しかも、ちゃんとしたお免状を持った上での注文です。
『なんだ、僕と一調だと、いいだろう。さあ、素裸になりたまえ、一丁勝負しようじゃないか!』って言ってやったんです。
――もちろん、いい歳をした大人ですが、なかなかの美人だから真剣勝負してもいいと思ったのかも知れません……そしたら従妹のやつ、怒ったの怒らないのって、それっきり二度と姿を見せなくなってしまいました。
……それきり音信不通のままで――去年、急病で亡くなってしまったんです。
でもそのときは、僕はちょうど大阪へ行っていて留守でした。
ああ、信州の上田にいる姉の方ですか。
――こちらも昔は芸妓であちこちを流転して、上田の遊廓で、長唄だとか何かの師匠をしているんですが、この姉の方は無事で、妹のお骨を拾ってやったんです。
横浜の新仏(しんぼとけ)が、鬼火にもならずに、すーっとここまで飛んできた――もちろん、親たちの大きなお墓に入ったんだから不思議はないんですがね、でも、あの青々とした苔が生えて、土が黒い、小さな先祖代々の石塔の陰に、真新しい白い塔婆(とうば)がすっくと立っているのを見たときは、さすがにちょっとびっくりしましたよ。
――『八郎さん、相撲をとろうよ……』なんて、今にも言い出すんじゃないかと思って、ぞっとぶるぶるっと震えてしまいましたよ。
あいつと相撲をとるなんて、当分お断りですね。」
――お寺からの帰り道、八郎は私とお悦にそんな話をしました。
――
雪女郎の柳が橋の欄干から見える、その袖が触れ合ってしまいそうなほど川べりにある料亭「一柳」で、私たちは昼食をすませました。
そして川沿いの道を歩きながら、ふと八郎が足を止めて覗き込んだのが、さっきお話しした、あの骨董屋さんの飾り窓だったのです。
あの花瓶ですが、私は陶器のことはまったく分かりません……質がいいのか、どうやって焼いたのか、色使いすらさっぱりです。
でも、花瓶全体に濃い藍色が塗られていて、桔梗(ききょう)、女郎花(おみなえし)、ススキはもちろんのこと、一面に秋の草花が描かれていました。
その草の葉の隙間や、花の陰をよーく見てみると、まるで墨絵の影法師のように、ちらちらと秋の虫のようなものが描かれていて、よくよく見ると、なんと様々な露店の黒い絵具なんです。
しかも不思議なことに、食べ物の絵ばかりなのです。
土地柄のせいか、お寿司屋さんやおでん屋さんではなく、
あめ湯、関東煮(おでん)、白玉焼き、葛饅頭(くずまんじゅう)、あわ餅。
……ドジョウを串に刺したものだそうですが、その蒲焼きなど、小さな看板にひとつずつ、お店の名前ではなく売られている食べ物の名前だけが書かれていて、ほんのりと赤い灯がともっているのです。そしてその灯りに、草の上の白い露が、ぽろぽろと光って浮かんでいるのでした。
……
「ねえさん、これはまるで夏の夜、この川沿いに出る夜店そのものだね。」
八郎の家は、すぐこの近所だったそうなんです。
「たった一度だけれど、姉さんと一緒にここを歩いたんだ――」
「本当にそうね……まるで夢のようだけれど、植木屋さんの並ぶ花のすき間から覗いているみたい、それにまるでお月夜のようね。」
花瓶の真ん中に手をとるような取っ手があって、よく見ると、四角い釣瓶(つるべ)に似ていながら、でも影絵の灯籠(とうろう)のようなデザインでした。
「ちょっと欲しいなあ、これ。」
「欲しいの?」
「うん。」
「欲しいなら、お買いなさいよ。」
「でも、値段がどうもねえ……。」
「お値段を聞いてみましょうか? ……私もちっとはお金を持っているし。」
「冗談じゃないよ。まだお給料も受け取っていないのに、お金がないのに手を出そうなんて格好悪いじゃないか。」
「八さんは、だからイヤなんですよ。お値段を聞くだけなら聞いてみたって、何も損するわけじゃないのに!」
八郎はそのとき、十歩ほども逃げるようにさっさと離れていったのですが、お悦はすたすたとお店の中に入っていきました。
少し時間はかかりましたが、胸を張ってお店から戻ってきました。
ニコニコと嬉しそうに微笑んでいます。
「どうでしたか?」
「おいくらだと思う?
――どう思います、槙村(まきむら)先生。」
「さあ……。」「わからない。」
「五百円。」
「ええ。」
「……も、七百円もするんですが、うしろにちょっとキズがありまして、緋目高(ひめだか)を一疋(いっぴき)ほどね。
ほほほ、ですから、ただそれだけで――百円のところを……ねえ、……もともとお殿さまのお道具だそうですけれど、そこをお安くしていただいて……九十円。」
「買おう。」――
お悦が言ったとおり、お店の人に荷造りをお願いし、受け取ることにしました――もちろん、これから行くお芝居の楽屋へは持って行けませんから――あとでもう一度取りに来ることにして、それから三人で舞台のほうへ向かいました。
そこは「楽園」と呼ばれている場所でした。
どこか大きなお殿さまの別荘だったそうで、庭には、一つの岩でできていて六つの方向に角がある「六方石(ろっぽうせき)」という珍しい石がありました。その石は水晶のようにキラキラと輝いていて、自然にできたものなのに楽器の「簫(しょう)」という笛の形をしています。
石灯ろうくらいの高さの台の上にどっしりと置かれていて、それは見事なものです。
そのほかにも、雅楽で使う篳篥(ひちりき)のまわりの道具などは、あとからそれらしく作られたものでしょうけれど、人工の山や池などもちゃんと揃っていました。
けれど、いまはその素晴らしい景色についてじっくり話している場合ではありません。
表の入り口は、松原を越えた南の町並みに面していて、少し高くなった場所に能楽堂が建っていました。
八郎は子供のころ、よくこのあたりに出入りしていたので場所をよく知っていて、あの六方石を私に教えてあげようと、まるで電気にでも打たれたようにさっと指を差し出しました。
そしてすぐそのあと、池にかかる石橋を渡って楽屋口の方へ行くと、ヤマツツジや桜の木の根元から、六、七人の人たちがむくむくと動き出して飛び出してきました。
真ん中に立って、ツンと尖った「銀杏返し(いちょうがえし)」という髪型で胸を張り、額の上からじろりとこちらを睨んできたのは、昨日話に出てきた「お久(ひさ)」という女性でした。
その両脇から元気よく飛び出してきた二人の少年が、
「久の息子です、伯父さん!」
「伯父さん、僕だよ!」
「橘(たちばな)さん、久の娘のムコですよ!」
と、あとに続いて声をかけました。その男は肌が白くて少し気だるげな様子で、だらしなく裾を長く引きずり、汚れた板草履を履いているのはまあいいとして、青い友禅(ゆうぜん)の襦袢の袖口をぶらりと外に出しています。
――参ったなぁ――なんとこの男が蒔絵師(まきえし)だというのです。
……それに、少年たちは建具屋や鉄葉屋(てつぱや)の弟子だから、きっと印半纏や腹掛(はらがけ)でも着ているのだろうと思いきや、なんと頭のてっぺんがちょっとハゲかけた学生服姿で、学校の徽章(きしょう)もない制帽をかぶっています。
丸顔で肌が真っ黒、目のキョロキョロした一人は、野球のグローブをはめた手をぶらぶらと振っています。
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