紫色の雲が、大きなお寺の屋根のてっぺんにかかるのは、すごく徳の高い仏教の善男善女でなければ拝むことができない。
けれど、この真っ赤な霞はその時期にここを通るイワシ売りやサバ売りなら、誰一人として知らない者はいないほど有名だった。
奥深い山には、谷を挟んで、見えているのに近づくことができない大きな木や素晴らしい花があると聞く。
……あれはきっと、春の女神さまの美しいうそ偽りのない袖の影なのだろう。
花の蜃気楼(しんきろう)だ、海の向こうの幻の町(海市)だ……「雲井桜(くもいざくら)」とその霞をみんなで褒め称えて、人待石のところに、きれいな敷物を敷いて、お弁当の箱(割籠)を広げて、町からわざわざ見物に来る人がいるくらいだった。
けれども人々は、ただ空に浮かぶ雲を掴むように、遠くの影を見ているだけなのを……謹三だけは、その花が風に吹かれる天国のような場所――「雲井桜」の本当の姿を知っていたのだった。
夢なんかじゃない。
……絶対に忘れることのできない、とても懐かしい場所。
ただ思い出すだけで、胸がドキドキとときめいてしまうような、そんな素晴らしい場所だった。
この年の春の終わりのことだ。
――
雀を見ても、燕を見ても、ただじっと手をつないで、お寺の中に閉じこもってなんていられない。
その日食べるお米があるかどうかの不安で、最初はただ町や十字路をフラフラとうろちょろと歩き回ったけれど、落ち穂(ごはんの代わりのような小さな利益)なんてないこと分かっているのに、足音のちょっとした音にも、ビクッと激しく驚かされてしまう。それは草陰のウズラよりもなお頼りなくて、か弱いことだった。
どうしようもなくて、しかたなく神様仏様にお祈り(信心)をはじめた。
世の中の誰も助けてくれない時、源氏も平家も、最後にすがるのは神様と仏様しかいない。
世間の人たちは、春風に大きく温かく吹かれながら歩いているというのに、自分だけは日陰になって霜がついたように凍えながら、貧しい街の端っこから、山のすその浅い谷へと向かった。そこには小さな川がうねうねと流れ、だんだん高いところへ向かって、日蓮宗のお寺が何ヶ寺もずらりと並んでいた。天満宮、清正公(せいしょうこう)、弁財天、鬼子母神(きしぼじん)、七面大明神(しちめんだいみょうじん)、妙見宮(みょうけんぐう)と、お寺ごとに祀(まつ)られている神仏を、毎日の日課のように巡礼して回ったのだ。
「……どうかごはんが食べられますように、……」
お父さんが生きていた頃は、毎年、お正月の元日には雪の中をわらじを履いてそこにお参りするのにお父さんについて行ったものだった。
お参りが終わるとみんなでお雑煮を食べてお祝いして、すぐに楽しいお正月がやって来るのだったけれど、今の自分にとってはいつまでも終わらない大晦日のようで、お餅どころか、ふところに煎餅(せんべい)のかけらも、カヤの実一つだって入っていない。
たくさんあるお寺の一つに、北辰妙見宮(ほくしんみょうけんぐう)が祀られているお堂がある。そこは、森々とした木立の中を、ずっと深い石段を上った高い場所にあった。
「ぼろきてほうこう。
ぼろきてほうこう。」
昼間なのにフクロウが鳴き交わしていた。
このお寺のお墓の中に、京都の有名な友禅(ゆうぜん)の職人とか、江戸の人気の歌舞伎役者だとかのお墓があると人から聞いたので、それを探すともなく、お墓(卵塔=らんとう)がたくさん並ぶエリアに入り込んでいった。
お墓はどこも暗かった。土地は高い場所にあるのに、なんだかじめじめしていて、落ち葉も掃かれず、苔(こけ)が水草のようになって生い茂っていた。
ふと、生垣(いきがき)のすき間を覗くと、パッと明るくきれいな色が飛び込んできた。
外の春の太陽の光が、麗らかに垣根の破れ目へ差し込んでいて、まるで女の子がひょっこり覗いているように、千代紙みたいに鮮やかに手招きしているのは、菜の花の中にまじって咲いている紫雲英(れんげ)の花だった。
……
少年のまぶたは、急に血が巡って熱くなった。
自分の袖さえも軽い羽のように感じられて、まるで蝶に引き寄せられるように、垣根の破れ目をスルスルと通り抜けると、出てきた先の狭い道路には、ぽつりぽつりとわらじの跡や、まばらな馬のひづめの形がそのままスタンプのように押されて、不規則な亀の甲羅のような模様で白く乾いていた。
そこからも、人の往来がほとんどないことがよく分かって、隅々まで太陽の光が当たっている景色はとても寂しく、それでいて、甘くて温かい空気が漂っていた。
なんだか不思議な臭いというか、隠しきれない何かを覆っていた藁(わら)やむしろが、すでに道の脇に骨が剥き出しになるみたいに転がっていて、そのそばには濃い紫色のスミレが咲き、淡い色のスミレが草にまじって、はらはらとたくさん散らばっていた。
馬のひづめの跡がある畑は少し真ん中がへこんでいて、一面に青々とした麦が植えられ、野菜が添えられ、あぜ道には紫雲英が敷き詰められていた。
……真向かいは、この辺一帯の赤土のハゲ山の中で、そこだけひとり薄い萌黄色(もえぎいろ)に包まれた、まるで古い日本の絵(土佐絵)に描かれたような美しい山の峰だった。
そして、この一画の目印(徽章)とも言うべきか、その峰にささるかんざしのように、まるで赤く輝く宝石を散りばめて、陽炎(かげろう)の金箔を置いたかのように真紅に、じっと静まり返って咲いていたのは、一株の桃の木だった。
その綺麗さは、見ているこっちが怖くなるほどだった。
スラスラと息をしているかのように、そのゆらゆらと揺れる陽炎の中で何かを語りかけ、微笑んでいるようだった。
もしかしたら、この近くに真っ赤な蛇が潜んでいるかもしれない。
けれど、今の彼にとっては、お腹が空きすぎて倒れて死んでしまうくらいなら、自然のなりゆきで死ぬのだとしても、蛇にぐるぐる巻きにされる方がむしろ本望だったかもしれない。
袖のすぐ近くの菜の花のところに、白い蝶がひらひらとやって来て誘いかけてくる。
ああ、いや、もしかしたらあれは白い蛇かもしれない。
その桃の木に向かって歩いていく途中に、ふと見ると、お墓の上のほうにある、妙見宮の屋根が見える山へと続く森の裏手は、山の斜面から崖の上にかけて彩るように――初めて知った――一面の桜の花が広がっていた……!
……この美しさは、きっと誰も知らないだろう……見渡す限りの一面の桜なのだ。
道を進むに従って、道はさらに奥へ広がって、ぐるりと山の根っこに沿って続いていく。
そのすそ野にも桜がいっぱいだった。
しばらく行くと、青々とした麦畑になり、周りを紫雲英(れんげ)の花が輪のように縁取っていた。
あぜ道伝いにぐるっと回って、やがて端っこに出て、横を向いて桃の木を見ると、その木のあたりから道が坂道になって低くなっている。両側には、ぽつりぽつりと覗く小屋や藁ぶき屋根の家々を、屋根の上からすっぽり埋めてしまうほど、底が広がって奥の奥まで隠してしまうほどの桜が、見渡す限りに咲いていたのだ。
あまりの思いがけなさに、少年は誰もいない静まり返った春の昼下がり、ただ一人ぽつんと、その美しい花々に吸い込まれて消えてしまいそうなほどまっすぐに立ち尽くしたのだった。
初級翻訳・瓜の涙 第3話
泉 鏡花
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