「なんじゃ? カセイヘイダン? カセイヘイダンってのは、何によく効くクスリなんじゃ?」
「クスリ? やだなあ、お父さんは。
カセイヘイダンって、クスリの名前なんかじゃないよ」
「なんじゃ、クスリじゃないのか。
なら、うんうん、わかったぞ。
お前が一度は食べてみたいって言っていた、西洋のお菓子のことだな?」
「ちがうよ、お父さん!
火星っていうのは、あの地球の仲間である星の火星のことさ。
兵団っていうのは、大きな戦争のときによく言っていたじゃないか、〇〇兵団とか〇〇兵団って。つまり、兵隊さんがたくさん集まっている大きな部隊のことだよ!」
「ああ、そうかそうか」
「お父さん、『火星兵団』の意味、わかった?」
「文字の意味だけは、やっとわかったけれど、それが一体どういうものを指しているのか、意味はさっぱりわからんなあ」
お父さんの千蔵さんは、首を大きくかしげるのでした。
「おい、千二。その『火星兵団』っていうクスリみたいな名前のやつは、一体どんなものなんだい?」
お父さんは網の破れ目をぬう手を少しも休めないで、一人息子の千二くんのおしゃべりに付き合ってくれます。
「さあ……『火星兵団』ってどんなものなのか、僕にもよくわからないんだ」
「なんじゃ、お父さんのことをバカにしておきながら、自分も知らないのかい!
ははは、呆れたやつだなあ! ハハハハ!」
「だって、だって……」
千二くんは、しどろもどろになりながら言いました。
「『火星兵団』のことは、これから蟻田博士が研究して、どんなものか決めるんだよ。
だから、いまはだれにも分かっていないんだ」
「おやおや、それじゃ何にもわからないのと同じじゃないか」
「だけどね、蟻田博士は放送で、こんなことを言っていたよ。
『火星兵団』なんて言葉があるからには、僕たちも大いに警戒して、早く『地球兵団』くらい作っておかないと、いざという時に間に合わないぞって!」
「ふふん、まるで雲をつかむような話だなあ。
寝言を聞いていると思ったほうがいいかもしれんぞ。
お前も、あんまりそんな怪しいものに関わっちゃいかんぞ。
絶対にあとで後悔するに決まっているんだからな。
この前だって、お前はロケットとかいうものを作り損なって、大やけどをしたじゃないか。
いいかい、間違っても、そのカセイなんとかいうものに関わっちゃいけないぞ」
「うん、大丈夫だよ!
ロケットと『火星兵団』は一緒じゃないよ。
『火星兵団』を作れって言われたって、僕に作れるわけないしさ。ねえお父さん、心配しないでよ」
「そうかい。それならいいんだが……」
お父さんも、やっと安心した顔を見せました。
けれど、世の中というのは「一寸先は闇」――つまり、少し先には何が起こるか分からないものです。
思いがけない大事件が、すぐ先の時間で待ち構えているのかもしれません。
千二くんもお父さんも、まさかその日の夜のうちに、もう一度「火星兵団」のことを、真剣に思い出さなければいけないような大大大事件に巻き込まれるとは、夢にも思っていなかったのでした。
その夜遅く、千二くんは釣りの道具を持って、たった一人で家を出かけました。
湖には、とってもおいしいウナギがいるのです。
千二くんは、そのウナギをとるために出かけたのでした。
家を出るとき、柱時計はもう夜の十二時をすぎていました。
外は、真っ暗闇でした。
星一つ見えない、まっくらな夜です。
けれど、風はちっともありません。
ウナギをとるには、最高の天気だったのでした。千二は、小さい懐中電灯で道を照らしながら、湖の方へ歩いていきました。
「なんという暗い晩だろう。鼻をつままれてもわからない闇夜というのは、今夜のことだ」
でも、湖に近づくと、どういうわけか、水面がぼんやりと白く光って見えました。
「こんな暗い晩には、きっとうんと獲物があるぞ。『うわーっ、千二、こりゃえらく捕ってきたな』と、お父さんが、えびす様のようににこにこして桶の中をのぞきこむだろう。今夜はひとつ、うんとがんばってみよう」
千二は、幼いときに母親と死に別れ、今は親一人子一人の間柄でした。だから、父親の千蔵は、天にも地にもかけがえのないたった一人の親だったのです。千蔵は、千二のためには父親であるとともに、母親の役目までつとめて、彼をこれまで育てあげました。なんという大変な苦労であったことでしょう。しかも父親の千蔵は、そんなことを少しも誇るようなことはありませんでした。千二は少年ながら、そういういい父親を、できるだけ幸福にしてあげたいと思って、日頃からいろいろ考えているのでした。できるなら、ひとつ大発明家になって、父親を立派な邸宅に住まわせたい……。
そんなことを考えながら歩いていた千二は、とつぜん、「おや!」と言って立ち止まりました。それは何かわからないけれど、キインというような妙な物音を耳にしたからです。
キイン。
妙な物音でした。あまり大きな音ではなかったけれど、何だか耳の奥に、錐(きり)で穴をあけられるような不愉快な音だったのです。
「うーん、いやな音だ。一体何の音かしらん」
暗さは暗いし、何の音だかさっぱりわかりません。その音のしている見当は、どうやら頭の上らしいけれど、またそうでもないような気もします。その怪音は、やがてさらにキインと高い音になっていったかと思うと、そのうちに、すうっと聞こえなくなってしまいました。
「あれっ、音がしなくなったぞ」
音はしなくなりましたが、千二は前よりも何だか胸が悪くなりました。腐ったものを食べたあとの胸の悪さに、どこか似ていたのです。千二は、さっき家を出るときに食べた夜食のかまぼこが悪かったのではないかと思ったほどでした。しかし、これは決して食あたりのせいではありませんでした。いずれ後になってはっきりわかりますが、千二が胸を悪くしたのももっともであり、そうしてそれは食あたりではなく、原因は外にあったのです。
千二は、ついにたまらなくなって、道の上に膝をつきました。とたん、さあっと音がして、雨が降り出しました。このとき冷たい雨が千二の頬にかからなければ、彼はその場に長くなって倒れてしまったかもしれません。だが、幸運にも、この冷たい雨が千二をはっと我にかえらせました。
「うん、これはしっかりしなければだめだ」
雨のおかげで地面が白く見え、彼のすぐ近くに、大きな鉄管が転がっているのが目につきました。彼は雨にぬれないようにと思って、元気を出してその中へ這いこみました。その時でした。ずしんと、はげしい地響きがしたのは!
ずしん!
大変な地響きでした。千二の這いこんでいた大きな鉄管が、まるでゴム毬(まり)のように飛びあがったような気がしたくらいの、はげしい地響きだったのです。はじめは、地震だとばかり思っていました。が、つづいて何度もずしんずしんと地響きがつづくので、地震ではないことがわかりました。千二は、そのころ、もう立ち上がる元気もなくて、鉄管の中で死んだようになって横たわっていました。
そのとき、彼は何だか話し声を聞いたように思いました。どこでしゃべっているのか知らないが、さまで遠くではありません。
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