初級翻訳・火星兵団 第13話

海野 十三

「あれっ、いないぞ! 一体どこへ行ったんだ!?」
「おい泥棒! こっちへ出てこい!」
自分から出てくる者などいるはずもありませんが、とにかくどこへ逃げ込んだのか、丸木の行方は完全に見失われてしまいました。

7 闇と光

銀座で起こったこの奇妙な事件について、翌朝の新聞は、ものすごく大きな見出しででかでかと報じました。

『怪人、銀座に現れ薬屋を荒らす』
『昨夜の銀座通り、恐ろしい怪事件に大パニック』
『共犯者の少年、逮捕される』

など、さまざまな見出しで書き立てられましたが、この「共犯者の少年」とは、紛れもない千二のことでした。
千二は逃げ遅れてしまい、警視庁へと連れて行かれてしまったのです。
その朝刊には、もう一つ、銀座で起きた恐ろしい事件が並んで載っていました。

『宵の銀座で奇怪な殺人事件。被害者は若い女性タイピスト』

どの新聞社も、この二つの事件をまったく別の事件として並べて書いていました。
ただ一つ、「東京朝夕新報」という新聞だけは、この二つの事件を一つの事件として関係づけるような記事を書いていました。

『怪人、深夜の銀座を荒らして逃走。美しい女性を殺害し、薬屋の店員も危機一髪で怪物から逃れる。市民の皆さん、厳重に注意してください!』

こちらの新聞記事は、市民たちを大いに恐怖させました。
犯人が逃げたまま、まだ捕まっていないため注意するようにと書かれていたことが、人々の心に大きな不安を植えつけたのです。
一番かわいそうなのは、千二少年でした。千二は、昨日の夜から変なことばかりに巻き込まれていました。
そのあげく、怪人丸木にあれこれとこき使われた末に、なんと仲間の犯人にされてしまい、警察の留置場へと放り込まれてしまったのです。
千二は、冷たい壁に囲まれた暗い留置場の中で、しょんぼりと座っていました。
自分はいったいどうなってしまったんだろう、まるで悪い夢でも見続けているような心地でした。

千二は警察に連れてこられたあと、ほんの少し取り調べを受けただけで、あとはそのまま留置場の中に、すっかり忘れ去られたように閉じ込められていたのです。
「嘘をつくな。
嘘をついている間は、一ヶ月でも二ヶ月でも、ここへぶち込みっぱなしにしてやるぞ。
もう一度、頭を冷やしてよく考え直してみるんだな」
そんな厳しい言葉を、千二は自分の小さな胸の中に、痛いほど強く覚えていました。
取り調べが終わって、再びこの留置場へ放り込まれる直前、担当の大江山課長から投げつけられた言葉です。
けれど、千二は決して嘘などついていませんでした。
ただ本当のことだけを話したのに、課長がそれを本当だと信じてくれないだけだったのです。

千二の事件は、新聞にも載っていました。
ある新聞には、千二の顔写真が大きく載せられていたほどです。
もし千二がそれを見たら、きっと悲しくなってしまうような写真でした。
その写真は、一年前、成田町で撮ったものでした。
あの時、写真館に入ったのは千二一人ではありません。
理科の新田先生も一緒だったのです。
小学校を辞めて大阪へ行くことになった新田先生を、千二が成田町まで見送りにきて、別れの記念に撮った大切な写真でした。
新聞社は、どこからかその記念写真を見つけ出してきて、千二の顔だけを大きく引き伸ばし、新聞の版に作り直していたのです。
そんな思い出の詰まった写真から、切り抜かれて使われていたのでした。
ですが、千二は自分の顔が新聞に出ていることなんて知りません。
だから、あの写真がそんな風に使われていることさえ、知る由もなかったのでした。

しかし、新田先生の方は、新聞に大きく載った千二の顔を発見して、ものすごく驚きました。
そして顔を真っ赤にして、激しい怒りの声をあげたのです。
「こんなバカなことがあってたまるか!
あの千二君が、犯人の仲間だなんてことがあるはずがないじゃないか!」

千二少年に、とっても頼もしい味方が一人現れました。
新田先生は、たった一年前まで教えていた教え子の千二が、とんでもない疑いをかけられて警察に入れられたことを朝刊で知り、その瞬間に東京へ飛んでいこうと決心したのです。
もちろん千二のために無実を証明して、留置場から一刻も早く助け出してあげたかったからです。
「あの千二君が、あんなむさくるしい留置場に入っているのかと思うと、かわいそうで、タバコを吸う気さえ起きなかったよ」
と、あとの時代になってから新田先生は、その頃のことを思い出して語ったほどでした。

とにかく、その日の朝、先生はすぐに日本空輸へ電話をかけました。
東京へ飛ぶ旅客機に乗れるかどうかを確かめるためです。
たとえ一時間でも一分でも早く、千二が困り果てている東京へ駆けつけたいと、新田先生は飛行機で行く方法を選んだのでした。
運が良いことに、座席がちょうど一つだけ空いていました。
予約していたお客さんの一人が、急な用事で乗れなくなったのです。
新田先生は、すぐにその飛行機に乗り込みました。

この新田先生という人は、千二少年のクラスで理科を教えてくれていた先生です。
一年前に小学校を辞めて、大阪へ引っ越していました。
大阪へ行ったのは、学校で教えるためではありません。
大阪帝国大学の工学部で学びながら、もっと新しい勉強をするためでした。
新田先生が専門に研究していたのは、なんと「ロケット」でした。
ロケットとは、飛行機と同じように空を飛び回る新しい乗り物のことです。
まだ研究の途中で完成していないため、あまり大きなものはありませんでしたが、これから先、地球上の旅行はもちろん、宇宙を飛び回るためにも最高に役に立つ乗り物になると期待されていたのです。

お昼前、新田先生は無事に東京の羽田空港へと到着しました。
羽田空港で飛行機から降りると、新田先生は自分の荷物を気にする暇もなく、すぐさま千二が閉じ込められている警視庁へと突っ走りました。
「何かご用ですか?」
受付けの警察官が尋ねました。
そこで先生は、実はこういうわけなんですと千二少年のことを話しました。
「あの少年は私の自慢の教え子でした。人殺しなんて恐ろしい事件を一緒にやるような悪い子じゃありません! お願いです、どうか助けてやってください!」
と、心の底からの思いを顔ににじませて訴えました。

受付けの警察官は、とても親切で優しい人でした。
新田先生の熱い想いにすっかり胸を打たれ、同情してくれました。
「そうでしたか。
そういうことでしたら、何よりもまず捜査課長の大江山警視に会って、しっかり事情を話すのが一番でしょう。
ちょっと待ってくださいね。今会えるかどうか、私が聞いてきてあげますよ」
そう言うと、その警官はなんと他に待っていたお客さんたちを後回しにして、大江山課長に話を通しにいってくれたのです。
その親切な口添えのおかげで、大江山課長はすぐに新田先生と会ってくれることになりました。新田先生が案内されたのは、普通の応接室とはなんだか違う、小さな部屋でした。
その部屋の壁は特別な防音の材料でできていて、となりの部屋に話がもれないようになっていました。
その壁には1枚の鏡がかけられていましたが、これがなんだか部屋の雰囲気には不似合いでした。

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