「おや、変な子どもが来たな」と思ってよく見ますと、その子どもも顔を黒く塗っていましたが、どこかに小林君の面影がありました。
やっぱり小林少年の変装姿だったのです。
「あっ、小林さん……。」
賢吉少年は、また叫ばずにはいられませんでした。
明智探偵は用意していた鍵を取り出して牢屋の格子の戸を開け、小林少年と二人で中へ入ってきました。
「賢吉君、無事でよかったね。」
小林少年は、いきなり賢吉君に抱きついていきました。
賢吉君も小林少年にとりすがって、まるで久しぶりに会った兄弟のように抱き合ったまま、いつまでも離れないのでした。
「賢吉君、これから君を助け出すのには、いろいろなトリックを使わなければならない。なかなか難しい仕事なんだよ。それに、ぐずぐずしていて敵に見つかったら大変だから、大急ぎでやらなければならない。詳しい話はあとですることにして、すぐにトリックに取りかかるよ。まず、君は小林君と服を取り替えるんだ。」
明智探偵はそう言って、自分も手伝って手早く二人の服を取り替えさせました。
つまり小林君は学生服を着て賢吉君になりすまし、賢吉君は小林君が着てきた漁師の子どもの着物を着たのです。
着替えが済むと、明智はふところから濡れた手ぬぐいを出して、ススを塗った小林君の顔をきれいに拭き取り、その汚れた手ぬぐいで賢吉君の顔をなで回しました。
すると、今まで汚かった小林君の顔がきれいになり、きれいだった賢吉君が、日に焼けた漁師の子どもに早変わりしてしまいました。
「賢吉君はわたしと一緒に、陸の方に開いている穴から逃げ出して、船に乗ってハヤブサ丸に帰るんだ。わたしもこの服を脱いで漁師の着物を着るから、漁師の親子が船に乗っていると思って、誰も疑わないのさ。」
明智はそう言って、さっき左手にかかえていた大きな風呂敷包みを、賢吉君になりすました小林少年に渡しました。
「いいかい。これでうまくやるんだよ。わたしはすぐに帰ってくるからね。それまで、君の腕前でうまく敵をあやつっておくのだよ。」
「はい、大丈夫です。きっとうまくやります。」
小林君は元気に答えました。
それから明智探偵は格子の外に出て、その近くの岩穴の中に隠しておいた漁師の着物に着替え、賢吉少年を連れて、岩のトンネルをぐるぐる回りながら、陸地に開いている例の小さな穴の方へ急ぐのでした。
それからしばらくすると、賊の洞窟の中に、なんだか得体の知れない奇妙なことが起こりました。
賊の手下の一人が懐中電灯を持って岩のトンネルの中を歩いていますと、向こうの方に黒い人影のようなものがチラッと動くのが見えました。
なんだかひどく背の低い、子どもみたいなやつです。
賊の手下は「おやっ」と思って立ち止まりました。
「あんな小さなやつは仲間にはいないはずだ。ひょっとしたら、賢吉のやつが格子を破って逃げ出したのじゃないかしら。」
もしそうだとすれば、大変です。その男はカッとなって、いきなりその黒い人影を追いかけました。
「おい、そこにいるのは誰だ。待てっ、待たないか!」
懐中電灯を振り回しながら走りましたが、小さな人影はまるでリスのようにすばしっこく、迷路のような洞窟の中をぐるぐると逃げ回るので、とうとう見失ってしまいました。
「チェッ、すばしっこい奴だ。だが、もしあれが賢吉だったとすれば、牢屋の格子の中が空っぽになっているはずだ。よしっ、それを確かめてみよう。」
男はそう思って、牢獄の方へ急ぎました。そして格子の外に立つと、懐中電灯で中を照らしてみましたが、不思議なことに賢吉少年はちゃんとそこにいたではありませんか。岩部屋の向こうの隅っこに、首をうなだれてじっとうずくまっているのです。男は中に入って調べてみようと思いましたが、格子の戸には大きな錠前がついていて、鍵がなくては開けることができません。その鍵は、明智探偵が化けているあのジャンパーを着た賊の手下が持っているのです。そこで男は、その手下を探すために、みんなのいる広い洞窟の方へ駆け出しました。
岩のトンネルを走っていますと、またしても向こうの闇の中に、小さい黒い人影がチラッと見えました。急いでその方に懐中電灯を向けます。するとパッと曲がり角の向こうへ姿を隠しましたが、そいつは賢吉少年とそっくりの学生服を着ていました。背の高さも同じです。男はまるで夢でも見ているような変な気持ちになりました。賢吉少年が二人になったのです。一人は鍵のかかった格子の中にうずくまっている。もう一人は、洞窟の中を自由自在に駆け回っている。こんな不思議なことはありません。男はなんだか気味が悪くなってきました。
そこでその男は、いきなり黒覆面の首領の部屋へ駆け込んでことの次第を告げました。すると首領は、みんなで鍵を持っているジャックを探すように命令しました。しかし、賊の手下たちが手分けをして三十分ほども洞窟の中を探し回っても、その奇妙な子供も、ジャックも、どうしても見つからないのでした。
その捜索が無駄に終わり、また三十分ほど経った頃でした。ひとりの手下が首領の部屋に駆け込んできて、あわただしく報告しました。
「首領、来ました、来ました。賢吉の係のジャックの奴が、どこからかヒョッコリ帰ってきました。今ここへやってきます。」
ジャックというのは、牢獄の格子の鍵を持っている男のあだ名です。その報告が終わるか終わらないうちに、首領の部屋の入り口へジャックがスーッと姿を現しました。ジャンパーにカーキズボンの、あの男です。
首領はジャックをテーブルの前に呼びつけて叱りつけました。
「ジャック、どこへ行っていたのだ。お前を探し出してから、もう一時間にもなるぞ。一体、そんな長い間どこへ遊びに行っていたんだ。」
首領の前に立ったジャックは、ニヤニヤ笑って頭をかきました。
「村へ行って、漁師の家でごちそうになったもんだから、つい遅くなって……。」
「なんだと? 村へ遊びに行った? 用事を済ませたらすぐ帰れと、あれほど言ってあるじゃないか。漁師なんかと付き合って、この隠れ家を感づかれたらどうするんだ。」
「へえ、申し訳ありません。これから気をつけます。」
ジャックはうつむいて、神妙にしています。
「お前は牢屋の鍵を預かっているんだろう。その牢屋に変なことが起こったのだ。賢吉の奴が牢屋を抜け出したらしい。洞窟の中にチョロチョロと姿を現すのだ。だが、あの子どもはいつの間にそんなにすばしっこくなったのか、みんなが追いかけてもどうしても捕まらないのだ。ところが牢屋へ行って格子の中を覗いて見ると、賢吉はちゃんとその中にうずくまっている。なんだかわけがわからないのだ。みんなは賢吉が二人になったと言っている。だが、そんな馬鹿なことはない。どちらかが偽物なんだ。それで、牢屋にいる賢吉を調べようとしたが、牢屋の戸を開く鍵がない。鍵はお前が持っているからだ。さあ、すぐに牢屋を調べてみよう。まさか鍵をなくしはしまいな。」
「へえ。それはちゃんとここに持っております。じゃあ、牢屋へお供しましょう。」
ジャックはそう言って先に立ちました。覆面に黒マントの首領は、そのあとからついてきます。二人は真っ暗な岩のトンネルを通って、牢屋の前に来ました。
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