初級翻訳・卵塔場の天女 第23話

卵塔場の天女

もう一度あの舞台に立って、うぬぼれて人間界に舞い降りた天人たちを、地獄、餓鬼、畜生、果ては三途の川のそのまた底の奈落へと叩き落としてやるのさ……なんて大口を叩きながらも、実のところ自ら命を絶つほどの覚悟すらできない、こんな卑怯者だからこそ、冥土への近道である火葬場の作業員、死人焼(しにびとうし)になって、まずはこの腑抜けの肝を徹底的に鍛え直そう。
そのあとの話だ、その上で……

――(愛鷹山や富士の高嶺かすかになりて、天つ御空の霞に)――

 果たしてあの伝説の羽衣が、あの三保の浦の空に美しくたなびくのかどうか、この目で確かめてみるんだ。だがな、お悦さん……」
「兄さん、口だけで威勢のいいことを言ったって、本当に最後までやり通さなきゃダメよ」
「もちろんさ――だがね、お悦さん……肝心のお酒がこぼれたりしないだろうね」

十一

 いま私が語っているこの私という人間は、――ここで非常に恥ずかしい話を打ち明けるが――(心から尊敬しているから、あえて「先生」と呼ばせてもらう。)尾崎紅葉先生の作品『新色懺悔』の口絵イラストに、お墓参りに来た女性の背後にあるお墓に、コートの肘をついて凭れかかりながら、じっとその姿を見つめている男性の人物がいる。
あれは紅葉先生ご自身の顔であるという噂があって、なかなかにいい男ぶりなのだ。
――まあ、私の男ぶりがどうかはさておいて、私のこのときの状況が、まさにその絵の雰囲気によく似ていたのだ。
まったく困ったことに調子に乗りやすい性格の男で、そこでいい気になって石塔の塔に肘をつき、お墓の塔婆の陰から二人をこっそり覗き見ているうちに、あたりがすっかり真っ暗になってしまった。ハッと気づいたときには、もう誰もいなくなっていたのだ。
――はて、あれはうっとろろと夢でも見ていたのだろうか。
お寺の屋根も、この広い墓場も、物事の黒と白すらほとんど見分けがつかないほど暗い。
だが、門のほうの峰の森から、釣鐘堂の屋根へと、まるで霧の上をすべるようにしてやってきた、落葉の敷き布団を敷き詰めたような青白い光が差し込んでいる。それはほのかな半月だった。
私は枯れた雑草を手探りでかき分けながら、まるで墓の中から迷い出るように、まだ夢見心地のまま裏門のくぐり戸を――なぜか少し後ろめたい気持ちを抱きながら――そっと抜け出た。
いつも覚えている道は一本だけで、あの「穴の婆さん」のあたりに提灯がぽつんと一つ灯っている。
――さっきここへ来る時、この裏の藪を通り抜けても同じ墓所に行けるとお悦が言っていたっけ。
――なるほど、私は裏手から出てきたのか、そう思いながらふと見ると、その提灯の明かりが、彼女の半身の裾をほんのりと照らし出している……その着物の褄(つま)の模様は、あの彼女(お悦)よりもさらに若々しく、しっとりと霧に濡れて、まるで蔦の紅葉のように赤く、内側の端には細やかな美しさがあった。
それは雪代(ゆきしろ)だった。
夢などではない。
「ああ、先生、母から自動電話で……(大急ぎでこちらへお迎えに、と――)連絡があったものですから――すぐに自動車を手配して間に合わせたのですわ」
 母親であるはずの――あのお悦は、しかし、そんな電話のやり取りなんて放り投げたまま、八郎とともに「行くべき場所」へと去ってしまったのだ。
一柳亭の奥座敷で、雪代をしめやかに迎えながら、彼女は静かにそう語った。
「……本当にあの人たちはどうしようもない方たちですわ。
本当に申し訳ありません。
時々、まるで魔物にでも取り憑かれたようになってしまうんです。
でも、どうやら悪魔ばかりでもないみたいでしてね……今日なんかも、舞台の上で母があの狂気じみた芝居をやり通さなかったら、小父さんは、怒り狂った大勢の壮士たちに袋叩きにされるところだったらしいんですのよ」――舞台のそで(橋がかり)のすぐそばにいる私のまわりでも、紋付きの羽織袴だの洋服だの姿の大人たちが、目配せで合図をかわしていました。
はっと気づいて正気にかえった時には、母があの大きな騒ぎを起こしていたんです。
――帰り道にね、大勢の人たちがぞろぞろと歩いているその中に、私も混じっているとはお思いにならないものですから……。
(あのへなちょこ伯父さんなんていったい何さ。あんな節回しのなっていない謡(うたい)なんて、まるでただのしゃべり言葉じゃないか。東京の謡なんて、このへんじゃ場違いだよ。こっちから願い下げにして縁を切ってやるんだ。)
とお久さん(お久の息子たち)が言っていましたよ。
お久さんは、しくしくと泣いていらっしゃったようですけれど。
……
 八郎さんの奥さんに――いいえ、先生、それはきっと大丈夫だと思います……昔から、あの店の、紅屋の福助の人形にお札を貼ったりして邪魔をされますからね。
電話口でも、
(あの張子の人形を、そっと後ろ向きにするか、針で目を潰してから出ておくれよ。今度こそは、絶対に頼んだからね。母さんのお願いなんだから。)
って言ったんです。
けれど、私はそんなことは絶対にしませんでした。
だから、谷内谷内(やつやち)――ええ、同じ漢字を二つ重ねるんです。
その谷内谷内の野墓地で、兄さんと一緒にご遺体を火で焼くんでしょうね。
それは本当のことだし、きっとそれだけの話なんだと思います。
親戚の家でお産なんかがあるとね、気が向いたときには、京都や岡山へまでパッと飛び出して、二ヶ月も三ヶ月も帰ってこないことが度々ありました。
赤ちゃんの誕生のお世話をするのも、亡くなった人を火で焼くのも、そんなに変わりはないでしょう?」……
 死人を焼くのと、赤ちゃんのお産のお世話と、そんなに変わりはないと言う……まさに「この母にしてこの娘あり」だ。
……雪の下をひそやかに流れる血は、人知れず燃えるかがり火のよう。
たとえば、真っ白な白魚の上に、美しい紅桜の花びらがハラハラとこぼれ落ちるかのように――。
――
 これは、水面を泳ぐアカマンボウを見て、海の一番深いところにある砂漠の影を想像したような、ただの空想なんかではない。
人伝てに聞いたところによると、紅屋の奥様の貞操というものは、なんと、あの古い福助の真っ黒な煤(すす)けた頭にかかっているという。
なんとも心細い道徳だけど、まったくないよりはマシかもしれない。
八郎にとっても、あの「お久」という人たちの親族グループと関わり合いを持つくらいなら、いっそ野墓地で働く人足たちのほうが、まだ気楽ですごしやすいかもしれない。
ましてや、亡くなった人を火で焼き上げるあの猛々しい炎の中では、あの雪のように白い肌でさえ、まるで脂(あぶら)のように溶けて煮えてしまうだろう。
美しい赤い唇で、熱い煉炭の火を吹き起こすのだろうか――。
――
 私にしたって、もしこの雪代夫人と……。
「でも、小父さんは気が小さいんですね――あの、お久さんの首の下のあたりが三寸ほど白くって……なんだか似ているって、」
雪代夫人は耳たぶをほんのりと赤く染めながら、こう言った。
「私のここに――倒れて泣いたんです。
涙がね、先生、ものすごくたくさん泣いたから、まだほほがしっとり濡れているんですわ。

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