こんな場合、佐々刑事もっと早く助けを呼ぶべきだったと思う。
しかし佐々は、自分一人の手柄にしようと、大いにがんばってしまったのだ。
だが、どうも佐々のほうが旗色が悪い。
助けの声を上げようにも、声に出す隙すらないという有様だった。
「あっ……。
うむ」
「ぶうーん」
「やっ。
えいっ」
「ぶうーん」
苦しげなかけ声をあげているのが佐々刑事で、相手のお巡りさんは「ぶうーん」と妙なうなり声をあげる。
どこまでも変わった人物だった。
(こいつは手ごわい相手だ。
ぐずぐずしていると、あいつの鉄拳でこちらの肋骨を折られてしまうかもしれない。
何とかして、早いところ相手を倒さねばならぬ!)
佐々刑事はだんだん無我夢中になってきた。
どこか相手に隙はないか。
そう思っているとき、彼は一つの隙を見つけた。
「これでもかっ!」
佐々刑事は飛び込むなり、相手の下あごを下からうんと突き上げた。
ぐわんと激しい音がした。
「あいたっ!」
佐々刑事は思わず悲鳴をあげた。
拳の骨が砕けたと思ったのだ。
相手のあごの固いことといったら、まるで石のようだった。
相手はよろよろとよろめいた。
そのとき佐々はびっくりして、目をみはった。
「あっ、首が……」
佐々は自分の目を疑った。
相手のお巡りさんの肩の上から、首が急に見えなくなってしまったのである。
お巡りさんの首はどこへいった?
そんなばかな話があってたまるものか――と、誰もが思うことであろう。ところが、そんな信じられないことが、本当におこってしまったんだ。
佐々刑事はびっくりして、背すじから冷たい水をざぶりとぶっかけられたような気持ちになった。
「いったいどうなっているんだ、おれは相手の首を、ぶっ飛ばしてしまったはずだぞ!」
けれど、首を落とされたはずのお巡りさんは、倒れることもなく、そのままピンと立っていたのだ。
白い包帯が、ほどけてひらひらと肩にからみつく。
首がないくせに、彼はまだまだすごい勢いで、佐々に向かって突撃してきた。
鉄の拳が、ぶんぶんと佐々の目をねがってとんでくる。
「うわっ……! おれ、頭がおかしくなっちゃったのかなあ。
首のない人間と戦っているぞ!」
佐々は、こんな気味の悪い思いをしたのは、生まれてはじめてだった。
きっと自分は気が変になってしまったんだと思った。
気が狂ってしまったから、首のない人間が生きているように見えているんだと。
「ぶうーん!」
「あっ、いたっ――」
突然、佐々のアゴに、相手の強烈なパンチがごつんとかちこまれた。
佐々は、アゴが火のように熱くなったことだけしか覚えていない。
まるで、木の板がたおれるように、どすんと後ろへひっくりかえってしまった。
そして、そのまま気絶してしまったのだ。
首のない怪人は、ここで「にやり」と笑いたかったところだろう。
でも首がないんだから、笑えるわけがない。
そこで彼は、ちょっとしゃがみこむと、両手をのばして、後ろにぽとりと落ちていた自分の首をひろいあげたのだ。
さっき、怪人はたしかに首をぽろりと落とした。
佐々刑事も、そこまではしっかり見ていたから、間違いスポンジない。
ところがそのあとで、怪人は手をびよーんと伸ばして、自分の首をひょいと拾い上げたのさ。
そのとき佐々刑事は、怪人から一撃をくらってひっくりかえっていたから、もう何も知らなかった。
もしそこまで見ていたとしたら、佐々刑事は自分の目を疑うあまり、本当に気が狂ってしまっていたかもしれないね。
怪人が首をぽろりと落としたのも本当なら、また、その首を自分でひょいと拾い上げたのも、まぎれもない本当のことだったんだ。
「そんなバカな!」ってみんなは怒るかもしれない。
だけど、怒ったってしかたないのさ。
普通の考え方だったら、首がぽろりと落ちたら、その人間はもう死んでしまうはずだ。
死んでしまった体が、手を伸ばして自分の首を拾うなんてことができるわけがない。
ふつうに考えたら、絶対にそうだよね。
だけど、事実はちがった。たしかに怪人の首は下に落ち、そして怪人は手を伸ばしてその首をひょいと拾い上げたのだ。
そのことは、絶対に間違いない。
結局のところ、そんな普通ではありえないことが起きたということは、普通ではない「わけ」があると思わなければならない。
その「わけ」って、いったいどんなことだろう?
そのわけの一つは、アゴに白い包帯をしていた警官が、ただ者ではなかったということだ。
怪人! そう、たしかに怪人だったんだ。
しかも、この怪人は、ほかならぬあの「丸木」だったのだ。
「あれは丸木じゃないか?」と、ここまで読んで気づいていたお友達もいるかもしれないね。
だけど、丸木の首が落ちても、丸木が平気で生きているなんてことは、まさか誰も想像できなかっただろう。
怪人・丸木は、自分の首をひろいあげると、それをまるで荷物のようにわきに抱えて、すごい勢いでにげだした。
そして、どこへ行ったのか、あっという間に暗やみにまぎれて姿が見えなくなってしまったのだ。
この大事件は、佐々刑事がいきをふきかえして、はじめて大江山(おおえやま)課長や警視庁のみんなに知れわたることになった。
「その犯人は、きっと丸木にちがいない。
そのあたりを探してみろ。
きっと、服をぬがされた本物のお巡りさんが見つかるはずだ」
さすがは大江山捜査課長、すぐに怪人の正体を見破ったぞ。
「えっ、丸木があらわれたのですか!」
「お巡りさんに化けるなんて、とんでもない奴だ!」
警察の仲間たちは、みんなびっくり仰天した顔をした。
大江山課長はすぐに自分で指揮をとって、丸木のあとを追いかけた。
「丸木だと思ったら、容赦するな、すぐにピストルを撃て! ぐずぐずしていると、こっちがやられてしまうぞ。
あいつは、たぶん人間じゃないんだからな!」
「えっ……課長、丸木は人間ではないのですか?」
と、部下の一人がおそるおそる聞いた。
「ああ、バカバカしい話だが、そう思わないわけにはいかないんだよ!」
「課長!」
とその時、声をかけたのは佐々刑事だった。
彼は、仲間たちにていねいに介抱してもらい、やっと元気をとりもどしたところだったんだ。
「どうした、佐々。もう大丈夫か?」
「さっきは、くやしいことにやっつけられましたが、もう大丈夫です!
ねえ課長、相手は人間じゃないそうですね。
あの課長が、おばけの存在を認めるようになるなんて驚きましたよ。
大へんな変わりようですねえ」
「おばけ、というのはちょっと言葉が悪いが……しかし、たしかにあの丸木という奴は、おばけの一種だ!」
課長はそう言って、くやしそうにくちびるをかんだ。
怪人・丸木は、いったいどこへ逃げたのだろう?
大江山課長は部下たちを元気いっぱいに励まして、あたりを探しまわらせたのだった。中でも、佐々刑事は、さっき丸木にやっつけられた悔しさもあり、ものすごい気合の入りようだった。
「今度丸木に出会ったら、僕は、どんなことがあってもあいつの首を引っこ抜いてやるぞ!」
佐々刑事は、そんな大口をたたいていた。
「怪人丸木の首を引っこ抜くって? そんなものをもぎ取って、どうするんだよ」
同僚がそう尋ねると、佐々は肩をいすわらせて言った。
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