初級翻訳・大空魔艦 第7話

大空魔艦

うむ、そう聞いてみよう」
 丁坊がまだめそめそと泣いている間に、手旗信号のような方法でやりとりが交わされた。
「おお、大佐は、その少年を船へ連れてこいっておっしゃっているぞ。
ただし、そのままかついでこいとのことだ」
「それ見たことか。
大佐も俺も、考えは同じみたいだな!」
 と一木とにやりと笑って、丁坊のほうへ近づいてきた。
「おい、お前はこれから探検船『若鷹丸(わかたかまる)』に連れていかれるんだ。
おとなしくしていなきゃダメだぞ」
 丁坊は、黙ってコクンとうなずいた。
彼の目は、生き生きと強い輝きをとりもどしていた。
たくさんの大人たちの肩にかつがれて、やがて丁坊は難破した探検船『若鷹丸』へとたどり着いた。
そして階段を下りていき、やがて一部屋に連れ込まれた。
そこは、船の事務室のようだった。
あの『大月大佐』なのだろうか、部屋の正面には、やはり毛皮を頭からすっぽりとかぶった長いヒゲのたくましい男が、どっしりと粗末な椅子に腰かけていた。
「こっちへ連れてこい」
 大佐がひとつの椅子を指さした。
丁坊はその上にちょこんと座らされたが、これからいったいどんな質問が始まるのだろうか。
かわいそうなことに、この難破船はもうストーブにくべる石炭やマキさえなくなってしまったらしく、部屋の中には氷が張り、天井からは大きなツララがぶら下がっていた。
見るからに、ものすごく寒くて困っている様子だった。
「私は、この探検船の団長である大月大佐だ。
お前はいったい何者だ?
そして、なぜ落下傘で氷の上へ降りてきたんだ。
さあ、包み隠さず話すんだ」
そう言われて、丁坊は「待っていました!」とばかりに、これまでのいきさつを最初から最後まで残さず話した。
丁坊の話を、感心したような、あるいは信じられないような顔で聞いていた大佐は、そこで腕をグッと組み上げて、こう言った。
「わけもわからないまま、氷原へお前は下ろされたというのだね。
そして、あとから迎えに来ると言ったと……。
はて、『空魔艦』からの変な贈り物だな。
いったいどういうつもりなのだろうか……」
と言っているまさにその時、一人の船員が階段を転がるようにして部屋に飛び込んできた。
「おお、大佐! たいへんです!
船の脇腹が裂けました!
船体がバリバリとものすごい音を立てて壊れています。
もうまもなく――そうです、十分もしないうちに、この船は氷の下に沈んでしまいますぞ!」
「なんだって、船が――船が、ついに氷に破壊されたというのか……!
今までそんな前触れもなかったというのに、いったいどうしたんだ。
いや、これもきっと『空魔艦』の仕業にちがいない……!」「さあ、みんなを呼び集めて、すぐに氷の上へ避難だ!」

丁坊の事情を尋ねているどころではなくなり、難破船は大パニックになって、すぐさま荷物の陸上げが始まった。
そんな最中にも、船は一センチ、また一センチと、不気味にどんどん沈んでいく。
はたしてこれも、あの空魔艦の仕業なのだろうか。
空魔艦は、いったいどれほど恐ろしい罠を仕掛けていったというのだろうか。

【最後は迫る】

『若鷹丸』は、刻一刻と氷の下にめり込んでいった。
大月大佐は隊員たちを指揮して、船内にある大切な器具や、残り少ない食料を氷原へと運ばせた。
船はだんだんと傾きはじめた。
船の先っぽが高く上に持ち上がり、お尻の部分はもう氷とすれすれになってしまった。
今までまっすぐ立っていたマストが、今は斜めに傾いているのも、本当に見る影もなく哀れな姿だった。
丁坊少年は、いつものようにダルマさんのように手も足も厚い布団のようなものに包まれたまま氷の上にポツンと置かれ、沈んでいく難破船をじっと見つめていた。
ひさしぶりに懐かしい日本人に会えた喜びも、この沈没の大騒ぎですっかり煙のように消えてしまった。
どうしてこうも、よくないことばかりが丁坊の行く先々に重なってしまうのだろう。
「おいみんな、もっと元気を出して頑張れ!
船が沈んでしまったら、それこそ何も取り出せなくなってしまうぞ!」
と大月大佐は、まだ船の上に立ったまま、しきりに隊員たちを励ましていた。
「食料と水は全部出しました!
武器や観測用道具もほとんどみんな出ました!
今度はエンジンを出したいのですが、どうも間に合いそうにありません!」
と隊員が大声で叫んだ。
「いや、どんなに無理をしてでもエンジンは出さなきゃいけない!
無電室に小さいのがあったじゃないか!」
「あれは前から壊れているんです!」
「壊れている? 壊れていたって、エンジンを一つも出さないよりはましだ!
出しておいた方がいい。
それから、椅子やテーブルや毛布など、隊員の生活に必要なものは一つ残らず出してくれ!」
「ええ、そいつはもうすっかり出してあります!
船の向こう側へ放り出してあるんです!」
「無線装置は出しただろうな!?」
「ええ、短波式のやつを一組、いま出しにかかっているところですが、この調子じゃ間に合うかなあ……!」
「間に合うかなあと心配ばかりしてちゃいけない!
無線装置は絶対に必要なんだ!
いいからすぐ全員をそっちに向かわせて、なんとしても取り出すんだ!」
「はい、承知しました!」
船員はホイッスルとともに、傾いた甲板の上をサルのように素早く伝って走っていった。
その時、「うわっ!」という叫び声が聞こえた。
見よ、『若鷹丸』の船首はすっかり宙に浮いてしまい、サビついた赤い船底までがにょっきりと上へ突き出てきた。
それとは反対に、船尾の方は完全に氷の下に隠れてしまった。
いまや『若鷹丸』は、まさに沈没のその瞬間を迎えようとしていた。

「あ、危ない!
――もうダメだ!
みんな降りろ、早く!」

大月大佐は手すりにつかまったまま、船内に向かって怒鳴った。

【沈没】

「おい、どうしたんだ!
みんな、早く甲板へ駆け上がれ!
そして氷の上へ飛び降りるんだ!
おい、どうした!」

無線室へと飛び込んだ隊員たちは、誰一人として姿をあらわさなかった。
ただ、「よいしょ、よいしょ」という気合いの声だけが聞こえてくる。
隊員たちは今や決死の覚悟で、無線装置を運び出しているところらしかった。
「これはいけない……!
みんな逃げ遅れてしまうぞ!」
大月大佐は手すりから離れ、無線室の方へと這い寄った。
そのとき、氷原はもうすぐ目の下、わずか一メートルほどのところに見えていた。
「おいみんな、早く逃げろ!
無線装置よりも人命の方が大事だぞ!」
その声が、無線装置を動かすのに夢中になっていた隊員たちの耳にやっと届いたのか、「おう!」という返事が返ってきた。
「おい、最後の力だ!
さあ力を合わせて、せーの、よいしょ!」

ドッドッドッという足音とともに、なんと無線室から大勢の姿があらわれた。
彼らがまわりから必死に支えているのは、最後まで希望を捨てなかった無線装置だった。
彼らは部屋の外に出ると、ただならぬあたりの光景に気づき、一斉に「うっ」と呻き声をあげた。
いつも見慣れていた平らな甲板は、今はまるで壁のように傾いている。
そして、ずっと下にあったはずの氷原が、手に届きそうなほどの近さに盛り上がっている。

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