初級翻訳・火星兵団 第67話

海野 十三

こうなっては、どこか別の場所を探しに行くよりほかしかたがないと思ったのです。

しかし、「もしかすると、博士の行方について何か手がかりになるものが落ちていないだろうか」と思い、先生はあたりをもう一度ぐるりと見回しました。
そのとき、先生の目に飛び込んできたものがありました。

「おや、これは……あとから新しく掘り起こした穴のようだぞ」

先生の足もとには壁が崩れ落ち、コンクリートの塊や木材がごちゃごちゃと重なり合っていましたが、そのコンクリートの塊のすき間に、人間がやっとくぐり抜けられるくらいの穴があいていたのです。
それはちょうど、崩れ落ちた屋根の下の影になっていて、遠くから見たのでは、そこに穴があいているなんて絶対にわからないようになっていました。

先生は急に元気を取り戻しました。
(もしかすると、この穴の中に誰かが隠れているのではないだろうか?)

そう思った新田先生は、そっと体をかがめると、穴の中の様子をうかがってみました。
(おや、なんだか穴の中から、かすかに人の声がするぞ……!)

先生は耳をすましました。
穴の中から漏れてくる話し声は、とても小さくて聞き取りにくいものでした。
新田先生は全身の集中力を耳に集め、その声をなんとか聞き取ろうと必死になりました。
だけど、何を話しているのか、先生にははっきりと聞き取れません。
ただ、その話し声は、かなり深い地面の底から聞こえてきているように思えました。

それにしても、なんとも不思議な話し声です。
(どうも、日本語ではないみたいだぞ……。いったい、誰が話をへしているんだろう?)

先生は、二重の不思議さにぶつかりました。
このまま穴の中へ入っていこうかとも思いましたが、中から聞こえてくるのが日本人の声ではないとわかると、急に気味が悪くなってきて、なかなか中に入る決心がつきません。

そのとき、新田先生はふと、あるひらめきを得ました。
(まさかとは思いたいが、もしかして……?)

先生は、持っていた「変話機(へんわき:言葉の翻訳機)」を取り出し、そっと耳にあててみたのです。
すると、どうでしょう!
穴の中のちんぷんかんぷんな話し声が、たちまちすんなりと日本語に変わって聞こえてきたではありませんか。

「あっ、やっぱりそうだったんだ! 中にいたのは火星人だったんだ!」

先生の驚きは、言葉では言い表せないほど大きなものでした。
崩れ落ちた蟻田博士の邸宅のすぐ下で、火星人が言葉を交わしている!
先生は変話機をしっかりと握りしめ、地下から聞こえてくる会話を聞き逃すまいと、必死に耳をそばだてました。

「……いやだなあ。これはいよいよ腐って、崩れ落ちてしまうんじゃないか?」
「ふん、まったくだ。だいぶんひどくなってきたねえ。なんとか手当をしないといけない。博士はこのことを知っているのか?」
「知っているさ。博士はいま、薬を作っているところだよ。だけど、それがいつになったら完成するのか、さっぱり見当がつかないんだ」
「それは困ったねえ……」

地の底から、火星人の言葉でそんなふうに話し合っているのが聞こえてきました。

(火星人が、この穴の中に隠れているんだ……!)

新田先生は、とてつもない大発見をしたのです。
そんなことが起きているとは、今の今まで夢にも考えていませんでした。
しかし、ここでさらに不思議なのは、その火星人たちの会話の内容です――。その会話によると、二人の火星人のうちの一人は、何やら病気にかかっているらしい。
それは、体が腐っていくような恐ろしい病気のようだった。
博士が、その病気を直すために、一生懸命お薬を作っているのだという。
その「博士」というのは、きっと蟻田博士のことに違いない。
くわしいことは分からないけれど、博士が今でもちゃんと生きていることと、この近くに姿を現していることがはっきりと分かったので、新田先生はますます元気を取り戻しました。
もう少しだけがまんしていれば、きっと蟻田博士にめぐり会うことができそうです。
(よし、それじゃあ、この穴から下へ降りていってみよう!)
先生はしっかりと決心しました。
どうして火星人がこんなところに入り込んでいるのか、その理由は分からないけれど、とにかく当たって砕けろの精神だ。
先生は立ち上がりました。
そして、できるだけ物音を立てないように気をつけながら、足を穴の中へと差し入れました。
崩れたコンクリートや固い石のかたまりがゴツゴツと突き出ていて、その上を足でしっかりと踏みしめ、手でつかまりながら降りていくのですから、それはなかなかの大仕事でした。
でも、小さな電灯の明かりがついているおかげで、とても助かりました。
少し進んでいくと、ちゃんとした階段のある場所に出ました。
(階段だ!)
その階段には、先生には見覚えがありました。
上から降りてきて、急に右へ曲がる階段です。
それはまさに、博士が秘密にしていたあの部屋へと続く階段だったのです。
(ほう、こんなところに通じていたのか!)
新田先生は、うれしい驚きに目をぱっちりと丸くしました。
階段の下にはいったい何があるのだろう?
地下階段の真ん中に立ちながら、新田先生は、ずいぶん昔の出来事を思い出していました。
それは、蟻田博士が留守のときに、千二少年と二人でこの地下階段を降りていった日のことです。
あのとき、この下のほうで何だか正体のわからない気味の悪い生き物を見たおぼえがありました。
あのとき一緒にいた千二少年は、今はここにいません。
千二少年はいま、どうしているのだろう?
少年は少し前、この同じ場所で怪人丸木のためにさらわれてしまったのでした。
どうしているのだろう。
千二少年は無事で生きているといいけれど、もしかして殺されてしまったのではなかろうか。
もし千二少年にまた会うことができたら、火星兵団の秘密がもっといろいろと分かって都合がいいだろうに。
先生は階段のところで立ち止まったまま、しばらく千二少年と一緒にここへ来た日の思い出に浸り、胸がしめつけられるような思いがしましたが、やがて、自分の胸をポンと力強く叩きました。
「いや、終わってしまったことをいつまでもくよくよ考えていても、しかたがない。
今は、地球の人類を救うため、そして火星兵団の暴力に立ち向かうため、どんどん働かなければならないんだ。
めめしいことを考えて、涙なんか流している場合じゃないんだ!」
先生は、自分の心を自分で力強く励ましました。
そうしてしっかりと覚悟を決めると、階段をそっと静かに降りていきました。
階段の下には何があるのだろう? 前に来た時と同じようになっているのだろうか。
階段を降りながら、先生ははっと気がつきました。
それは大変に重大なことを忘れていたからです。
「これはうっかりしていたぞ。
この地下室から聞こえてくる話し声は、もしかすると怪人丸木の声なのではないか?
もしそうだったら、大変なことだ」
先生の足は、階段の途中で思わずピタリと止まってしまいました。
新田先生は、再び自分の心にムチを打ちました。
(私はもっとしっかりしなくてはならない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました