブサ丸から人形の首やワラの束を牢屋の中に持ち込み、賢吉君の服をそれに着せたのです。そして、本物の賢吉君には小林少年が着ていた漁師の子供の服を着せ、明智探偵自身も漁師の着物を着て、本物の賢吉君は船に乗せてハヤブサ丸へと連れ帰ったのでした。
ですから、洞窟の中をチラチラと姿を見せている子供は、賢吉君ではなくて小林少年なのです。小林少年が賢吉君の服を着て、なりすましているのです。
しかし、賊の首領は何も知りません。洞窟の中が暗いことと、明智探偵の変装があまりに上手なために、首領は目の前の男を本物のジャックだと信じ込んでいるのです。

「よし、俺が自分で賢吉を捕まえてやる。まだ洞窟の中にいるに違いない。ジャック、お前も手伝え!」
首領は牢屋を出ると、真っ暗な岩のトンネルの中をグルグルと歩き始めました。ジャックが後ろから懐中電灯を照らしてついていきます。
しばらく歩いていくと、向こうの方を小さな黒い影がサッと横切るのが見えました。
「や、いたぞ! あれが賢吉に違いない。もう逃がさないぞ!」
覆面の首領は黒いマントをひるがえして、その方へ走り出しました。ジャックも後に続きます。
「いる、いる! あそこを走っている。確かに賢吉のやつだ!」
首領は一段と足を速めました。子供と大人ですから、かけっこでは勝てません。追うものと追われる者の距離は、みるみるうちに縮まっていきました。
ああ、危ない! 賢吉君になりすました小林少年は、今にも捕まってしまうのではないでしょうか。

「あっ、あいつ階段を上っている。洞窟の外へ逃げ出す気だな!」
首領が走りながら、いまいましそうに叫びました。その石の階段の上には、例の陸上に開いている小さな穴があるのです。
首領は飛びつくように階段へ駆けつけ、下から少年の服をつかもうとしました。あと三十センチほどで手が届きそうです。
しかし、少年のほうがすばしっこかったのです。彼は地上への出口にある、草の生えた固い土のかたまりを押し退けると、パッと穴の外へ飛び出しました。
覆面の首領はすぐその後から穴の外へ顔を出しましたが、そこを一目見るなりハッとして、慌てて首を引っ込めてしまいました。
穴の外に恐ろしいものがいたからです。
いつの間にやってきたのか、穴の外の林の中に、制服の警官たちが五、六名ずらりと並んで、こちらをにらんでいたのです。
賢吉君になりすました小林少年は、その警官たちの真ん中に挟まれて、ニコニコして立っていました。
「大変だ! 警官が来た! ジャック、逃げるんだ。早く逃げるんだ!」
首領は大急ぎで石の階段を駆け下りると、ジャックの背中を押すようにして、洞窟の奥の方へ駆け出しました。
二人はグルグルと曲がりくねったトンネルの中を、死に物狂いで走りました。そしてたどり着いたのは、海の方に近い広い洞窟でした。そこには、あのおそろしい八ぴきの鉄の人魚が、ウジャウジャかたまって、すんでいるのです。

怪獣の秘密

ひろい洞窟の中を八ぴきの鉄の人魚が、オリの中の野獣のようにかたまっていました。鉄でできた、おそろしい顔に、リンのように青くひかる大きな目、口は耳までさけて、そのくちびるのあいだからニューッと牙がつきだしています。全身に、鉄のウロコがはえ、頭から、背中にかけて、するどい鉄のトサカのようなギザギザがつづいています。胴体としっぽは、ワニとそっくりで、それが、やっぱり鉄でできています。大きさは、人間のおとなよりも大きいのです。一ぴきでもおそろしいのに、そういう怪物が八ぴきもウジャウジャかたまっているのですから、そのぶきみさは、想像もできないほどです。

ふくめんの首領は、ジャックの持つ懐中電灯の光をたよりに、その怪獣のいわやへ、はいっていきました。そして、鉄の人魚たちにむかって、大きな声で、命令しました。

「おまえたち、よくきけ。陸の入口から、いまに警官がふみこんでくる。おまえたちは、とちゅうまでいって、あいつらを、攻撃するんだ。ひとりのこらず、穴の外へ、おい出してしまえ、そして、穴には中から大石をつめて、二度と、はいってこられないようにするんだ。わかったか。さあ、みんないっしょに、でかけるんだ。」

鉄の怪物どもは、首領の命令を、だまって聞いていました。そして、しばらくのあいだ、シーンと、しずまりかえっていたかとおもうと、やがて、「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ」というたくさんの鉄が、一度にすれちがうような、おそろしい音がおこりました。鉄の人魚どもが、声をそろえて笑っているのです。

「こらっ、おまえたち、どうしたというのだ。おれがわからないのか。なぜ笑うのだ。なぜ、おれの命令にしたがわないのだっ。」

首領が、おそろしい声でどなりました。しかし、鉄のすれあう音は、しずまるどころか、ますます、はげしくなっていきます。怪獣は、首領をばかにして、いつまでも、笑いつづけているのです。

「きさまたち、気がちがったなっ。よし、おもいしらせてやる。」

首領はいきなり、くつばきの足をあげて、すぐそばにいた、一ぴきの人魚の顔をパッとけりました。すると、にわかに、「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ」という音が、ものすごいちょうしにかわって、八ぴきの鉄の人魚が、四方から、首領をめがけて、おそいかかってきました。

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