もしその事実がバレてしまったら……ブルンヒルトなら、ジーグフリードを殺すことだってやりかねないだろうね」
「ああ、もう。君の推理につき合うと、どれだけ手間がかかるんだ」
検事は芝居がかったため息をつきましたが、ふと目を見開き、耳を澄ませました。
潮騒の音や海鳥の鳴き声に混じって、先ほど検事が耳にしたのと同じ音が聞こえてくるのです。隣の部屋の、どこか遠い端っこから伝わってくるその音は、足音のように聞こえたかと思えば遠ざかり、かすかに鋭い余韻を残します。それはまるで、私たちを無理やりどこかへ誘い込もうとしているのか、あるいは、何かを口にするのを邪魔しようとするような、不思議な力を持っていました。
しかし、やがて法水は新しいタバコに火をつけ、再び口を開きました。
「ところで、本の最後にある注釈を見ると、これについてもラハマン教授が疑いを投げかけているんだ。あの『隠れマント』は、氷の島で一度使われたきり、その後はどこへ行ったのか全く姿を消してしまった。支倉君、氷の島だよ。しかもその時、ブルンヒルトの目の前で使われて、それがきっかけで女王の悲劇的な運命が始まったんだ。ところが、この現代版『ニーベルンゲンの歌』において、その氷の島がどこかといえば……なんと、トリエステなんだよ」
「なんだって、トリエステ……?」
「そうなんだ。だから支倉君、トリエステで『隠れマント』をまとったジーグフリードとは、一体誰のことだと思う?」
「……すると君は、シュテッヘ大尉のことを言っているのか。あの男は生きながら、『鷹の城』の中で消えてしまったんだ……」
「いやいや、その名前を出すのはまだ早いよ。しかし、今わかっているのは、ジーグフリードがその『隠れマント』を自分でかぶったのではなく、ブルンヒルトに『かぶせられた』――という事実だけだ。それ以来、彼は地上から姿を消して、理屈では信じられないような生を続けている。そして時々、海の上に姿を現しては、今も七つの海をさまよっているんだよ。ねえ支倉君、あの神秘の扉を開く鍵は、『隠れマントをつけたジーグフリード』というこの暗号にかかっているのさ。いずれ防波堤の上で、君にその姿を見せてあげられる機会があるはずだよ」
検事には、もう言葉を返す気力も残っていませんでした。
ただ彼は、『ニーベルンゲンの歌』をめぐって、二つのメロディが同時に奏でられているような感覚に陥っていました。自分が推理を口にすると、法水はいつもその先を行き、二人の話は絶えず絡み合っていく。まるで、終わりなき迷路の中で、もがきながら突き進んでいるような気分でした。
すると法水は、それまでとは違うひたむきな表情をして、言葉を続けました。
「これは単なる妄想かもしれないけれど、実はある恐ろしい事実を知ってしまったんだ。だから、一人の人物の名前さえわかれば、すべてが解決する。ねえ支倉君、このモヤモヤとした底知れない神秘……本当に霧に包まれたような事件じゃないか。ニーベルンゲン――それは『暗い霧の子』、『霧のマント』。ああ、霧だ、霧だよ……霧、霧、霧……」
そう言って法水が自分の首のあたりをかきむしると、握った指の間から、まるで海霧がすうっと逃げ出していくように見えました。しかし、開かれたその手のひらには、煙の筋ひとつ残っていません。指のしなやかな動きと、燐光を放つような蒼白さ。ただでさえ闇の中の何かに怯えていた検事は、たまらず明かりが恋しくなるような衝動に駆られました。
しかし、そんな緊張感も、法水の意外にも落ち着いた声によって遮られました。
「そこでだ。僕が言う『ジーグフリード』とは、一体誰のことか。ジーグフリードのいない『ニーベルンゲンの歌』――この事件は、まさにそれなんだ。つまり、事件の解決は、あの大古典の伝奇的な物語のつながりの中にある。ああ支倉君、紙魚(しみ)に食われた文字の跡を補って、トリエステで幕が上がる大伝奇を完成させようじゃないか」
ジーグフリード……別名は?
それはもしかすると、芝居好きな法水が、暗にシュテッヘを指しているのか。あるいは、彼の卓越した心理分析によって、会話の端々から新しい人物の名を突き止めたのか。検事は悪夢の中を行きつ戻りつしながら、謎をますます複雑にしていく法水のことを、恨まずにはいられませんでした。
その時、書架の横にある扉が開いて、朝枝(あさえだ)の蝋(ろう)のように真っ白な顔が現れました。
彼女が手にしたランプをテーブルに置く際、その痩せて節くれだった指が痛々しく震えているのを見て、法水は憐れみの情で胸がいっぱいになりました。
「気がつきませんで……。また何かお聞きになりたいことがあるのかと思いまして」「それよりも私、お話ししたいことがあるんです」
「というと……?」
「それは、お父さんのことなんです。もうお母さんから聞いているかもしれませんが、ここ2週間ほどの間、決まって夜が明けるころ……朝の5時をすぎるころになると、お父さんは外へ出かけていくんです。
知っての通り、お父さんは体が不自由なのに、どうしても行かなければいけない用事があるみたいで。戻ってくると、ハァハァと息を切らして、すごく暑そうに頬を真っ赤にしているんですよ。
私が『どこへ行っていたの?』と尋ねると、お父さんは妙にうろたえて、『いや、ちょっと入江の曲がり角まで行ってきただけだよ』と答えるんです。でも不思議なことに、そのおかしな散歩は一日も欠かすことがなくて、実は、今朝までずっと続いていたんです。
その入江の角という場所を、ご存じですか?
裏の防波堤がずっと伸びていて、岬の端を少し回り込んだところで終わっているのですが、その曲がり角のところがそうなんです。
その崖の下には、今月の1日から、あの潜航艇『鷹の城』が係留されているんですよ」
「ふむ、『鷹の城』か……」
検事は、くわえていたタバコの端をギュッと噛みちぎってしまうほど、驚いてしまいました。
「すると、そのあたりのことを、正確に覚えていますか? お父さんがそんな行動を始めたのは、何日ごろからでしたか?」
「それより前がどうだったかは分かりませんが、私がベッドに横たわりながら気づいたのは、そうですね、半月ほど前の、今月の10日からです。
つまり、『鷹の城』がやってきてから10日後のことです。あの3人の目の見えない人たちは、その2日前……5月29日にここへやってきました」
朝枝はそう言うと、何か胸がドキドキしているようにためらっていましたが、やがて胸を張って、こう口にしました。
「それから、もう一つお伝えしたいことがあります。お父さんがそんな行動を始めてから、不思議とお母さんの態度が変わって、トゲトゲしく、荒っぽくなってきたんです。
だからお父さんは、一日中お母さんの目を避けるようにして、糸車にしがみついて仕事をしていました。
そのうえ、上の入れ歯をなくしてしまったせいでしょうか、いやに下唇ばかりが突き出てしまって、それを見ると本当に、なんだか哀れな動物のようで、かわいそうで仕方がありませんでした」
朝枝の声がふっと途切れたかと思うと、彼女は目をきょろりと動かし、耳をすますような仕草を始めました。
コメント