初級翻訳・瓜の涙 第1話

泉 鏡花

一

 年はまだ若いのに、よっぽどこのたばこが好きなのだろう、実に美味しそうにたばこを吸いつつ、――しかし、はげしい暑さに参ってしまい、体もすっかり疲れた様子で、炎天下の並木の下でひと休みしている学生がいる。
 まだ二十歳そこそこだろうか、久留米絣(くるめがすり)の、紺色が濃く鮮やかな着物はまだ新しさが残っている。
 けれども、着替えがないのか、何度も水を通したのだろう、ひじや背すじ、お端折り(おはしょり)のあたりは、ただでさえあまり健康そうに見えない彼の体を一層薄汚れて見せるほど、あちこちの色が褪せて擦り切れている。
――茶色の唐縮緬(とうちりめん)の帯。それ以上にこの場に似つかわしくないのは、東京の何がしかの工業学校の金色の校章がついた制帽で、紙巻ききたばこならまだしも、吸っているのは刻みたばこである。
 場所はさきほど言ったとおり、城下から海岸の港へと通じる二里余りの並木の途中、ちょうど真ん中のあたりに、昔から伝説が残る巨大な一枚岩がある――『義経記』によれば……

加賀の国、富樫(とがし)という所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰せは被むらねども、内々用心して判官殿を待ち奉るとぞ聞こえける。
武蔵坊申しけるは、君はこれより宮の越へ渡らせおわしませ――

とある……金石(かないわ)の港、すなわち昔の名でいう宮の越である。
真偽のほどはわからないが、同じ城下を東へ寄った隣国へ越える山の尾根の、談義所村(だんぎじょむら)というところに、富樫があとを追って、作り山伏の一行に杯を勧めたとき、武蔵坊が「鳴るは滝の水、日は照れども絶えず」と謡ったと伝えられる(「鳴は滝」という小さな滝の名所がある)のに対して、この岩を義経の人待石(ひとまちいし)と呼んでいるのである。
足取りも軽やかに先立ってやってきた、歩き疲れた久我(こが)殿の姫君――北の方を、乳母の十郎権の頭(じゅうろうごんのかみ)が支えて伴い、遅れてやってくるのを、判官(ほうがん)がこの石に腰掛けて待っていたという言い伝えだ。
目を引く立派な石である。
夏草の茂る中に、高さは草の背を少し抜くほどで二、三尺ほどしかないが、広さは畳を数えて十五畳ほどもありそうだ。深い割れ目が地面の底まで通っていて、もう一つ八畳ほどのものと合わせて二枚の岩に分かれている。
以前はこれが一際目を驚かせるものだったが、いつの頃かの大地震で、地軸が傾くように左右へと裂けたのだそうだ。
またこの石を、城下の人々はひとまとめにして巨石とも呼んでいる。
石の左右には、この松並木の中でも、ひときわ姿かたちの優れた松が二株あって、海側の松は天高くそびえて雲をしのぎ、町側の松はねじれ曲がりながら低い枝を広げ、そのあたりに湧き出る清水に影を落としている。
……
 そこには、青々とした苔が滑らかな、石造りの井戸から噴き出る水があり、評判どおり氷のように冷たくて清らかだ。
知る人ぞ知る名水で、「並木の清水」と呼ばれているが、これは道の脇に自然に湧いて流れているのではなく、ちゃんと持ち主がいて、「清水茶屋」という茶店が一軒、田んぼの土手に廂(ひさし)を突き出している。本家は別にあって、ここは臨時の出茶屋なのだが、ちょっとした見晴らしのよいお座敷もある。
あの低い松の枝が地紙(じがみ)の形のように葉を広げて覆っているその裏側に、葦簀(よしず)を掛け、湧き水のまわりを囲んだ中では、美しい清水が松の影に揺れ動きながら、日盛りの中でも白銀の月影をこぼすようにあふれ出ている。それを広い水槽で受け止め、その水の中に、真桑瓜(まくわうり)、西瓜、桃、すももの実を冷やして売っているのだ。
……
 これが名物なのである。

二

 畑の一帯は真桑瓜が名産で、この豊かな水があるからだろうか、巨石のまわりの瓜は銀色に輝いていると言われている……瓜畑がずーっと続いて、やがて蓮池になり……そこから先は一面の青田(あおた)が広がる。
畑の細かいことはわからないが。
実際、水槽に浸された、真っ青な西瓜も、黄色い瓜も、さっと銀色の水しぶきをまとっている。
あでやかなすももの紅い色さえも、淡くくるくると浅葱色(あさぎいろ)の水面に舞う。
水が勢いよくあふれ出て、水槽の縁を乗り越え、そこから無数の水の糸が乱れ飛ぶように溝を走り、道の脇の草をさらさらと鳴らしながら流れていく。
水の音が響きわたり、しずくをまとった人待石――巨石の割れ目に生い茂った露草の花や、蓼(たで)の紅い色も、ここに腰掛けたというあの義経や山伏たちの姿よりも、むしろ爽やかに鎧(よろい)をまとい、色鮮やかな威(おど)し毛を思わせる。黄金の太刀も草摺(くさずり)もガチャガチャと鳴るかのようで、松の梢(こずえ)はざわざわと風に揺れ、清水の音と重なって実に涼しい。
けれども、涼しいのは松の下、とりわけ清水が玉のように音を立てて流れている場所だけだろう。
三間(さんけん)ほどの幅がある並木の道は、真っ白にきらきらと太陽に照り映え、ごろた石はまるで炎を噴き出しているかのようだ……道の両側の松は、梢から枝から、自分自身の影を自分の幹だけに這わせながら、まるで真っ黒な蛇が這うような奇妙な形をうねらせている。
空には白い雲がかかり、気高い白根山の頂には一年中消えない雪が残っているというのに、田んぼは乾き、畑の土はひび割れ、瓜畑の葉っぱまでもが赤く枯れかかっている。
やって来た道も、これから行く道も、露草はゴマのようにカラカラに乾き、蓼の紅はまるでミミズが焼けただれたのではないかと疑われるほどだ。
人の往来はぱったりと途絶えている。
大空には、ちょうどこの海の沖を通って、有磯海(ありそうみ)から親不知(おやしらず)の浜を経て、五智(ごち)の如来へお参りするという、泳ぐときに半身を波の上に現して列をなして進むという言い伝えのある、海のイルカの群れが、毒気を吐きかけたかのような低い入道雲がむくむくと並び立ち、動くともなしに眺めていると、まるで地面が揺れるかのようにぐっと動くのだった。
見すぼらしいけれど、肌の白い学生は、背の高い方の松の根元に一人ぽつんと座っていた。
見れば、薄桃色や青く透き通るような、冷たくて甘い露が垂れてきそうな美味しそうな瓜を目の前にして、自分があまりにもそれを欲しがっているように見えやしないかと、恥ずかしく思っているのだろうか。茶店から少し離れた人待石のところに――
 でも、その石には腰を掛けず、草の上にしゃがみ込んで、彼はちょっと不思議なことをした。
……たばこを吸うために、マッチをすったのだ。
だが、燃えさしの軸が消えるのを待ってから、わざわざもとの箱に戻し、懐(ふところ)にしまった。

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