」
私は思わずクスリと笑った。
扇子屋さんの真上の鴨居(かもい)には、今日の番組表が大書してある。
私がざっと読み取ったのは、先ほどの塀の下ではなく、まさしくここでの演目のことだ。合わせて五番。中に能の仕舞(しまい)も混ざっていて、序盤からの流れはだいたい覚えているけれど――タヌキの口上みたいになってしまうから、一つひとつ細かく書くのはやめておこう。
必要なところだけを言うとしよう。
必要なのは――「魚説法」に続く三番目に、「茸(くさびら)」「鷺」「玄庵(げんあん)」という曲が入っていることだ。
能や狂言のことは詳しく知らない。しかし、最近は「鷺」の姿も狂言の世界ではあまり見かけなくなったと聞く。
㐂(き)の古い隠居だろうか? むかしのものが好きな物好きで、しっかりとお稽古を積んだ達人がいて、そういう人たち、いわゆるアマチュアの催しなのかもしれない。
狸穴(まみあな)の近所には、なんともよく似合う雰囲気だ。
だが、私が言いたいのは流派のことではない。演目のことだ。
この、「茸」という演目が――。
一樹がこうも慌ただしいまでに狂言を見ようとしたのも、他のどの番組でもなく、ただこの演目があるからにほかならない――そう思わせる理由が、私にはあった。
それは、一樹が扇子の要(かなめ)のあたりをパチパチと切りながら、片手の指先で自分の胸のあたりを軽くさすり、その手を返して左目をそっと押さえるのを見た時だった。
……
一樹のことを少しでも知る者なら、この画家さんのそんな癖を見落とすことはないだろう。
ちょっと内密に、人には気づかれないように行うこの素早い動作は、しかし、神仏への礼拝、愛すべきものへの愛撫、謙譲の心、それでいて自分をしっかり保つ気高さ、心を鎮める穏やかさ、目を澄ませる清らかさをあわせ持ち、胸の奥に一種の深い人格を秘めているような、まるで珠玉(しゅぎょく)を思わせる立派な表現だった。
そうこうしている間にも、舞台――どうやら二階にあるらしい。
一間四面ほどの小さなお堂の施主が、お坊さんの魚説法に対して怒って、
「――おのれ、どうしてくれようか――」
「――打たれたければ打たせてやるさ、棒鱈(ぼうだら)や太刀魚でもって殴るがいい――」
「――おのれ、またそんな物騒な仕打ちをせずにいられようか――」
「――ああ、一体どうしたことだ、こんな頭(かながしら)じゃ堪らないぞ――」
「――まったく、憎たらしい奴め――」
「――まるで干しエビみたいな顔をして、赤い目を怒らせて――」
「――さてさて、憎たらしい奴め――」
なかなかの名優らしく、声が入口の玄関までよく響き渡り、その合間に見物客たちの笑い声がドッと広がった。
「さあ、こちらへどうぞ。」
「お手数をおかけします。」
階段の幅は広い。
――先頭を歩くお世話係のあとを、一樹が続き、私もそれに並んで上ろうとしたその時、あがり口で世話係が片膝をついて立ち止まり、
「ほんの仮設の舞台でして、いろいろ不行き届きな点もありますが……」
と挨拶しながら、ふと階段の下を覗き込んだ。
その頭と、まさに下から上がろうとしていた頭とが二つ――なんだか妙に並んで見えた。そのすぐ向こうには、横正面の舞台の松や、橋がかりの「一・二・三の松」が、人の波の間から揺れるように間近に見えて……まるで、その松の中から、次の演目の「茸」がモリモリと土を持ち上げて生えてきたかのようで、なんだかとてもおかしい。
……いや、「高砂の浦」を思い出させるどころか、むしろムクムクとした松茸(しょうろ)のようだった。
そんな景色の上を、追い詰められたお坊さんが、ヒレのようにパタパタと法衣の袖をあおって、
「――ここはひとつ、トビウオということで――」
「――まだそんな冗談を言うか――」
「――トビウオにしよう、トビウオにしよう――」
と揚幕(あげまく)のほうへ宙を飛んで――サラリと下ろした幕の隙間から、古い畳や破れた障子がチラリと見えて、消えていった。
……ちょっと待てよ、講釈の場面で、水戸黄門が竜神の白髪の頭で床几(しょうぎ)に腰掛け、悪人の紋太夫を不意打ちで切り捨てるような場所ならともかく……こんなボロ家のような建具が見えるということは、どうやら寂びた貸席か、出来合いのクラブなどを一時的に借りて開いた興行らしい。
見たところ、大広間は六十畳から七十畳ほどもあり、そのうち舞台を二十畳くらいに使っていて、見物客は満員とまではいかないけれど、なかなかの賑わいだった。
この暑さなのに、五つ紋の羽織さえ脱がないお行儀のいい人もいれば、浴衣姿で腕まくりをしている人もいる。
――綺麗な着物を着た貴婦人や、ドレスを着たお嬢さんも見えたけれど、近所の長屋の住人らしき人たちも少なくない。
仕事用の印半纏(しるしばんてん)を着た人までごちゃまぜに入り込んでいて、特に席の区別なんてなかったのだ。
だから、階段の手すりのそばを縫うようにして、案内役の世話係が、
「あそこの席が空いております……どうぞ。」
と言ってくれた。
脇正面の、橋がかりの松の前に、片膝が通るくらいの赤い毛氈(もうせん)が敷かれている。
色紙や短冊でも並びそうな、お稽古の発表会や場末の寄席の雰囲気とは違って、さすがは少し品の良い席を勧めてくれたのだったが、綺麗な着物姿や背広姿の人たちが多くその席を占めていて、髪を短く切ったお屋敷の奥様ふうの人も二人ほど、白い襟元を正して控え、金や銀の絵の描かれた舞扇まで開いていた。
私たちのような格好は……いや、もうここで十分だ、と、私はすぐその手すりにくっついた板敷きの場所に席を取り、更紗(さらさ)の座布団を二人分あてがわれて、
「涼しさでしたら、このあたりが一番ですよ。」
と世話係は階段を下りていった。
だが、やっぱりひどく蒸し暑い。
「失礼します。」
「さあ、上着を脱ぎましょう。」
と、丁寧にたたんで持っていた手拭いで汗を拭いながら、一樹は羽織を脱いでクルクルと丸めた。……羽織こそまだどうにか着ていたものの、世間一般によくある安物の麦わら帽子を、席を替わろうと立ち上がる客たちが蹴飛ばしたり、踏みつけそうになったりする……。
またもや幕間(まくあい)となり、人々の出入りが慌ただしくなる。あいにく人の往来が激しい通路に面した板敷きに席を取ってしまったものだから、もう大変だった。
帽子を膝の上にのせれば、その上をまたがれていく。
敷居の上に置けば、蹴飛ばされる。脇へずらそうものなら、踏まれそうになる。
「おっと……」
一樹が小声で教えてくれたところによると、こうした能や狂言の観客のマナーの悪さは、場所にもよるのだろうが、普通の芝居小屋や映画館、場末の寄席などとは比較にならないほどひどいのだという。
男も女も、自分が立ち上がるときは、座っている他の人間を下僕のようにしか思っていない。つまり、自分のあごの下に人間がいるなんてこれっぽっちも考えていない気質なのだそうだ。
そのなかでも、子ども服を着たマナー知らずの少女や、モダンな格好をしたマナー知らずの少年の暴れっぷりといったら、目を覆いたくなるほど凄まじかった。
初級翻訳・木の子説法 第2話
木の子説法
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