初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第8話

小栗 虫太郎

それは、現場が扉と鍵によって閉ざされていたにもかかわらず、潜航艇の中をくまなく探しても、八住を刺したはずの凶器がどこにも見つからなかったことです。
しかも周囲は厚い装甲で守られており、その外側は海なのですから、現場はまさに「三重の密室」と言えるのではないでしょうか。

ウルリーケは当時の状況を詳しく説明しましたが、それは非常に的確な対応でした。
彼女は、犬射復六の手で扉が開かれたとき、そのすぐ前にある扉がまだ開かれていなかったことを確認していました。
その後、機関部員の手によって、彼女自身をはじめ三人の盲人たちにも身体検査が行われたこと、さらに時刻が五時三分であったことまでも伝えました。しかし、ウルリーケはそこに言葉を添えてこう言いました。

「それに、まだ腑に落ちないことがあるのです。
というのは、まだ扉が開かれる前のことですが、確かにヴィデさんの声で『どうしてうろうろしているんだ。君たちは何を隠そうとしているのか』と、妙に落ち着いた、冷たくはっきりとした声が聞こえたのです。
ですから、あの部屋に入って夫の遺体を見た瞬間、私の目は、まるで約束されていたかのようにヴィデさんに向けられました。
すると、あの方だけは椅子の上で落ち着き払っていて、まるで『起こるべきことが起きたのだ』とでも言いたげな様子でした。とにかくヴィデさんだけには、夫の変死が何の驚きも与えなかったようなのです。
本当にあの方には、底知れない不思議なところがあるのですわ」

とはいえ、ウルリーケ自身も夫の死を嘆き悲しむような様子は微塵も見せませんでしたが、まもなく法水はその理由を知ることになります。
現場の部屋の扉は、鉄板で作られた頑丈な二重扉で、その外側には鍵穴がありませんでした。
これは万が一、有毒なクローリンガスが発生した際を考えてのことですが、もちろん開閉は内側から行う仕組みでした。
扉が開かれると、そこに満ちていた五色の陽炎(かげろう)から眩いばかりの光を受け、法水にはすでにそこが事件現場であるという感覚が薄れていました。
そのせいか、目の前に横たわる八住の遺体を見ても、カラフルな電灯で照らされた、残酷な人形芝居の舞台のようにしか思えませんでした。特に染められた髪は、老いた女形が塗る口紅のような印象を与え、この極彩色の場面をいっそう不気味で派手なものに見せていました。

ところがその時、法水は死体とは反対側に、一人の盲人が立っていることに気づきました。
それは詩人の犬射復六でしたが、その時、遺体に何かを見つけたのか、法水は振り返りざまに犬射を問い詰めました。
というのも、なんとも言えず薄気味悪いことですが、死後すでに十時間近くが経過し、傷口は厚い血の塊で覆われているはずなのに、そこから今もなお、どす黒い血液がこんこんと流れ出ているのです。
その瞬間、部屋の空気は凍りつくように冷たくなりました。
犬射は美しい髪を揺らしながら、比較的落ち着いた様子で答えました。

「なに、私なら今ここへ来たばかりですよ。艇員の方に手を引かれて……さあ、五分も経っていないでしょう。それに用事というのは、実は向こうの部屋にありましてね。ご存知の通り、乗り込むとすぐにこの騒ぎでしたから、艇長の遺品に触れる暇さえなかったのです。……え? 私が死体を動かしたのではないか、と? ああ、本当に……位置が変わっているのですか? 本当に、死体が……」

犬射の顔色はみるみる青ざめていき、まるで心の中に抱えていた幻が、目の前に現実として現れたかのように見えました。
その出血は、ほんの一、二分前から始まったらしく、ガラスの上に斜めの赤い筋を引いているにすぎませんでした。
しかし、死体の位置が変わったということは、以前の血の跡と比較すれば明らかでした。
最初は仰向けだったものをうつ伏せにしたために、出血が着衣の裾を伝って、体なりに流れたからです。
しかも傷口には厚い血の塊がこびりついており、死体の向きを変えた程度でそれが崩れるはずもありません。また、わずかな物音も見逃さない盲人の感覚をくぐり抜けて、誰かが気づかれずにこの部屋へ侵入することも不可能に違いありませんでした。

そう考えると、死体を動かしたのは犬射復六本人か、それとも……。となると、再びあの「鷹の城」遭難の夜の記憶が呼び起こされてくるのです。

「ぞっとするね。十時間も経った死体から、今さら血が流れるなんて……。だが法水君、結局犯人の意志が、あの血の跡に示されているのではないだろうか」

検事が指差したところを見ると、その前後二種類の血の跡が重なって、なんとなく「卍」の形に似ており、そこに真紅の紋章が浮かび上がっているように見えたからでした。
この暗く神秘的な事件の裏側には、その演出の仕方から言っても、迷信深い犯人の見栄が隠されているのかもしれません。しかし、法水は黙ったまま、その死体に目を落としました。
八住衡吉(やすみこうきち)は、肩章のついたぶかぶかの制服を着ていましたが、暑さのためかボタンを外していました。その顔には、ほとんど何の表情も浮かんでいません。
死後硬直がすでに全身にまわっており、右手を胸のあたりで苦しげに握りしめ、右膝を立てています。うつ伏せになっているせいか、伸ばした左足が太い尾のように見え、まるで巨大な爬虫類がそこに横たわっているかのような連想をかき立てました。
傷口は心臓の少し上あたりで、おそらく上行大動脈を切り裂いていると思われました。直径一センチほどの、円形の金属で刺されたような傷です。
そしてその周囲には、砕け散った検圧計(圧力計)の水銀が一面に飛び散っていました。それを見ると、八住は最初の一撃を受けた瞬間に、反射的か何かで検圧計を掴んだのでしょう。
そして、それを握ったままくるりと回転し、引きちぎった検圧計もろとも、背後に倒れ込んだのではないかと推測されました。
そう考えると、刺された位置が幸いしたのか、心臓を突き抜かなかったのは、犯人が突き損ねたのかもしれません。あるいは三人の盲人のうちの誰か……とも考えられます。しかし、一方で凶器がこの部屋のどこにもなく、というよりも、まるで魔法のように消え失せているという謎があります。その点に行き当たると、やはり盲人たちは、この血の絵に不気味さを添える、三つの添え物にすぎないように思われるのでした。

その時、隅にいる人たちに遠慮するような声で、法水は検事に囁きました。
「見てください、支倉(はせくら)君。これも、今までの事件の常識にはなかったことですよ」
そう言って検事に、赤い※のような形をしたドス黒いものを示しました。
それは、傷口を塞いでいた血の塊でしたが、その裏側を見て、検事は真っ青になりました。
「どうだ! 細い直線の溝があるじゃないか。
たしか針金か何かで、皮膚と平行に突っ込んだにちがいないよ」
「たぶんそうだろうと思います。
そうだとすれば、これほど手間のかかる細かい細工を、しかも犬射復六(いぬいふくろく)が目の前にいる中で、堂々と描き上げた者がいなければならないということになりますね。

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