初級翻訳・火星兵団 第17話

海野 十三

さっき千蔵さんが言ったうわ言には、ものすごく重要な意味があると思えてならなかったのです。
(火柱だ! 湖の中から火柱が飛び出した! あっ、火柱が飛ぶ!)
「これだ……! これなんだ!」
「そうか! うむ、そうに違いないぞ!」
新田先生は、思わず自分のひざをポンと叩きました。
先生は今、千蔵さんのうわ言の中から、とんでもなく大きな答えを導き出したのです。
(火柱だ……!)
千蔵さんは昨日の夜、たしかに火柱を見たんだ。
では、どうして千蔵さんは火柱を見ることになったのでしょうか?
時間がいつ頃だったかは分かりませんが、とにかく千蔵さんは、あの湖のそばへ行っていたからこそ、火柱を目撃したのです。
湖のそばへ行った理由……それはもちろん、息子の千二くんがウナギを取りに行ったきり、いつまで経っても家に帰ってこないので、心配で心配でたまらなくなって探しに行ったからに違いありません。
そしてそこで、偶然にも恐ろしい火柱を目撃してしまったのです。
(湖の中から、火柱が飛び出したんだ)
千蔵さんは「火柱は湖の中から飛び出した」と言っていました。
つまりその火柱は、陸地の地面から燃え上がったのではなく、本当に湖の水の中からドーンと立ち上がったというのです。
では、どうして湖の中から火柱が立ち上がったりしたのでしょうか?
いったい全体、どんな理由でそんな猛烈な火が燃え上がったというのでしょうか?
これについて、新田先生は、とてつもなく大胆でびっくりするようなアイデアを思いつきました。
(そうだ……! この湖の中から、『火星ボート』が飛び出したのに違いないぞ!)
あの火星のボートというのは、千二くんが見たという、あの『塔』のような形をした乗り物のことです。あれは全体がうっすらとピンク色(うす桃色)に怪しく光っていたと言います。だからこそ、それが湖の底から空へと勢いよく舞い上がったとき、千蔵さんには巨大な『火柱』が飛んでいるように見えたのでしょう!これは、とても思い切った大胆な考え方でしたが、そう考えると、さっき千蔵さんが夢中で口走っていた、
(あっ、火柱が飛び出した!)
という言葉の意味が、ぴったりと当てはまるのではないでしょうか。
新田先生が思わずポンとひざを叩いたのも、もっともなことでした。
先生の顔には、ぱっとうれしそうな色が浮かび上がりました。
とにかくこれで、千蔵さんのうわ言から、ひとつの大きな答えをつかみ取ることができたのです。
(湖の中から、あやしく光る火星のボートが飛び出したんだ!)
これこそが、先生のたどり着いた答えでした。
果たして、この答えは本当に正しいのでしょうか。
火星のボートは、きっと空の彼方へと飛んでいってしまったのでしょう。
でも一体全体、どうして火星のボートが湖の中にあったのでしょうか?
そこで思い出されるのが、千二くんが話してくれたあの出来事です。
――千二くんは、天狗岩の上に立っていた塔のような物体が急に傾いて、そのまま湖の中へドボンと落ちていくところを見たと言っていました。
その話と結びつけて考えてみれば、火星のボートは湖の底に沈んでいたのです。
それが、湖の中から飛び出したというわけでしょう。
そのあと千二くんは、恐ろしい怪物ともみ合いになったまま水の中へと落ちてしまいました。
そして、はっと気がついたときには、見たこともない奇妙な部屋の中にいたのです。
その奇妙な部屋こそが、火星のボートの中だったのでした。
そこで千二くんは、丸木という怪しい男から、「ボロン」という薬を買いに行くから一緒についてきてくれ、と頼まれたのです。
そして怪人丸木は、あろうことか恐ろしい殺人事件まで起こして、力づくで「ボロン」を手に入れました。
その丸木は、ボロンの入ったビンを大事そうに抱えて走り去ったといいます。
彼はそれから、どこへ向かったのでしょうか?
もちろん怪人丸木は、すぐさまこの湖へと引き返したに違いありません。
ボロンのビンは、火星のボートの中へと持ち込まれたはずです。
それからしばらくして、火星のボートは湖の底から空へと向かって、一気に飛び立ったのだと考えられます。
新田先生のすばらしい頭脳のひらめきによって、ついにここまで怪事件の謎が解き明かされたのです!
ですが、さすがの新田先生にも、なぜボロンという薬が火星のボートに必要なのか、その理由まではまだ分かりませんでした。

10 異常現象

新田先生は、東京へと引き返しました。
なぜかというと、千蔵さんが真夜中に天狗岩のそばで目撃した火柱というのは、どうやら「火星のボート」と呼ばれる謎のロケットが飛び立つ瞬間だったらしいので、急いで東京へ戻り、別の角度から調べ直したほうがいいと思ったからです。
両国駅(りょうごくえき)のホームで電車を降りた新田先生が、階段を下りて外へ出ようとしたその時でした。
「やあ新田さん! どうしましたか?」
と、誰かに声をかけられました。
声のした方を振り向いてみると、そこにはビシッと背広を着こなした紳士が立っていて、「やあ」と笑顔で帽子を脱ぎました。
「やあ、どうも――」
新田先生はご挨拶を返しましたが、その紳士の顔はどこかで見覚えがあるものの、どうしても思い出せませんでした。
「はて……あなたは、一体どなたでしたでしょうか?」
「おや、もう忘れてしまいましたか? 私は警察の捜査課長、大江山(おおえやま)ですよ」
「ああっ、そうだ! 大江山課長でしたか! いやあ、これは大変失礼いたしました!」
先生はうっかり忘れていたことをおわびしましたが、そのあとで「むむ……?」と首をかしげました。
「ですが、どうも不思議ですね。僕がお会いした大江山課長は、もっとお年を召した方のようでしたし……頭の方も、きれいさっぱりと禿げていらっしゃいましたが……」
それを聞いて、大江山課長は思わず苦笑いしました。
そして課長は、新田先生の耳元に顔を近づけると、ヒソヒソと低い声で囁きました。
「いやいや、あのハゲ頭はですね、私が変装していたんですよ。初めて人に会う時は、相手がどんな人物か分からないでしょう? だから、あのように変装してお会いすることにしているのですよ。私は本当は、あんなハゲ頭のおじいさんではありませんよ。さあ、よく見てください。はははは!」
両国駅の入り口で、大江山課長とハゲ頭をめぐるコミカルなやり取りをしたおかげで、新田先生はなんだか急になごやかな気持ちになりました。
「大江山さん。僕はたった今、千二くんのお父さんのお見舞いを終えて東京へ帰ってきたところなのですがね、あの千蔵さんはものすごい大怪我を負っていましたよ」
「そうだそうですね。私たちもそれを聞いたので、これから現地に向かうところだったのですが、先生に先を越されてしまいましたか。それで、あちらで何か変な噂を聞きませんでしたか?」
「ええ、聞きましたよ。あの火柱の件でしょう?」
そこで新田先生は、千蔵さんがうわ言でつぶやいた内容について詳しく話してあげました。
そして、自分が導き出した素晴らしい推理を、余すところなく課長の前に説明したのです。
「ほう、なるほど! そういうことでしたか! よくぞ教えてくださいました。

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