これは私たちの捜査にとって、実に素晴らしいヒントになりますよ!」
大江山課長は変なプライドを張ることもなく、新田先生の推理を心から喜んで言いました。
「ですが、そうなると……今まで私たちが蟻田(ありた)博士の予言をバカにして相手にしなかったことが、悔やまれてきますね。私はてっきり、博士の頭がおかしくなってしまったのだとばかり思い込んでいましたが……これは改めて、考え直さなければなりませんな」
「蟻田博士の頭がおかしくなったなんて、そんなはずはありませんよ! 僕も昔、博士に勉強を教えてもらったことがあって、あの人のすごさをよく知っていますからね」
「ほう! あなたは蟻田さんの教え子だったのですか! いやあ、これはなんとも不思議な縁(えん)ですねえ!」「それなら新田さん、あなたにひとつ、ぜひお願いしたいことがあるのですが……」
課長は、少し言いにくそうに周りを見回してから、こう続けました。
「新田さん、どうか怒らないで聞いてくださいね。実は私たちは、蟻田博士の頭がおかしくなってしまったと思い込んでしまい、誰にも内緒で、博士を病院に入院させていたのです」
「えっ! 博士を……ですか!?」
「何しろあの通り、大騒動となっている『火星兵団』の騒ぎを引き起こしたご本人ですからね。東京の街の安全を守るためには、そんな力づくの手段をとるしかなかったのです」
「ああ、僕はてっきり新聞で読んだ通り、蟻田博士がご自分で家出して、行方不明になってしまったのだとばかり思っていました……」と、新田先生は深いため息をつきました。
大江山課長は、包み隠さず素直な態度で、その時の警察の苦しい立場を説明しました。
「そこで、あなたへのお願いなのですがね。蟻田博士を病院から出してお屋敷へお返ししますから、しばらくの間、博士の様子を見ていてはくれませんでしょうか」
「はあ……様子を見るとおっしゃいますと、一体どういうことでしょうか?」
新田先生は、課長が言おうとしている意味を問い正しました。
「ああ、それはですね、こういう意味なのです。実は私たちは、蟻田博士の言うことなんて、全部でたらめだと思い込んでいたのです。ですが、こんな事件が起きて、火星のボートだか何だか分かりませんが、とにかく恐ろしく奇妙な物体がやって来たり空へ飛んでいったりしたのですから、博士の言葉をもう一度、考え直さなければならなくなりました。そこで幸いなことに、あなたが博士のお弟子さんだということです。ですからあなたにお願いして、博士のお話が本当かどうかを確かめていただきたいのですよ」
そう言って課長は「ふう」とため息をつくと、
「こういう難しい天文学のことになると、私たち警察のような素人には、本当のことなのか嘘のことなのか、さっぱり見分けがつきませんからね」
と、苦笑いを浮かべました。
新田先生は、力強く大きくうなずきました。
「分かりました。そういうことでしたら、僕でよければ一肌脱ぎましょう。先生のお世話をすることは、昔教わった弟子としての恩返しでもありますからね。……ですが、千二くんのほうは、できるだけ早く警察から出させてあげてください」
すると大江山課長は、こう言いました。
「もちろん、これからの千二くんは大切に扱う約束をしますよ。ですが、今すぐ警察から出すわけにはいかないのです。これには、別のちゃんとした理由があるのですよ」
「別の理由とおっしゃいますと、一体どんなことですか?」
新田先生は、大江山課長の顔をじっと見つめました。
「それはですね、あの例の怪人丸木が、まだ捕まっていないからなのです。もし今すぐ千二くんを外へ出したら、その途端に怪人丸木が現れて、千二くんを殺してしまうかもしれないでしょう? それではあまりにも可哀想ですからね」
「怪人丸木が、千二くんを殺そうとするでしょうか?」
「ええ、新田さん。私たちがこれまでたくさんの事件を捜査してきた経験から言っても、十分に起こり得ることなのです。なにしろ怪人丸木について、一番よく知っているのは千二くんなのですからね。千二くんがこの警視庁の外へ出たという噂を怪人丸木が聞きつけたら、証拠を消すために、必ずやあの少年を命がけで狙ってくるはずです」
「なるほど……言われてみれば、確かにその通りかもしれません。ああ、可哀想に……」
新田先生は、あまりにも過酷な運命に巻き込まれた千二くんのことを想うと、胸がギュッと熱くなりました。
「でも、課長さん」
と、新田先生はしばらく考えてから言いました。
「あの怪人丸木は、火星のボートに乗って、もうどこか遠くへ逃げてしまったのではないでしょうか? あいつだってきっと、火星から送り込まれたスパイか何かに違いありませんから……」
すると大江山課長は、うーんと首をかしげました。
「さあ、そこが一番重要なポイントなのですが、あの銀座の殺人事件が起きてから、まだ何日も経っていませんから、なんとも断言できないのです。私たちの経験から言えば、とにかくあと4〜5日は様子を見てみないことには安心できませんよ。その隙に、丸木がひょっこり姿を現すかもしれないのですからね」
大江山課長は、火星のボートが消えたからといって、怪人丸木も一緒に逃げ出したと決めつけるのは、まだ早すぎるのではないかと考えていたのです。
新田先生には、どちらの考えが正しいのか、すぐには分かりませんでした。ですがとにかく課長からの強い頼みもありますし、自分自身も前から恩師である蟻田博士のことが心配でならなかったので、そのまま真っ直ぐ博士に会いに行くことに決めたのです。
こうして新田先生は、蟻田博士が閉じ込められている病院へと向かいました。
一方の大江山課長は、両国駅の改札に入るのを一旦やめて、すぐに病院へ電話をかけて博士を退院させるよう指示を出しました。そして、新田先生を案内させるために、一人の警察官を一緒に行かせたのです。
突然、退院の許可が下りたので、当の蟻田博士は喜んだりカンカンに怒ったりと、大騒ぎでした。
「ええい、けしからん連中め! わしをまるで罪人のようにこんな部屋へ閉じ込めておいて、今になって『もう出てもいい』だと? なんという身勝手な奴らだ! わしのことを一体なんだと思っているのだ!」
その時、もし新田先生が博士の目の前に駆け寄って優しくなだめていなければ、博士はまるで檻から放たれたライオンのように、もっと暴れ回っていたことでしょう。
「おやっ、新田か! お前までわしのことを、頭がおかしくなったと言うつもりか!?」「け、けしからん!」
「いやいや、蟻田博士。そういうわけではありませんよ。もうたった今から、ご自分のお屋敷へお帰りになれるのです。僕がしっかりとお供をいたしますからね」
「ふふん、その手には乗らんぞ。そんな都合のいいことを言って、お前はわしを、またどこか別の牢屋へ閉じ込めるつもりなんだろう。弟子のくせに、なんというけしからん奴だ!」
「めっそうもありません! 私はそんなけしからんことなんて、絶対にいたしません。さあ、どうぞご機嫌を直して、お屋敷へお帰りください」
蟻田博士は、立派な白いあごひげをプルプルと揺らしながら、しばらくの間、新田先生の顔をじっと見つめていましたが、やがてこう言いました。
初級翻訳・火星兵団 第18話
海野 十三
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