なかでも一人は、ロイド眼鏡の大きなメガネをかけ、チューインガムをクチャクチャと噛みながら、
「久の息子です。伯父さん!」
「伯父さん、僕だよ!」
「ごほん、……はじめまして、はい、久のダンナでございまして。」
と、大昔の黒いシルクハットを脱ぎ、ごま塩交じりのちょび髭をしごきながら挨拶したのは、古い着物の上に上着を着て、煤(すす)けた長いフサのついた、中くらいの大きさのひょうたんをぶら下げている男です。
「お先生さまー!」
「はい、大先生さま!」
と、間に割り込んできたのはお世話係の女性が二人。二人とも子どもをおんぶ紐で背負っている姿は健気(けなげ)に見えましたが、そのうちの一人は、背負っているだけでなく、両方の手で別の子どもの手まで引いていました。
「あんさん、親戚の方々が――こちらは養子に行った先の兄のお嫁さんたちや――みんなに見物させてあげようって……。ほんまに、あんさんのおかげで……今日という今日は、わたし、とっても肩身が広いわぁ!」
私は、特に女性に対しては世の中で一番の優しい人格者だと自分でも称えているのですが、さすがにこれには参ってしまいました。
ふとお悦の顔を見ると、額のキズあとの上に塗った薄化粧がさっと引いて、顔色がすーっと青白くなっていました。
驚き、呆れ、声も出ないほどポカンと立ちすくんでいた八郎でしたが、次の瞬間、急にしっかりと礼儀正しくお辞儀をして、
「みなさま、ご見物はどうぞ木戸口(入り口)のほうからお願いいたします。」
と言ったのです。
「わかりましたよ! ――お兄さん、わたしに任せてちょうだい、わかったからね。あなたは黙っていて……いいかい? さあさあ、みなさんいらっしゃい! ――ご案内いたしまーす、いらっしゃいませぇ!」
とお悦は澄んだ声でみんなを手招きしながら、すでに石橋をひらりと飛び越えて先頭に立って走り出しました。すると、みんなおとなしく、ぞろぞろと足音を立ててあとに続いていきます。
八郎は、はあっと大きく息を吐き出して、こう言いました。
「もう、なんて言ったらいいか、何にたとえたらいいものか……。まったく思いやりがないというか、恥知らずというか……。あいつら全員、入場料までこちらのお世話になっているんですよ。
それに、あの養母なんてやつは、ツバキを飛ばしてベラベラとしゃべるしゃべる! お世辞笑いで大口を開けるもんだから、歯ぐきが鼻のてっぺんまで見えそうになるし、お歯黒がハゲたバラバラの歯のすき間から、喉の奥まで丸見えなんです。もう本当に恐ろしいもんですよ。
僕が九つか十歳くらいの頃まで、そいつが『伯父や伯母の姪のムコの嫁ぎ先の息子の孫の分家の新しい家だ』とか何とか言って、ぞろぞろと大勢を引き連れてね。しなくてもいいのに、わざわざ別の大きなお寺へお参りに田舎からやって来ては、その一団で『久の実家だ』と言って勝手に泊まり込んでいくんです。
やっと草鞋(わらじ)を脱いだと思ったら、くたくたに疲れているのに縁側から膝で這いずり込んでくるし、ほかの家の赤ちゃんだとか、もらいっこのきょうだいたちがそこら中にオシッコを垂れ流すのに、……おんぶしたり抱っこしたりするのが面倒だからって、久を連れてこないことだってあるんです。
養父の方があまりにかわいがって片時も離そうとしないもんだから、言うことがまたひどくてね……。
父も祖母も、あいつらに関わるとろくなことにならないと思っていたから、それなりにもてなしてやったんでしょう。それをいいことに、一団がどんどん土足で入り込んできて、とにかく臭いし汚いし、うるさいし面倒くさいし――。
ごく最近まで、僕が病気をして寝込むときには、必ずその夢を見たものですよ。」
――本当に何とも言いようのない、困った一幕でした。
すると、劇場の木戸口のあたりから、お悦が体の半分を出し、松の木の陰から「こっちへいらっしゃい」と手招きをして合図を送りました。
もちろん、八郎を呼んでいるのではありません。
「おいでなさい! ――退屈なさっているでしょうけれど、お席が用意できたみたいよ。あの方のことだから、さっきの連中とは絶対に同じ席にはさせませんから。」
「そんなことなんて……」……私はとっても楽しみにしています。
今日の天女様の手は、きっと真っ白できれいなんでしょうね。
」
不意を突かれたように、この立派な能のプロは、ふと口をつぐみました。
外套のポケットから、やがて両手をそっと出し、片方の手でその手首を、まるで壊れ物を扱うように大切そうに包み込むと、扇子を持つ自分の手の甲をしみじみと、重たげな様子で見つめ、うつむいて言いました。
「まだまだ未熟者ですから、天女が雲の上で背伸びなんてしませんけれど……この手首なんて、白いどころか――六本指に見えなければいいなと思うんです――」
と、なんだか寂しそうに首を垂れました。
「お話の続きは、またあとで。
」
楽屋口の木の廊下には、松の木陰に、松の木陰に、羽織や袴、おお、昔ながらの麻の上下(かみしも)姿の人たちも入り混じって立っています。
舞台のほうでは、狂言のユーモラスな大声が、見物客たちの笑い声とともに板の間に響き渡っていました。
八
私はここで、橘八郎の舞台のすごさについて、無駄に長い説明はしません。
道端の草花を見て、夜店の安い絵の壺と同じくらいにしか思えないような、その程度の知識の私めが、専門の能のプロの技について語るのは、かえって失礼だと思うからです。
ただ、幸いなことに……いや、予想していた通り、あの「お久」の一行とは席が離れていました。
もっとも、客席はほとんど満員の状態です。
お悦といっしょに取った席も、四人用の席を他の人たちと半分こするようにして、通路のすぐそばの出入りしやすい場所でした。
橋がかり(舞台へ続く通路)に近い、二本目の松の木陰あたりに見える白い影が、まるでこれから舞い降りてくる天女を待ちわびる、人間たちの美しい花のように思えました。
――空の羽衣はどちらのものですか、どうして身にまとっておられるのですか――
幕がスルスルと上がりました。
揚幕の霞の中から現れ出た、宝石のように美しく綾なされた姿とともに、天女が見回す、松の描かれた舞台の羽衣の錦(にしき)には、まるで生きているかのように脈打つ血が通い、大空の富士山の雪景色に照らされて輝いていました。
八郎のその化け方もものすごいものですが、よくよく気をつけて見ると、なるほど、最初から最後までずっと真剣に舞台を目を離さずに見ている人は、数えるほどしかいません。
もっとも、お話の台本である「謡本(うたいぼん)」を手に持っていない人は、めったにいませんでしたが。
――涙の露の玉かづら、髪を飾る花もしおしおと――
そのあたりからは、見物客たちの声が歌詞の通りに聞こえてきて、中にはメガネの上に謡本をグイッと突き上げる人がいたり、体を揺すって自分の膝をポンポンと叩く人がいたりします。
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